状況が混迷しているときにこそ外部から厄介事が舞い込んでくる ②

 意志の合致は取るべき行動を明確にさせる。

 僕たちが真っ先におこなったことは乗客たちの移動だった。本来なら安全な場所へと避難させたかったが道端に投げ出せるはずもなく、移動先はトランクルームだ。装備を整えた超人が相手である以上バスのどこにいても危険地帯であり、ならばせめて邪魔にならない場所にいてもらうしかない。


 現状を明らかにすると乗客たちは一も二もなく頷いた。その姿勢は従属よりも協力に近く、太郎少年が床に開けた穴からトランクルームへと降ろしていく間に目立った混乱は起こらなかった。ヒロトが「何かあったら言ってくれ」と目を輝かせていたくらいだ。ヒーローショーに出演しているかのような彼の反応に平穏と責任を同時に感じた。

 ついでに太郎少年も呼び出しておく。事情を説明すると太郎少年は拳を手のひらに叩きつけ、興奮を露わにした。


「面白そうじゃん。純くん、これからどうするつもりなの?」

 その質問に僕は唸る。「とりあえず方針を定めたいよね。返り討ちにするか、逃げ切るのか。ここからはカーブが多いし、運転に集中したいから、ミヤコ、四人で決めてくれない?」

「ちょっと待ってよ、あたしと一郎ちゃんたちだと意見が偏っちゃうって。ブレーキ役になれるの純くらいじゃん」

「今はアクセル踏むのに精一杯だけど」

「そういうのいいから」

「……でも、実際問題、誰も大型車を運転できないだろ?」


 僕の指摘にミヤコは思い切り顔を顰めて無言の抗議をした。正直に言えば、ミヤコの意見は正しい。超人である三人は能力への自負からか「とりあえずやっちゃえ」精神が強い。それは銀行強盗や爆弾魔によるバスジャックへの対応からも窺える。彼らなりの考えがあるのだろうが、結局のところ、思考基準は彼らの特異な身体能力に寄る部分が大きく、僕とミヤコがいる以上、無理な行動は控えてほしい気持ちはある。

 だが、今の僕にとってもっとも優先度が高い作業がバスの操作であることも間違いはない。久々の運転、マニュアルの大型バス、山間の道、と事故が起こる条件が揃っているのだ。できれば他の行動に思考を裂きたくはなかった。

 どんな作戦を立てたとしてもバスが走り続けていることが前提になるのだからミヤコも納得してくれるはずだ。改善案など具体的な方針が定まってからでいい――彼女が名案を発表したのはそう考えたときのことだった。


「一人、いる」

「え?」

「速度のある状態でマニュアル車を運転できそうな人。あたし心当たりあるよ」


 はじめ、僕は「まさか下山ではないだろうな」と呆れた。彼は未だに意識を失ったままであり、また、意識を取り戻したとしても頼りにしてはいけないだろう。脳裏に彼の自信なさげな表情が浮かぶ。重圧に弱い気弱な中年――それを体現したような彼に重要な役割を任せようとは思えなかった。

 そして、予想通り、ミヤコは僕を、下山の身体を指さした。

 僕は小さく首を振り、否定する。

 否定しようとしたところで、彼女は不敵な笑みを作った。


「純、灯台もと暗しだよ。うってつけの人材がいるじゃん」

「……結論から先に言ってくれるかな」

「さっき吸収した広岡ちゃん、まだ消化してないでしょ」


 あ、と感嘆の声が漏れた。僕は思わずミヤコを注視し、手を叩く。そのせいでバスが大きく揺れ、トランクルームからくぐもった悲鳴が立ち上った。


「すごい、忘れてたよ、ミヤコ。きみは天才かもしれない」


 確かに今ならまだ彼を吸収しきっていない。胃の中で霊体がぐるぐると暴れる感覚があり、吐き出せば動いてもらえる可能性はあった。

 運良く道は直線だ。ものは試しと霊体に意識を集中し、喉に力を込めた。大きな塊が腹の底からせり上がってくる。異物感に反応した下山の身体が涙を流そうとする。不快感に堪えて僕は運転席の隣へと広岡の霊体を吐き出す。もちろん霊体だから胃液だとかそういったものは付着していない。

