状況が混迷しているときにこそ外部から厄介事が舞い込んでくる ④
ヤシマユミが姿を現したのはトンネルを抜けたときのことだった。
「できましたあ」とトイレから出てきた彼女はこの世の幸福をすべて飲み込んだかのような表情をしていた。手にあるのは例のゴシック模様で装飾された箱だ。その四隅には彩りとして彼岸花が貼りつけられている。用いられているのは銀行強盗たちを拘束するときに使ったガムテープだ。太郎少年はぞくぞくした様子で「いいセンスだね」と明らかに心にもないことを嘯いた。ファッションとしてならまだしも爆弾の飾り付けとして評点するならば厳しい点数を覚悟した方がいい出来栄えに思えた。
「これはあ、プラスチック爆弾でえ、爆発しまあす」
「だろうね」頷く。「ヤシマさん、これってさ、どのくらい離れてたら安全なの?」
「そうですねえ、まあ、五十メートルも離れてればいいんじゃないですかあ。それでも怪我しちゃうかもしれませんけどお」
ミヤコが魔法を発動させている限り、どれほど威力がある爆弾でもバスを傷つけられはしない。つまり、ヤシマユミの推測を信じるならば、この爆弾を使うにあたり必要な距離は単純な五十メートルだ。バイクを破損させるために五メートル程度は近く見積もってもよいかもしれないが、できればその程度の妥協すら避けたかった。黒男たちを返り討ちにするつもりはあっても人殺しになるつもりなどさらさらない。
僕はヤシマユミに改めて礼を言う。すると彼女は赤い紅が塗られた唇をゆっくりと舐めた。
「いえいえぇ。それとですねえ、これがちびちび爆弾でえす」
「は?」
彼女はプラスチック爆弾を大事そうに抱えたまま、足下にあるキャリーケースを開いた。中には直径三センチメートルほどの黒い球体が十個ほど転がっていた。導火線らしきものがぴょんと飛び出ている、あまりにステレオタイプな爆弾だ。その形はどこか間が抜けていて愛嬌があるようにさえ感じた。
「こっちはぜんぜん殺傷力ないんですけどお、でも、綺麗なんですよお。下にいた男の子からライター借りてたのでえ、これで火をつければ使えまあす」
ずいぶん長くこもっていると思っていたらこんなものまで作っていたのか。
時間がないというのに、と批難の気持ちが膨れあがったが、驚きと呆れで絶句し、それもままならない。僕は屈み、ちびちび爆弾とやらを手にとった。顔の前に翳すと一時間ほど前に嗅いだ黒色火薬の臭いが漂ってくる。僕はその臭いに考え方を改めた。
このバスにある武器らしき武器は拳銃が二つとプラスチック爆弾一つだ。利用できそうなものは余さず利用した方が合理的である。殺傷力がなくとも目眩まし程度には利用価値があるかもしれない。僕は手の中の爆弾をキャリーケースの中へと戻し、ひとまず頭を下げた。
「わざわざありがとう、ヤシマさん」目眩まし、と表現すると猛烈な抗議を受ける予感があり、僕は褒め言葉を絞り出す。「……もしかしたら相手も目を奪われるかもしれないね」
「綺麗だから当たり前じゃないですかあ」と彼女は自分の常識を疑わない。「それでえ、一つお伺いしたいんですけどお」
「なんですか?」
そこでヤシマユミは腰をくねらせ、内股を擦り合わせた。扇情的な表情に太郎少年の鼻が膨らむ。教育に悪いな、と思いながら次の句を促すと彼女は上目遣いにおずおずと訊ねてきた。
「起爆、やらせてくれるんですよねえ」
「え?」僕は太郎少年に目をやる。「あの、それなんですけど」
「あー、やっぱりい! なんでですかあ、私が作った爆弾なんですよお! もう心中とか言わないですからやらせてくださいよお!」
バスガイド然とした雰囲気はずいぶん前から消え失せている。ヤシマユミは膝で何歩か歩き、僕に縋り付いてきた。懇願というのはこの態度を指すのだろう、瞳を涙で潤ませながら服を引っ張ってきた。
そこで声を発したのはミヤコだ。蹲って瞑目していた彼女は「純」と顔を上げた。その視線はヤシマユミへと向かっている。品定めにも似た、冷たい目つきだった。
「……ミヤコ?」
割れかけた氷細工が目の前にあるかのように、僕は慎重に訊ねる。ほんの数秒観察しただけで何がわかったというのだろう、ミヤコはふっと表情を緩めた。
「いいじゃん、純。やらせてあげなよ」
「いや、でもさ」
「たぶんこの中で爆発させるつもりはもうないだろうし、仮にやられてもあたしが直すから心配しないで。それよりもさ、ピーピー言われると、なんていうか、困る」
ぴいぴいなんて言いませんよお、とぴいぴい言うヤシマユミを信用したわけではない。
