第12話 共催者

「女部田さん…」


 特撮サイト『変身丸紀行』運営管理人の谷崎星弥が呼び止めた。今回のオフ会の共催者だ。


「本当によろしいんですか?」

「何が?」

「峰岸さんに万が一のことがあった場合の対応策がないままに…」

「何度言えば分かるんですか? そんなことは起こりません。ご本人の体調はご本人が一番よくお分かりだと思います。そのご本人が参加を承諾してらっしゃるわけだから、私たちはそれを信頼するしかないじゃありませんか?」

「信頼は信頼として、それとは別に主催者としての万が一の対応策は必要じゃありませんか?」

「必要ありません」

「…そうですか」

「他になければ、これから峰岸さんを迎えに行くところなので…」

「ご予算の件ですが…」


 女部田はあからさまな不快感を漂わせた。


「自分は共催者でありながら全く蚊帳の外です。でも、共催者である以上、今回かなりの赤字運営であるということぐらいは…」

「あなたは心配なさらなくていいんです。それは私が考えることです」

「でも私は共催者ですよ。共催者である以上、赤字の責任は私にも生じます」

「あなたに責任は負えないでしょう? 私に任せてください。これまでも共催者の方にはそうやって来たんですから、余計な心配は無用です」

「…そういうことならば、共催者なんて必要なかったんじゃありませんか? 女部田さんがおひとりで主催なされば良かったんです」

「いや、あなたのサイトにシャドーヒーローファンが多いので、あなたこそ今回の共催者として最も適任者ですよ」

「私は共催者として赤字の半分はお支払いします。ですから、今からでも予算の再検討を一緒にさせていただけませんか? 少しでも削れるものがあるかもしれません」

「済んでる支払いもあるし、決まったことを今更どうにもならないでしょ」

「参加費などについては、責任を以ってもう一度私が、イベント開始前に参加者の皆さんにご相談させていただきます」

「そんな詐欺みたいなことができるわけがないでしょ」

「とにかく、私に運営経費を開示していただけませんか? オフ会は参加費に見合ったものでないと…」

「今までこれでやって来たんです!」

「こんな運営の仕方では、ご家族だって反対なさっておられるんじゃないんですか?」


 谷崎のこの一言で女部田は切れた。


「あなたとは決別させていただきます!」


 谷崎は驚いた。女部田はなぜ急に切れたのだろう。共催者として大幅な赤字を心配し、女部田の家族の心情を気遣ったつもりの言葉に、これだけ敵意を剝き出しにされるのは意外だった。


「どういうことですか?」

「運営資金は100%私が出しています。その運営に関して、あなたに言われる筋合いはありません。本イベントには今後一切関わらないでください」

「オフ会は今日なんですよ。関わるなと言われても、私はあなたからのたってのお願いで企画の段階から共催者として全面協力をしているじゃありませんか。しかも、参加者の8割は私が募っています。私は共催者としての責任があるからこそ秋田まで来ているんです。ここまで来て今更になって一切関わるなというなら、私のサイトファンへの説明責任を果たしていただけますか?」

「参加者はあなたのサイトファンである前に、シャドーヒーローのファンですから説明の必要などありません。あなたが今すぐ手を引けば済む話です」

「それならば言わせていただきますが、あなたは、誰もが皆あなたのご都合次第で動いてくれるものと信じ込んでいらっしゃるようですが、これまでの結果はどうですか?」

「少なくとも私と対立した方々は、なぜか著しく評判が悪くなって消えて行ってます」

「それは私に対する脅しですか? あなたと対立したどなたが消えたんですか?」

「・・・・・」

「あなたとの対立が因果関係となって消えた方の名前を上げてくださいよ。寧ろ、あなたこそ消えかかっているんじゃありませんか?」

「・・・・・」

「あなたがネットで叩かれているのは知っていましたが、こういうことだったんですね」

「あれは全て私への嫉妬です」

「 “あれ ”って、どれのことですか?」

「・・・・・」

「あまりにも多過ぎて説明に時間が掛かるほど叩かれていますよね」

「全てのことを言ってんです! 全てガセです! 他人の妄想に対して説明する必要などありません」

「妄想ですか…」

「これ以上私を愚弄するなら、今あなたから受けた精神的苦痛を、配達証明付きで内容証明書を送らせていただきます」

「内容証明ね…あなたからは2ちゃんねるで発狂しているレス魔と同じ臭いがします」


 女部田は怒りでわなわなと震え出し、呼吸が荒くなった。オフ会開催を目前にして、またしても今回の共催者である『変身丸紀行』運営管理人とも拗れる事態となった。


「今日のオフ会への出入りは、ただ今を以て禁じます」

「…あなたはまともじゃない」


 そこに、この沿線に住む地元特撮ファンのカタクリ小町が近付いて来た。


「どうしたんですか、変身丸さん」


 彼女は谷崎のサイト常連である。ホテルロビーの片隅で口論をしているらしき二人に違和感を覚えて声を掛けたのだ。


「ああ、カタクリ小町さん、お久しぶりです。今回はご参加ありがとうございます」

「いいえ、こちらこそ! 今回は上京せずに済んで助かります。私は内陸線の沿線ですから」

「そうでしたね…」

「どうかなさったんですか?」

「いや…急なお話で申し訳ないんですが、私はオフ会に出れなくなりました。これから帰り支度をしようと思います」

「え、ここまで来てオフ会に出ないで帰るんですか!」

「女部田さんに共催を降ろされてしまいました」

「どうして急にそういう事になるんですか?」

「詳しくは女部田さんに聞いてください」


 そう言って谷崎は謝罪の気持ちを込めてカタクリ小町に丁寧に一礼し、部屋に戻って行った。女部田は冷静さを取り繕いカタクリ小町に軽く会釈して去ろうとした。


「待ってください。変身丸さんが帰るって…どういうことですか?」

「彼は無責任ですよね!」


 カタクリ小町は、いきなり大声を上げた女部田に驚いた。


「私はこれから峰岸譲司さんを迎えに行かなければなりません。お話はあとでも宜しいでしょうか?」

「あ、はい…」


 女部田は、今回のオフ会の手伝いに指名した女性特撮ファンのデミを伴って、峰岸家を訪れていた。


「主人の体調が芳しくないので、今日は出席できません」

「今急に仰られても困ります!」

「これは当初からのお約束でした。主人の体調を最優先すると仰るから承諾したんです。主人は、昨夜から体調不良で一睡もできなかったんです。今やっと寝付いたところなんです」

「そういうことであれば昨日のうちにご連絡いただかないと…」

「何度もお電話しました。あなたの携帯は繋がりませんでしたし、ホテルのフロントにもお伝えいただくよう繰り返し連絡いたしましたが、その都度、部屋からは返答がないという事でした。どちらにいらしてたんですか?」


 同行のデミは面倒臭そうに女部田に吐き捨てた。


「なんか帰ったほうが良くね?」


 女部田は無視して言葉を被せた。


「…昨夜は、イベント前日という事もありまして…とにかく、イベントは三時間後なんです!」


 奥から車椅子の峰岸が出て来た。


「あなた!」

「女部田くん、君も困るだろ。私もこの状態で出席しても、最後まで居られるかどうか自信がないんだ。それでもいいかな?」

「あなた、いけません!」

「家内にも付き添ってもらってかまわないかな?」

「もちろんです! お顔を出していただけるだけでもいいんです! では、私の車へ!」

「いえ、主人は私の車に乗せます」


〈第13話「オフ会」につづく〉

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