 床に投げ出された広岡はしばらく仰向けのまま虚空を眺めていたが、やがて目に光を宿した。視線がぶつかり、急速に怒りが甦ったのか、彼は怒鳴りながら殴りかかってくる。すると拳が当たる寸前でミヤコと太郎少年が同時に「ストップ!」と叫んだ。霊力のこもった大声は彼の動きを止めるのに十分な効果があった。


「んだよ、うるせえな! 耳元で叫ぶんじゃねえよ!」

「まあまあ、落ち着いてよ、広岡ちゃん」

「あ? なんだあ、てめえ。馴れ馴れしい口を聞きやがって」


 どうやら調子はいいらしい。彼は暴走族らしい態度でミヤコを圧迫する。よい気分はしないが、自我がはっきりしていないよりはずっとマシだ。僕は前を見据えたまま広岡に呼びかけた。


「広岡くん、お願いがあるんだ」

「ああ、てめえ、何気安く呼んでんだあ?」

「頼むよ、きみにしかできないことなんだ」


 僕たちは幽霊である前に男だ。真剣な声色に何かを感じ取ったのか、広岡は振り上げた拳を降ろした。それから彼は車内に視線を巡らせる。消えた乗客と床の大穴を目にするとただならぬ事態が進行していることに気がついたようで、顎をしゃくって続きを促してきた。


「広岡くん、『ターミネーター』は見たことある? 2の方」

「あ?」突拍子のない質問だったに違いない。彼は顔を歪めたあと、舌打ちをした。「あるけど、それがどうしたよ。シュワちゃんのやつだろ?」

「1もそうだよ」

「うるせえな、それがなんなんだよ」

「あれの敵みたいな感じのやつに追いかけられてるんだ」

「はあ?」

「信じられないなら後ろを見てくれ」


 僕はわずかに速度を落とす。半信半疑、といった様子ではあったが、広岡は頭を掻きながら後方へと視線を送った。その瞬間、素っ頓狂な声が上がる。彼はバスの最後部まで移動し、リアガラスに額をつけた。


「おいおい、何だよあれ! バケモノか?」

「超人だってさ。それはともかく――」

「――ともかくじゃねえよ! なんだ、あんなのとタイマン張れって言うつもりじゃねえだろうな!」

「それもいいかもしれない。でも違うよ」


 広岡は僕の運転席まで歩み寄ってくる。肉体を持っているならさぞ大きな足音が立っているだろう歩き方だ。威嚇という名の防御行動のようにも感じられた。


「じゃあなんだよ! ただでさえこっちはお前に食われて頭に来てんだよ!」

「広岡くん、この車を運転してくれ」

「……あ?」

「きみは運悪く事故で死んじゃったけど、運転には慣れてるだろ? 速度があるマニュアル車でも余裕だよね」

「そんなん当たり前だろうが。つうか、それだけのために俺を吐き出したのか?」

「ついでに言えば引き受けてくれたら今後きみに手出ししないとも誓うよ。事故らなきゃ速度だっていくら出したって構わない。どう? やってくれる?」


 広岡は僕を睨んだまま、押し黙った。彼には損のない取引のはずだ。スピードを問わない運転もできるし、僕に吸収されることもない。そして期待通り、彼は男気というものを大事にする人間だった。不承不承といった具合ではあったが、静かに顎を引いた。


「……ありがとう、助かるよ」

「ご託はいいって」やや照れが混じった言い方だった。「おら、とっととその身体、貸せ」

「ちょっと待って!」

 そこでミヤコが会話に割り込んでくる。彼女は顔の前で手を横に振り、「いやいやいや」と半笑いになった。

「身体貸しちゃったら話し合い、まともにできなくない?」

「……やっぱりミヤコは冴えてるな」


 すっかり失念していた。当面の目的が方針を定める話し合いである以上、老夫婦とも意思の疎通を図る必要があるのだ。もちろんミヤコや太郎少年を中継して僕の考えを伝えることは可能だったが、それではあまりに面倒だ。下山の身体に留まる方法はないものか、と僕は黙り込む。ミヤコが、どうしよう、と頭を抱える。

