特撮オタ

伊東へいざん

第1話 クソオタの死


 特撮オフイベントの主催者が死体で発見された。現場は厳冬の北秋田市 阿仁あに打当うっとうの県道308号線沿い。除雪ドーザによって国道の両側面に堆く積もった東向きの雪壁が朝陽を浴びると、白目を剥いた血だるまの首が露わになった。打当始発のバスの運転手が、次の戸鳥内ととりない停留所の手前辺りで発見し、直ちに警察に通報した。死亡したのは女部田おなぶた まこと(50歳)。埼玉で不動産業を経営する特撮ファンだ。当初、除雪ドーザに巻き込まれた事故と思われたが、そうした痕跡はなかった。頭部に鋭い爪跡のようなものが残っていたことから、最近増えている熊被害と推定された。



 この物語は全てフィクションです。



 如何なる経緯を辿れば、特撮ヒーロー番組のファンが、寧ろ同じ特撮ファンにまで異質とみられ、「クソヲタ」と蔑まれる存在になるのだろう。特撮番組に興味のない第三者から見て「特撮オタ」がその進化途上の呼称に位置付けられていることは言うまでもない。


 かつて「特撮ヒーロー番組は教育番組だ」と明言した特撮ヒーローがいた。番組への理想と期待が込められた名言だ。ところが、その教育番組であり得る特撮ヒーロー番組を観て育ったはずの特撮ファンが、2ちゃんねるに於いて特定の特撮ヒーローを、十年越しで匿名による誹謗中傷をし続けるというのは、一体どういう事なのだろう。特撮番組は危険を併せ持つ両刃の剣でもあり、人によっては害になるということか…。それとも一特撮ファンが特定の特撮ヒーローを十年越しで、しかも匿名での誹謗中傷をし続けなければならないほどの迷惑を蒙ったというのか…。ひとりの特撮ヒーローを匿名で愚弄する事は容易い事だろう。しかし、匿名である限り、教育番組たらん特撮ヒーロー番組の齎す “正義 ”とは程遠くなる。同時に過去に特撮番組に出演した全ヒーローを、そして番組制作に携わった全関係者を不快にし、 強いては同じ特撮ファン仲間の健全であるはずの趣向のステイタスを脅かす事にも成り得る。最早、特撮ファンであることすら怪しくなってくる。


 ここにひとりの妻子持ちの「特撮オタ」がいる。この男は中学生になったばかりの息子に、ある日突然「特撮オタ…」と言われて傷付いた。その男の息子も成人し、独立した今に至っても、男の傷付いた特撮熱はエスカレートし、誰からも称賛される偉大なカリスマ特撮ファンになることに邁進していた。かつてこの男の父親は厳格で我が息子の趣向を許さなかった。猫っ可愛がりの祖父母が、強請られるままに買い与えた特撮グッズを、男の父親は目の前で全て破壊した。男は成人し、厳格な父親の経営する不動産会社を継ぎ、経済的に自由が利くようになって、生来の特撮熱が一段と激しくなった。息子に「特撮オタ…」と罵られようが、妻との間に隙間風が吹こうが、この男の暴走は逆に加速していった。


 女部田真は自身の企画した特撮オフイベント開催のため、この地では最も規模の大きい打当温泉「ナガサホテル」に来ていた。今回の企画は、70年代の異色の特撮番組「シャドーヒーロー」の主演俳優・峰岸譲司をゲストに招いてのオフ会だった。峰岸はこの地の出身だったが、かなり高齢な上、闘病中だった。女部田はイベント出席を渋る峰岸を、採算抜きの報酬とオフ会の会場を峰岸の出身地で開催することで口説き落とした。東京在住の共演者である成沢武尊と加藤亮も、女部田の泣き落としで渋々ながら、遠路でしかも厳寒の地への招待を受け入れていた。


 女部田がかなりの出費を覚悟したのには訳があった。女部田は特撮イベンターのカリスマを目指したが、その強引なやり方が次第に多くの特撮ファンや関係者の批判を浴びるようになって久しかった。彼の主催するイベント協力者に対する病的とも思える追加要求には、誰もが甚だしいストレスを覚えた。なぜならば、期待に応えられなかった場合の批判は執拗で、彼らの誰もがそれを恐れて慎重にフェイドアウトせざるを得ない状況に追い込まれたからだ。


 女部田はイベント開催に際し、なぜか自らが先頭に立つのを嫌った。その都度、人気ブログの管理人を探しては取り込んで “共催 ”という形を取った。共催とは言え、それは名ばかりで、運営資金提供を種に全て独断で事を進めていた。共催者が運営に口出ししようものなら、イベント終了後にその共催者をネット上でブログ閉鎖に追い込むまで叩きまくるというのが女部田の常套手段だった。しかしその口撃は決して自身の立場でもの言うのではなく、あくまでも第三者の立場で責めるのが女部田特異の性質だった。特撮イベントを成功させることで失う “共催犠牲者 ”より、遥かに多くの特撮ファンとの交友関係を拡げる事に重きを置いていた。


 ところが、今ネット上では女部田が痛いオタの代表格として不特定多数の “匿名 ”から袋叩きに遭うという逆転劇が起こってしまったのはどうしたことだろう。今回のオフ会は、一気に暴露されてしまった裏事情を、一掃するための起死回生を図る崖っぷちのチャンスだった。

 そしてその女部田は、オフ会の翌々日の早朝に、厳寒の雪壁で死体となって発見されたのだ。免許証などの身元を特定する所持品はなかったが、予定のチェックアウトの時間になっても、手続きが済んでいなかったことで不審に思ったホテルフロント従業員が、死体発見後にやって来た捜査員の聞き込みで死体の写真を見せられ、女部田であることを確認した。捜査は事故と事件の両面で進められる一方で、埼玉県警経由で女部田の死は妻に連絡されたが、妻は不在だった。


〈第2話「劇団」につづく〉

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