第20話 亡霊

 辺り一面闇の白だった。女部田は、自分がどんな事態になっているのか認識できなくなっていた。声がする。


「生きるのも大変だが、死ぬのも大変だな、女部田」

「…これは…夢だ」

「残念ながら、おまえの嫌いな現実だよ」

「夢は現実…現実は夢…」

「おまえは毎日、夢を記録しているそうだな。それは何を意味する」

「ボクの夢は真実に導く…」

「夢の中に真実があるとでも思っているのか」

「夢こそ、記憶と未来を蘇らせるボクの儀式…」

「儀式の効果が出てないようだな」

「ボクの夢を愚弄することは許されない」

「おまえがしがみついている夢はバッタもんだよ」

「やめろ!」

「息子が思春期の頃に、おまえはオタクと言われて傷付いたそうだな。おまえの中ではそれも夢か?」

「きみは誰だ…三龍に頼まれたな」

「三龍とは、おまえの夢の中の悪者だな」

「夢ではない。現実の悪者だ」

「おまえの夢と現実は都合がいいな」

「ボクの前から消えろ!」

「相変わらずの上目線…おまえは何様のつもりだ」

「ボクは…ボクは!」

「おまえは手当たり次第に悪者をでっち上げて被害者を装い、正義という立場に落ち着くのが好きなようだな」

「ボクに言い掛かりを付けた人は皆不幸になる」

「今不幸なのはおまえではないのか? 自分の無様が分からないか?」

「これは嫌な夢だ…覚めろ」

「これは現実だよ。現実逃避ばかり…情けない奴だ。計画的に相手を追い込める能力もないくせに、負け惜しみの勝利宣言で脳内変換したことを事実と捉えて、お前の夢は現実からどんどん乖離してるじゃないか」

「みんながボクを裏切るからいけないんだ」

「おまえがみんなを裏切ってるんだよ。その自覚もないだろ」

「ボクは自分から裏切ったことなどない」

「関係ない相手に掲示板の書き込みを無理矢理依頼する。代筆を無断でやらかす。腹話術キャラクターを乱発する。自己投影したことがらを、相手がやったものとしてすり替える。自分自身の愚かさに気づいても、気づいた矢先から全部他人のせいにしてしまう。自分自身のやらかした失態は、全部他人の…特におまえの敵対者がやったことにしてしまう脳内処理。それは裏切りではないのか?」

「・・・・・」

「そんなことをしているから、いつまでも反省できずに、何度も同じ失敗を繰り返すんだ」

「でたらめを言うな! みんな、ボクをリスペクトしている。ボクは信頼を得ている」

「ならば、なぜその “みんな ”とやらに必死に偵察をかける」

「みんなボクの企画を待ってる。ボクに反旗を翻す者は前以て排除するためだ」

「動けば動くほど、新しい敵を作っているじゃないか」

「ボクを陥れることは許されない」

「おまえを陥れているのはただひとり、おまえだけだ」

「ボクではない! 三龍だ!」

「書き込みを無理矢理依頼するのは三龍か?」

「・・・・」

「無断代筆をしでかしてるのは三龍か?」

「・・・・・」

「腹話術キャラを乱発しているのは三龍か?」

「ボクじゃない!」

「じゃ誰なんだ?」

「・・・・・」

「誰なんだ!」

「…ボクじゃない」

「三龍だとは言わないのか?」

「・・・・・」

「記憶を変換して事実を歪曲し、相手を責めるのは誰なんだ?」

「ボクじゃありません」

「自分がやったことを相手がやったことにして責めるのは誰なんだ?」

「ボクじゃありません」

「関係が悪化した相手に対し、運営サイト上では仲良しパフォーマンス。過ぎ去った事は、都合良く刷り替える癖がついているのは誰なんだ?」

「ボクじゃありません!」

「おまえは、他人の痛みを理解できないのか?」

「ボクはみんなが喜ぶ顔を見たいだけだ」

「みんなの喜ぶ顔だと? おまえはバイで女性蔑視野郎だ。人一倍小心者のくせに、人一倍征服欲に飢えたコンプレックス野郎だ。女がみな肉弁に見えるのか? 鍋島のケツはどうだった? アル中のゆるゆるでカストロごっこも楽しめたろ? 破綻しても執拗に関係を継続しようとするしつこさ、それはおまえのような弾かれ者の性だ」

「ボクを愚弄するとどういう目に遭うか教えてやる」

「おまえには、この村の山神さまもがっかりしているようだ。もう死ね」

「ボクにはまだやる事がある」

「おまえのやることは全て世の中の迷惑なんだよ」


 女部田の顔を深山颪みやまおろしが撫で付けた。突然、鋭い痛みが脳天から眉間を通過して顎まで走った。


「…痛いよ~…」

「そうか、痛いか…良かったな」

「…苦しいよ~…」

「苦しいか、それは良かった。それが人の痛み、苦しみというものだ。よく噛みしめて死んで逝け」

「…ボクは…まだ死にたくない」

「人はな、死ぬ時が来たら死ぬんだよ。おまえは、この村で罪を犯した。死んで償え」

「ボクの夢は、まだ生きる未来を約束した」

「おまえの夢はおまえと同じ嘘吐きなんだ。ほら、おまえは今、死んでる最中だ。山神さまの裁きでな」


 その言葉に女部田は目を剥き、顔面の血管が剝き出しになった。爪跡から噴き出した激しい血飛沫は、深山颪に乗った猛吹雪に捻じ伏せられ、張り付く雪に女部田の顔は見る見る零下に埋もれて行った。闇の白が赤黒く流れ、そして苦痛が遠退き、安堵の眠りが訪れた。


 おろしが響く。


南無財宝ナムザイホウ 無量寿ムリョウジュ 岳仏ガクブツ 南無財宝無量寿岳仏 南無財宝無量寿岳仏 南無財宝無量寿岳仏 南無財宝無量寿岳仏 南無財宝無量寿岳仏 南無財宝無量寿岳仏 光明コウミョウ 真言シンゴン 光明真言 光明真言 コレヨリノチノ世ニ生マレテ良イ音ヲキケ 』


〈第21話「雪寄せ」につづく〉

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