 しかし、対策などすぐに思いついた。


「そうだ。広岡くん、ポルターガイスト、できる?」

「あ? ポル……なんだそれ」

「その状態でものを動かせるか、ってこと。まあ、車との相性は良さそうだし、今の広岡くんの霊力ならできるとは思うけど」


 大嘘だ。僕が新聞紙を持ち上げたように生前の愛着とポルターガイストの間にはさほど関連はない。だが、広岡はその気になったのか、「貸してみろよ」と僕の肩越しにハンドルへと手を伸ばした。やや乱暴な手つきに不安になりつつもそのまま預けてみる。すると彼の動きに従ってハンドルが揺れた。僕の虚言を知っているミヤコは笑いを堪えている。とはいえ操作できることには変わりなく、僕と広岡は素早く位置を交代した。


「とりあえずぶっ飛ばせばいいんだな?」

「うん、事故らないでくれたらそれでいいよ」

「任せろ」彼は自慢げに自身の腕を叩いた。「こう見えても俺は死ぬまで事故ったことなんてねえんだよ」


 でも、その事故は致命的でしたよね。

 僕は口の中だけで皮肉を言い、ミヤコたちを連れて車内の中ほどへ向かった。五人が左右に分かれて通路側の席に座り、鼻を突き合わせる。何の流れか、中央にいる僕がリーダーと看做されているらしく、全員の視線を投げかけられていた。拒否する時間も惜しかったため、大きく咳払いをする。


「じゃあいろいろ確認からしましょうか。……一郎さん」

「何が訊きたいんだね?」

「現状あの、便宜的に黒男って呼びますけど、黒男一人しかいませんよね。超人ってこういうとき単独行動を取るものなんですか?」

「いや」と彼は首を振る。「概ね四人だね。今回だけ別ということはあまり考えられない」


 そこでミヤコは首を傾げる。彼女は後方を一瞥し、姿を消した黒男に対して眉を寄せた。


「じゃあ、さっきの黒男はなんなの? 命令違反?」

 答えたのは花子夫人だ。目を伏せて含みを残した口調で、彼女は言う。

「彼は私たちのグループのリーダーだったんです。ですから……」

「うわ、なんか因縁がありそう。家族とかじゃないよね?」

「まさか!」太郎少年が不快そうに舌を出した。「あいつ、やなやつなんだよ。あれが父親ならユユシキ事態だね」


 どうやら嘘ではなさそうだ。老夫婦の表情は強張っていたものの真実を隠している気配は感じられない。同様のことを悟ったのか、ミヤコは僕に目配せをしてきた。おそらく僕が憑依して事態を収める方法を取れないか、ということだろう。

 確かにこの状況は今までとは異なる。バスという限定空間から解き放たれている以上、相手がどれだけの人数であったとしても一人の身体を乗っ取ってしまえば圧倒的な優位に立てるはずだ。通信装置を身につけていれば情報の撹乱も可能である。いざとなれば試す価値はあった。

 しかし、僕は首を横に振る。


「乗り移るのはちょっと難しいね。下山さんの身体が発してる霊的磁場はこのバスから少しはみ出すくらいだし、仮にそこまで近づいても一郎さんたちみたいに憑依できない人もいる。これは感度の問題だけど……あの黒男はそういう、太郎くんみたいな力はないんですか?」

「……なんとも言えない、ね」

 一郎老人が歯切れ悪く言い、花子夫人が頷く。

「死人が見える、と言っていたことはありますが」

「どうせファッションだよ。あんなのと一緒にされたら堪らない」


 太郎少年はずいぶん黒男を嫌っているらしい、非常に辛辣な物言いだった。だが、可能性はあるとは思った。超人たちの口ぶりや黒男の行動から鑑みるに彼らが所属していた機関は危険な――もっと有り体に言えば暴力的な封殺手段を日常的に行っているのがほぼ確実だったからだ。そういった、人の生き死に関わる仕事に従事している人間の中には霊的干渉を受けやすくなる者が多い。黒男の「死人が見える」という言葉も僕には一蹴しかねる説得力を有しているような気がした。

