第14話 オタ会議
ナガサホテルの一室に特撮ファンらが集まっていた。今回のイベントの共催を外された特撮ファンサイト「変身丸紀行」の管理人・谷崎星弥の部屋だ。明朝の内陸線始発で帰る仕度を整えた谷崎は、二次会をそこそこに集まってくれた一同に驚き、救われた思いで一連の経過を釈明していた。
「そういうわけで私はオフ会の共催を降ろされてしまいました。皆さんをお誘いしておきながら、こうした事態になってしまって申し訳なく思っております。私は…」
「私は反対でした」
サイト常連のカタクリ小町が谷崎の言葉を遮った。
「私はカタクリ小町と申します。今回、私の地元・秋田でのオフ会という事で大いに喜んで参加させていただきました。それが、こんなことになってしまって…」
「本当に申し訳ありません」
「いえ、変身丸さんを責めているのではありません。寧ろ、変身丸さんは被害者です」
「そうだよ! あいつ、峰岸さんと同じ秋田出身のアニアイザーの松橋さんに、2ちゃんで執拗に粘着してやがるやつだ。そんなやつと共催だと聞いて、オレも引っかかってたんだ」
「彼は、松橋さんの件は身に覚えのないことだと言っていました。松橋さんが逆恨みで自分の特撮イベント活動を妨害し続けているとも言っていました」
「こうなると、やつの言うことは何一つ信用できないですよ」
「仰るとおり、松橋さんの妨害説は説得力に欠けますが、私は彼のシャドーヒーローのオフ会に対する熱意を信じて共催を承諾しました。結果的に間違いでしたが…」
「私は以前に、女部田氏のイベントを共催した特撮サイト管理人の女性を知ってます。女部田氏は彼女名義の運営サイトの名刺に、運営者然として自分の名前を無断印刷して配ったそうです。彼女はそのことをかなり怒っていました。彼女は、アニアイザーの取材でも女部田氏との共催をしています。そこで松橋さんとの交流が始まったんですが、女部田氏が松橋さんと絶縁状態になると、松橋さんとの交流は止めるようにと言って来たそうです。そのすぐ後で女部田氏は自サイトに、彼女が夜中に松橋さんに電話で恫喝されて絶縁したという嘘の内容が掲載されていたそうです」
「彼女に関係ないのに?」
「そうです」
「彼女は、とばっちりで松橋さんと絶縁?」
「いえ、そのことを知った松橋さんから、彼女のところに連絡が入ったそうなんです」
「なんて?」
「自分に何か落ち度でもあったのでしょうか…と。恫喝とかはないと思うんですが、何か自分に不手際があるとすれば、お詫びしなければと思って…という電話だったそうです」
「それで、彼女さんは?」
「彼女はわざわざの電話に恐縮して、事の真相を話したそうです」
「どういうことだったの?」
「女部田氏がある人物から空気を入れられたんですよ」
「女部田氏が信頼しているある人物が、その女性管理人の名刺の件で、女部田氏に苦言を呈したというのは聞いた事があるけど、空気を入れたのは知らなかった」
「空気って?」
「松橋さんの出演した特撮番組アニアイザーの二次作品として、松橋さん自身が書いた作品を、次のオフ会で参加者にプレゼントしようという話になったそうなんですけど…」
「欲しかったなー!」
「その企画が没になったんですよ、ある人物の横槍で」
「なんでだよ?」
「女部田氏がその人物に、制作会社からクレームが付くと脅されたみたい」
「カネ取るわけでもないし、個人で楽しむんだからクレームが付く訳ねえだろ」
「作品は出来上がってたの?」
「ええ」
「欲しかったなー…」
「そこからが問題なんです。女部田氏は企画が没になった責任を、空気を入れた人物じゃなく女性管理人のせいにしたんです。彼女が編集作業を嫌がってると」
「嘘じゃん」
「そこで松橋さんは自分から女性管理人に直接お願いしますと言ったら、女部田は空気を入れたその人物の名前を松橋さんに吐露したんです」
「どこまでも責任転嫁のやろうだな」
「著作権に関しては、松橋さんは俳優の組織する団体で著作権の担当役員をしていたこともあって詳しかったので、そのある人物に直接問い質したそうなんです」