彼女はこのバスに乗っていたすべてのバスジャック犯の中でもっとも凶悪な犯罪者だったのだ。しかし、それよりもミヤコの体調に配慮すべきだと思った。彼女が長時間魔法を駆使し続ける姿は僕でさえも初めて見る。できる限り負担を軽減させてやりたかった。
迷っている時間もなく、僕は太郎少年に頷いてみせる。すると、爆弾魔と超人の少年の間で爆弾と起爆スイッチの交換がなされた。緊張のあまり唾を飲んだが、ヤシマユミは歓声を上げただけで約束を違えることはなかった。
「……じゃあ、準備は整いました」僕は順番に、全員の顔へと視線を送る。「このバスはもうすぐ再びトンネルに突入します。真ん中程度まで到達したら行動を開始してください。目標は五十メートル、黒男たちを突き放すことです。それだけの距離が空けば爆弾で相手の動きを封じることができます」
「もっと近い方がいいのではないかね?」
一郎老人の口調は質問と言うより提案に近かった。しかし、僕は強く首を振る。
「いえ、あくまでそれが最低条件と考えてください。死人はできれば出したくないでしょう? それに、トンネルの出口を崩すことができたらそれで追撃は防げますから」
「でもさ」と太郎少年が手を挙げる。彼は決して顔を覗かせるなという言いつけを守り、トイレ手前の座席に胡座を掻いていた。「それでトンネル出るまでに五十メートル離せなかったらどうするの?」
「そのときはそのときかな。トンネルを崩せなくても爆発の熱ならアスファルトくらいは楽勝で溶かせるよ。最悪それでも追って来られなくなる」
アスファルトの溶融温度はそれほど高くはない。プラスチック爆弾の発する熱量がどれほどか知識はなかったが、それでも辺り一帯を泥濘化させるだけの威力はあるだろう。その路面状態でバイクを走らせたらすぐにでも故障する。躱そうとしても一方は崖、もう一方は不安定になった山肌だ。運転者が超人であってもバイクにその力が宿るわけではなく、目的を果たすには十分に思えた。
僕は全員の顔を見据える。もう質問はないようだ。
「じゃあ、全力を尽くしましょう。大丈夫です、必ず成功します。だって僕たちよりバラエティ豊かなバスジャックはこの世に存在しないんですから」
そこまで言った瞬間、日の光が遮られた。全員の表情に影が差したが、首肯だけなんとか汲み取ることができた。およそ二秒の間を開けて後ろのバイクもトンネルに突入する。マズルフラッシュがちかっと光り、銃声がバスを追い抜いていった。弾丸はリアガラスの端に触れ、力をなくして落ちる。
「広岡くん、今何キロ出てる?」
「八十だ!」
ということは黒男たちとの距離は、十五メートルくらいだ。あと三十五メートル、押し下げればいい。
しかし、そう計算したのも束の間、彼らの姿が徐々に大きくなり始めた。乗り移るつもりだろうか、明らかに速度が上がっている。もうライフルの効果はないと判断したらしく、細く黒い影が緩やかに宙を舞った。それを合図に追っ手たちの速度がもう一段階上昇する。
少し早いが、やむを得ない。
「ヤシマさん!」
僕の呼びかけに彼女は「はあい」と鷹揚な返事をして、黒色火薬のちびちび爆弾、その導火線にライターの火を近づけた。間もなく着火し、導火線が音を立てて短くなっていく。それでも彼女は「いーち、にーい」と図太く数え、「さん」と同時に窓から爆弾を放り投げた。放物線を描いて飛んでいく三つの球体は奇妙な穏やかさを保って黒男たちの鼻先へと向かっていく。
そして、次の瞬間、爆発音が周囲を包み込んだ。
トランクルームから悲鳴が沸騰する、ヤシマユミが感極まった嬌声を上げる、炎と煙の混合物は黒男たちの姿を覆い隠した。
車内には風が吹いている。
一郎老人と花子夫人が車内中ほどの窓を開け放ったのだ。高速で走るバスの中に、燃焼し、飛散した化学物質が入ってきて、火薬の臭いが充満した。少しだけ懐かしそうな笑みを浮かべて、二人の老いた超人が車外へと身を乗り出す。彼らの照準は向かって左を疾走するバイクに合わせられていた。合図などは何もない。乾いた銃声が、左右両方から鳴り響いた。
異なる射線での狙撃は、しかし、なかなか命中しなかった。銃身が歪んでいるせいなのか、左の追っ手が華麗に躱しているのか、僕には判断ができない。痺れを切らしたヤシマユミがもう一度ライターを握りしめている。咎める前に導火線の端を燃え上がり、彼女は爆弾を放り投げた。轟音と爆炎と煙が生まれ、再び黒男たちの姿が輪郭だけになる。
異変が起きたのはそのときである。
耳障りな金属音がトンネルの内部に反響したのだ。重厚な音が跳ねるように響き、すぐに衝突音が轟いた。一瞬遅れて老夫婦がバスの中に身を戻す。一郎老人は舌打ちをして座席を殴りつけ、花子夫人は難しい表情で小さな溜息を吐いた。
弾切れ、か?