 しかし、とにかく、僕の憑依はあくまで緊急事態のための策として残しておいた方がいい。それだけはしっかりと言い含めると花子夫人は難しい顔をした。


「わかりました。そうなると武器がほしいわね……あっちがきっちり四人組で来ているならこの先で待ち伏せされてる可能性もあるわ」

「こっちは手ぶらだからなあ。拳銃の一挺でもあればいいんだが……純くんは持ってたりしないかい?」

「幽霊って銃の所持を許可されてないんですよ」


 一郎老人は「だろうねえ」と眉を上げてくすりと笑った。余裕のある態度だとは思わなかった。むしろ冗談を言うことで心の余裕を作りだそうとしているようでもあった。それはつまり、あの黒男に対して一定以上の評価をしているという証左である。かえって危機感が増して、僕は唇を噛んだ。


「ねえ、ミヤコ――」


 何か案はない? と訊こうとしたところでミヤコが奇妙な行動を取っていることに気がつく。彼女はいつの間にか通路に這いつくばり、じたばたと手足を動かしていた。座席と座席の間に頭を半分突っ込む姿は恋人としてあまり直視したくない光景だった。


「……ミヤコ、何してるの? 降伏の練習?」

「違うってば。銃、落ちてないかなって思って」

「すごいね、きみは……一千万円だとか銃だとか、非現実的なものばかり探す」

「あった」

「え?」あったの?「……え?」


 ミヤコが起き上がり、右手を掲げる。そこには黒い拳銃が二挺握られていた。僕はまず目を疑い、それからゆっくりとこのバスで何が起こってきたのか、思い出し始める。

 彼女が手に持っていたのは第一のバスジャック犯、銀行強盗の益子と石郷岡が使用していた拳銃だった。そういえば一郎老人と花子夫人が彼らを制圧した際、座席の下へと滑っていったような記憶がある。どうやら座席の隙間に挟まっていたらしい。犯罪が続発していたため、すっかり頭から抜け落ちていた。


「とりあえず、これで武器はゲット?」


 老夫婦はミヤコから手渡された九十二式とやらの検分を開始する。車の運転はできないくせに拳銃の取り扱いは手慣れていて、彼らはあっという間に銃弾数の確認を終えた。どうやら益子たちは最大装弾数まで装填していたらしく、一方は十四発、一方は十五発、弾丸が残されていた。ライフルと戦うにはいささか心許ないが、それでも武器のあるなしで心持ちも変わってくるのだろう、老夫婦は満足げに頷いた。

 僕はふと気になったことを訊ねてみる。


「超人ってそれで撃たれたらやっぱり痛いんですか?」

「当たり前だろう、血が出るくらいはする」

「それはそれは」思考を放棄し、非現実の侵蝕を改めて受け入れる。「でも、その銃って砲身が歪んでるんですよね。まともに当たるんですか?」

「そうねえ……威嚇にしかならないかもしれないわね」

「あ、じゃあ」と太郎少年が手を上げる。「僕、呼んでくるよ」

「呼んでくる?」


 彼が立ち上がってからもその真意を即座に把握できた者は誰もいなかった。僕たちは呆然と太郎少年の背中を見送る。そして、誰を呼んでくるのか、それを理解したとき、既に彼はトランクルームへと繋がる穴に飛び込んでいた。

 このままではまずい。僕はミヤコに下山の現状を説明してくるように促す。しかし、太郎少年の動作は素早く、あっという間にヤシマユミと彼女の鞄を抱えて車内へと戻ってきてしまった。幸いまだ目は淀んでいるが、あの熱烈な愛を披露した彼女だ、下山の身体が幽霊に奪われていると知ったとき、どのような行動を取るか予想もできなかった。


「ほら、しゃきっとしなよ」


 太郎少年はヤシマユミの背中をばしばしと叩く。だが、反応は薄い。衝撃になされるがまま、彼女の身体は大きく前後に揺れ動いた。

 とはいえヤシマユミの協力が得られたら、爆弾を手に入れられたら、状況は一気に変わる。太郎少年は爆弾を作ったことはない、と言っていた。ぶっつけ本番で彼に作ってもらうより専門家に任せた方が確実である。餅は餅屋、爆弾は爆弾魔、だ。爆弾なんて物騒なものにこれ以上関わりたくはなかったが、それでも頼るべきときであるならわがままを言うわけにはいかない。僕は犯罪に麻痺しつつあることを自覚しながら、膝を突き、じっとヤシマユミと視線を合わせた。