「結局、女部田氏の嘘がそこで完全にバレたわけだね」
「いや、そのある人物の嘘もバレたんです。何の問題もなかったのに企画を没にされたんです。要するに、ある人物の松橋さんに対する歪んだ嫉妬ですね」
「ある人物って誰だい?」
「女部田氏が信頼を寄せている人物と言ったら一人しかいないでしょ」
「だいたい想像は付くよ」
「何かと立場が悪くなると仮病を使うやつだろ」
「あいつか…」
「お察しのとおり、その人物は松橋さんに非を指摘されて仮病に出ました。松橋さんのせいで体調を崩したと仮病を使って、自分の名前をリークしたことを女部田氏に抗議したんです」
「そう出たか…陰険な仮病癖は治ってなかったな」
「何を血迷ったのか、今度は女部田氏が松橋さんに抗議したんです」
「なんで?」
「松橋さんが責任を問うたショックで、その人物が健康を害したと…」
「どこまでも責任転嫁のクソだな。その人物もショックで死ねばよかったのに」
「仮病じゃ死なねえだろ」
「だよね。逃げ切ったと思ってほくそ笑んでるだけだろな」
「その後、女性管理人は松橋さんに頼まれて、その作品をワードに起こして松橋さんのもとに送って凄く感謝されたって喜んでました」
「松橋叩きの内容と全然違うじゃん」
「だから叩いてんのが誰かバレバレになるんだよ。何より、今回みたいに協力者への仕打ちが最悪だろ。女部田サイトの常連も、今回で懲りるんじゃねえのか?」
「という事はさ、女部田叩きのスレって、ひど過ぎる内容だと思ってたけど、結構真実なんじゃないの?」
「レスの内容って結構やばいよね」
「あいつ、ボクのブログに突然コメントを入れて来たんだよ」
「オレんとこも来たよ」
「それ、サグリだよ。叩かれている自分への反応をサグってんだよ」
この部屋に集まっている特撮ファンたちは、全員がブログを開設していた。 “サグリだよ ”という意見に、誰もが口々に女部田のレスがあったことを明かした。そして、殆どがスルーしていた中、ひとり『美女の特撮便』の管理人のHN・ズッキがレス返ししていた。
「女部田氏の初レスに返したら、そのうち記事を載せる度にレスして来るようになったのよ。三回に一回ぐらい返してたんだけど、勝手に自サイトのURLとか貼っ付けて来たり、長文で特撮論を語ったりしてシツコイのよ。面倒臭くなって途中から放ったらかしにしていたら、知らないHNの人たちのレスが急に増えて来たのよね。それって、おっかしくない?」
「やつが叩かれてる板では、どうやら同じ被害者がいるみたいだよ。それが女部田の常套手段の “量産HN ”って言われてるな」
「そういうのが現れると、以後、認証制にするしかないよね」
「ブロックでいいんじゃない? 知らないHNはどうせ全部、女部田だよ」
「確か、秋田出身の女性特撮ファンじゃなかったかな…女部田にプライベートなことを相談した人が、そのことを2ちゃんねるで晒されて、精神不安定になって、暫く入院したって聞いたぞ」
「カタクリ小町さんは知ってました?」
「結構、有名なのでね」
「そうなんだ…で、なんでそんなことするんだよ」
「報復だろうな」
「報復って?」
「要するに、自分の思いどおりにならない人は、言いがかりを付けて自サイトBBS上で謝罪させるのは有名じゃないか、彼」
「変身丸さんにも要求してくるかな?」
「内容証明を送るとか言ってましたね」
「何の内容証明ですか?」
「私が女部田さんを愚弄したということで…」
「愚弄したんですか?」
「今回の予算が大幅な赤字運営なので、奥様はご承知なんですかと心配したのが、女部田さんには “愚弄 ”と受け取られたようです」
「有り得ねえ」
「内容証明が送られて来たら謝罪するんですか?」
「しません」
「当然ですよね」
「こっちからも内容証明を送ってやればいいんだよ。秋田まで呼ばれて放り出されたんだから」
「でもさ、思いどおりにならないからって、信頼して相談した人の悩み事をネタに2ちゃんねるで叩くって、人間のやることじゃないよね。反吐が出るよ」
