第8話 変化
「松橋さん、面白いレスを見つけました!」
早瀬が劇団事務所に来て、プリントアウトした資料を提出した。
「レスの日付と時間は、先日の公開稽古の真っ最中になってます」
稽古前の劇団員たちも集まって来た。
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●もう尻尾を巻いて逃げた?
見てはいるよね
勘のいいあんたなら私が誰だかわかるよね
あんたがLINEのメッセで毎日連絡取ってた人は
あんたの味方じゃないよ
そいつがあんたに情報を教えるのはなーぜだ?
面白がってるからだよ
あんたに餌を与えれば勝手にかき回してくれるのが
おもろくて小出しに餌を撒いたり、過去記事送ったり
そいつは自分の手を汚さないで
あんたにやらせる狡賢いやつなんだよ
言われなかった?
『あんたの悩みを分けてください』とか
『あんたのことが心配です』とか
言われて感動してるかもだけど
そいつがそんなこと本気で言うわけないじゃない
だって誰から見たって
あんたにはそんな価値ないものwww
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「このレスは、我々にも主演カキコにも、劇団関係者でないことを証明するために、わざわざ公開稽古の真最中を選んで、この日付と時間にしたんじゃないでしょうか?」
「随分暇だね。でも何の目的で?」
「目的というより、これ、内輪揉めですよ!」
「…なるほど…そういうことか」
「以前、後援会の杉渕さんが仰ってたとおりの展開になって来たんじゃない?」
「誰が誰にあてたメッセなんだ?」
「このレスを書き込んだのは、主演カキコの力強い片腕だろうな。このレスを付けるまでの話だがな…或いは、主演カキコが信頼していた身近の存在…」
「なぜ松橋さんはそう思うんです?」
「こいつは当然、この2ちゃんねるスレの常連カキコで、主演カキコの追い風になるレスを付け続けていた面子だ。そして、こいつのこのメッセージの先は、主演カキコの洗脳化にあるひとりの下僕的存在に対してだろう。でも書き込んだ本人が一番読んでもらいたいのは、実は主演カキコにだ。これは主演カキコへの絶縁状ではないか?」
「主演カキコの片腕の最初の裏切り者ですね」
「片腕かな? 主演カキコが一方的に片腕と思い込んでただけじゃないのかな。実は主演カキコを利用してきたやつ…」
「利用価値が無くなったってことですね」
「そう、そればかりか、下手をすりゃ自分にトバッチリが及ぶのを警戒して、遁走しようとしてるんじゃないのか?」
「こいつもいつか松橋さんにやられると思ってるんだ」
「やられる…って?」
「あ…いや…あの…」
「おい、早瀬、やられるってどういうことだよ」
ばつが悪そうにしている早瀬に龍三は笑いながら話しかけた。
「気にするな、早瀬。言い掛けたんだから最後まで話せよ」
「特撮ファンの間では徐々にですけど…松橋さんはやばいって」
「どうやばいんだよ」
「拘ると女部田氏の二の前になるって…」
「被害者は松橋さんなんだよ!」
「はい…」
「それでいいんだよ。特撮ファンは私に関わるとやばいことになる」
「松橋さん…」
「これで特撮ファンが寄って来なくなれば有難い」
静かになった空気を破ろうと前田が話題を戻した。
「それにしてもこのレスさ、見方によれば主演カキコ以上に汚えやろうだな」
「以前から気になっているカキコがいる…主演カキコとは違った筆癖の濃い野郎がいるんだ。そいつのレスからは、芸能界を知っているという自負が伺える。芸能界の内情や俳優評価が常に上目線のレスだ。それが実に情けないほどズレた分析…こいつの職業は間違いなく、うだつの上がらないクソ編集員もどきか、それに類する仕事をしているやつだ」
「この編集員もどきが反旗を翻したとなると、主演カキコは大ピンチということになるな」
「反旗ならご立派なものだが、ケチな自己保身の遁走ってとこだろ。こいつの筆癖、過去スレで仮病野郎として叩かれているやつとそっくりだ」
「早瀬、おまえ絶対に2ちゃんねらーだろ」
「鷹野さんみたいな人を決めつけ厨って言うんです。自分の場合、あくまで参考資料です」
「まあ、今回は早瀬なりに活躍してくれてんだから有難いじゃないか」
前田が執り成した。早瀬が気付いたスレばかりではなく、最近の龍三叩きのスレ全体にも変化が起こっていた。
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●オナブタサイト常連の女たちに特撮ファンを名乗って欲しくない。
こいつらは単なる鍋ファン。ご贔屓の役者を特撮で見つけたというだけ。
●オナブタのコネで役者に会わせてもらってはしゃぐのは勝手だが、
どこからともなく沸いて出て、聞きもしないのに自慢話を垂れ流す様は
醜悪の極み。
●自分勝手な振る舞いが顰蹙を買っているのに
『羨ましいから僻んでるんだ』と暴言を吐く厚かましさ。
一握りの自己中でイタイ連中のせいで、
特撮ファンがいつまでたっても白い目で見られるんだな。
こいつらと同類だと思われるのは、はっきり言って迷惑だ。
● > 特撮ファンがいつまでたっても白い目で見られるんだな
ウケたw 本気でそう思ってんだとしたら、見上げた根性してるわ。
『自慢話を垂れ流す』奴がいるから特撮ファンが白眼視されるんじゃなくて、
『特撮ファン』だから白眼視されるんだろうよ。
別にイタい奴がいなくなったって、状況は変わらないよ。
お前みたいなのがシタリ顔してるかぎり。
● >こいつらと同類だと思われるのは、はっきり言って迷惑だ。
そりゃ、世間一般的に、お前と同類だと思われるのはイヤだろうなw
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「…仲間割れが始まりましたね、やはり」
「仲間?」
前田はそう笑って続けた。
「こいつら、もともと仲間じゃないだろ。自分がかわいいだけの利己的なヲタクだよ」
「こいつらって、本当に特撮ファンか?」
「こいつ “ら ”かどうかだって怪しいもんだよ。多くても精々数人だろ」
「レス内容が女か女みてえな女々しいやつが多いな」
「 “一握りの自己中でイタイ連中 ”とか、 “特撮ファンがいつまでたっても白い目で見られる ”とかって、被害妄想もいいとこだ」
「被害妄想のそいつは、女々しい上目線の編集員もどきに違いないな」
そう言って前田は再び笑った。
「それに突っ込みいれてるやつは確実に主演カキコさんのようだな」
「うしろのレスふたつは、主演カキコさんの連投だろうな。小心者の苛立ちが自己紹介してるって感じだ。こいつら、ほんとバカだよな。首から下は生殖器だけの人種だろ」
「前田さん、2ちゃんねる以下の発言は慎んでよ」
「2ちゃんねる以下だったか~、オレの発言~」
龍三は思った。もしこの主演カキコが女部田だったら、2ちゃんねるの形勢がこれ以上悪くなる前にまた刺客を送ってくるはずだ…送って来るとすればやはり男ではなく、自分が手心を加えて軟化する可能性のある女だろう…それも、このスレで主演カキコに傾倒している龍三叩きの常連を指名するはずだ。龍三はその人選も検討が付いていた。
長谷霧子から突然の連絡が入ったのは、龍三がそろそろ主犯カキコが第二の刺客を送り込んで来るだろうことを予測した数日後だった。
〈第9話「リーク要員」につづく〉
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