 慎重に言葉を選び、意を決する。


「ヤシマさん、はじめまして。唐沢といいます」

「……え?」

「今、下山さんが気を失って危ないので僕が身体に入ってるんです。幽霊ですけど、危害を加えるとかそういうつもりはないので安心してください」


 だが、ヤシマユミは虚ろな瞳で「忠志さん、運転は……?」と呟くばかりだった。弱々しい声は透明な隔絶を如実に浮かび上がらせている。言葉が届いている手応えがまるでなく、僕は唇を噛んだ。

 これでは協力の要請すらままならない。まずは彼女にかかる靄を払うことが先決だ。やや間を置いて、口にするのも憚られる魔法の言葉を吹き込んだ。


「ヤシマさん、爆弾を爆発させたくはないですか?」


 その瞬間、ヤシマユミの瞳に光が、まさに爆発的というべき勢いで、宿った。頬に朱が差し、いつの間にか姿勢が正されている。突然全身へと漲った生気に僕はわずかに身体を引いた。が、距離は開かなかった。僕が下がった分、ヤシマユミが這うように近づいてきていた。


「ねえ、それ、本当お?」ヤシマユミは耽溺した顔で迫ってくる。「あれえ、あなた、忠志さんじゃないのねえ」


 愛の力、というやつなのだろうか。先ほどの様子では僕の言葉など耳に入っていなかったはずだ。また、ヤシマユミからは特別な霊的能力を感じない。にも関わらず彼女は下山の意識が沈み込んでいることを理解していた。


「あ、幽霊でしょお? 忠志さん、そういうとこあるのよねえ」

「そうですね、幽霊です」

「で、本当なのお? 爆弾、使わせてくれるのってえ」


 とりあえず話をする価値はありそうだ。僕は概略を教え、条件に従った上でなら爆弾の使用を許可すると伝えた。その条件もあってないようなものだ。こちらの指示したタイミングで、というだけで、その軽い制約にヤシマユミは小さな難色さえ示さなかった。一も二もなく頷いた彼女は、太郎少年からキャリーケースを受け取って最後部のトイレに駆け込んでいく。後ろから狙われている以上、危険が大きいと声をかけたが、返ってきたのは施錠音だけだった。


「……純、そっとしておいてあげよ?」

「ミヤコ」僕はリアガラスから外を覗く。曲がり角が多く、黒男の姿はなかったが、相手が車などで追ってくる可能性だってあるのだ。容易にその提案を受け入れることなどできない。「そうは言ってもさ」

「大丈夫、あたしが対処するから」


 そこで僕は二の句を告げなくなった。久しぶりに耳にしたミヤコの真剣な声色に気勢を削がれ、気圧される。ただそれも一瞬のことで、すぐに彼女はふっと表情を緩めた。


「それよりもさ、こんな道で爆弾使っても平気なの? 今は他に車いないからいいけど」

「ああ、たぶん大丈夫だよ。ほら、道の駅にも車はほとんどいなかったろ?」

「そうだけど……え、そういうこと?」

「ええ、だと思います」


 左右から後方を確認していた老夫婦は声を合わせ、それから、先を譲られた一郎老人が言葉を続けた。


「純くんの予想しているとおり、おそらくこの道は他の車が入ってこられないようにされているはずだ」

「私たちが所属していた組織って、そういうところがあるのよ」


 まったく人それぞれさまざまな事情があるものだ。二人の言葉に安心よりも恐怖のほうが深くなった気もしたが、忘れておこう。今考えるべきなのは黒男とおそらく存在する彼の仲間を撃退する方法である。バスジャックという共通点しかない急拵えの仲間ではあるが、敵は僕やミヤコ、爆弾魔のヤシマユミのことは知らない。その優位性を活かして戦うことだけが僕たちに取れる策だった。

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