「過去に、その手で屈服させた人間が何人かいるんじゃないの? 一時期、今日のゲストの加藤さんのことも叩いてたでしょ。それ以後、加藤さんは女部田氏のイベントには欠かさず引っ張り出されているよね」
「弱みを握られたってこと?」
「加藤さんはお酒が入ると…ほら、さっきのような感じでちょっとだらしなくなるからね。今回参加している女性スタッフの人、名前、何つったかな?」
「女部田氏は冬チャンって呼んでたよ」
「
変身丸が答えた。
「キム?」
「日本で生まれ育った在日三世の女性です」
「何か私たちに上目線の人だよね」
「友人が参加したある女部田氏主催のオフ会の場で、加藤さんが羽目を外して、そのキムさんに失礼な態度を取ったということで、BBS上で謝罪させたそうなんだ。それで彼のBBSを時々覗くようになったんだけど、その後もBBS上で何人かに謝罪させてるよ」
「謝罪させるのに味しめてんな」
「神主の話、知ってる?」
「神主って、神社の?」
「そうそう。わざわざ鳥取から参加した神社の神主が、オフ会の自己紹介の席で、冗談で “今日はお嫁さんを探しに鳥取から来ました ”と言ったことが、女部田氏の気に食わなかったらしくて、“ここはそういう場ではありません! ”って…それもBBS上で謝罪させてるよ」
「相手の自尊心を考えたら、裏で個人的に指摘すれば済む話じゃないか」
「それができる人間だったら、変身丸さんを現地で拒否るなんて異常なことをしないでしょ」
「永久に信頼を失うよね。替わりなんていくらでもいると思っているんだろうか?」
「ボクはおしゃべりだから、今回の件はみんなに話すよ。というより、変身丸さんが構わないならブログに載せてもいいと思ってる」
『ヒーローハンター』管理人のHN・ヒロハタが変身丸に伺いを立てた。
「いや、それは載せないでほしい…きっと面倒なことになるから」
「だよね」
「そんな感じで、彼の周辺にはもう協力者がいないんだよ。だって急接近してきた変身丸さんに共催を求めるくらいなんだから」
「過去にはきっと有能な特撮仲間も居たろうに、そういう人ほどフェイドアウトするタイプだよね。バカが残るか、残った人がバカを見るか」
「残っている人は、彼の活動に前向きでも建設的でもない関係の人か、凄く浅過ぎて対立すらおきない関係の人しか残ってないんじゃないかな」
「言いがかりを付けられないよう、トラブルが起きないよう、目立たないようにフェイドアウトしてるんでしょうね」
その時、部屋のドアがノックされた。一同は沈黙した。さっきまで無言だった『秋田おばん』管理人のHN・バサマが慎重に囁いた。
「噂をすればじゃないの?」
再びノックされた。一同に部屋の空気が重く圧し掛かった。バサマが変身丸に囁いた。
「ドアスコープやばくない?」
「どうして?」
「廊下からの光が消えたよ」
「外から室内は見えないはずだから…」
一同の目線はドアスコープに集中した。長く感じられる数分が経ったろうか、ドアスコープから廊下の光が見えた。人が去ったようだ。変身丸はそっとドアに近付いて行き、スコープを覗いた。誰もいない。ほっとする間もなく、いきなりのルームホンの音に一同の動きが止まった。2回の呼び出しに部屋の空気が更に重くなった。
「次に私の携帯が鳴って、皆さんのご想像の人からだったら、ドアスコープもルームホンも彼だね」
と、言い終わらないうちに変身丸の携帯が鳴って、一同の心臓がツンッとなった。変身丸の予想どおり、女部田からの電話だった。
「しつこいね」
「出ます?」
「いや…私は共催を降ろされた時点で、彼との絶縁を決めましたから…」
「どこかの板に八つ当たりするんじゃないの?」
「私を誹謗中傷したら、今回の一部始終を私のサイトに掲載します」
すかさずヒロハタが言葉を重ねて来た。
「なら、その後だったらボクもリンク掲載していいですか!」
「そうなったら、ヒロハタさんだけじゃなく、皆さんにも彼とのトラブル覚悟があるなら喧伝にご協力願いたい」
一同は同調した。
〈第15話「峰岸の死」につづく〉
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