そう思って視線を後方へと戻す。そこで金属音の正体を察した。煙の中から出てきたバイクは二台だけで、もう一台は影も形もなかったからだ。
「十発も使ってしまった」一郎老人は唇を噛む。
「この銃、予想以上に癖がありますね」
「えっと、花子さん、当たったんですよね」
僕はわずかな安心を求めて、分かりきった質問をする。花子夫人はその意図に気がついているのだろうか、静かに、力強く「ええ」と頷いた。
「だがね、純くん。これでこっちに武器があるということもばれてしまった。弾も残り少ない。次はそう簡単には行かないぞ」
「……わかってます」
僕は後ろに視線を送り、距離を確認した。拳銃と爆弾を警戒しているのか、二十五メートルほどの差が生まれている。
あと十五メートルだ。
しかし、猶予はさほどない。すぐさま追撃の一手を打たなければ再び距離が詰められるのは明白だった。超人の老夫婦は窓から手だけを出し、何度か発砲したが、そう都合よく直撃するはずもない。ヤシマユミが唇を尖らせながら、残りのちびちび爆弾をすべて後方へと放り投げる。だが、黒男たちは炎や煙を無視して突き進んできた。身を包んでいるスーツに強い耐熱性能があるのかもしれない、迷いのない加速だった。
「おい、大丈夫かよ!」
広岡が叫ぶ。視線を彼の方に移すと目の前に光が見えた。トンネルが終わるのだ。差し込んでくる光が橙から白へと変わり、一気に視界が開ける。
そこで僕の視界に雄大な自然が飛び込んできた。バスは橋の上を走行しており、眼下には一面の緑だけが広がっている。木々たちは自身の上で起こっている騒動など些末な日常だと主張するかのように、陽光を浴びて美しく光っていた。
僕は野蛮なことを考えている。
落ちても木々がクッションになって命は助かりそうだな、だとか、一人二人程度の人口が減っても大したことはないよな、だとかそういったことだ。身体の内側が冷えていく感覚がある。通路で苦しそうに蹲り、魔法を維持しているミヤコを視界に入れるとその冷たさはさらに強くなった。
もし、あの黒男に憑依できたなら最低一人は道連れにして身を投げることができるはずだ。一人残ったとしてもこちらには超人が三人いる。老人二人と少年一人ではあるが、何とか対抗できるかもしれない。
まったく確証のないことばかりが頭に浮かぶ。怨霊、という単語も脳裏にちらついていたが、僕は忘れたふりをしている。
あのミヤコが必死になって他人を守ろうとしているのだ、なりふり構ってはいられない。
僕は決意を固め、広岡に向かって速度を落とすように指示をする――
指示をしようとしたところで、肩に手を置かれた。びくりと身体が震える。いつの間にか歩み寄ってきていた一郎老人は柔和な笑顔を小さく横に振った。見透かすような瞳にばつが悪くなり、視線を逸らしてしまいそうになる。
彼は静かに、諭すような口調で、言った。
「いけないよ、人殺しの目をしている」
「……え」
「私と花子はあんな組織にいたがね、それは犯してはならない禁忌だと理解はしているんだ。私たちはともかく、ね。それに、きみがあれに乗り移れるかもわからないだろう」
「でも……でも、試す価値はあるじゃないですか」
「試すということは接近を許す、ということだ。そしたら誰も死ななくて済む方法が取れなくなってしまう」
「じゃあ他に方法があるって言うんですか!」
「ああ」静かな首肯のあと、一郎老人は柔らかく微笑んだ。「……花子!」
彼は妻の名を呼んだだけだ。しかし、花子夫人にはその先に続く一言が聞こえていたに違いない、迷いなく「ええ」と首肯した。彼女は窓を開け放ち、窓枠を掴むと逆上がりをするかのようにバスの上部へと昇った。危機感が翻り、僕は一郎老人の腕を掴もうとする。だが、彼も超人だ。素早い身のこなしで僕の手をかわし、花子夫人が開けた窓に足をかけてしまった。
「おい」と太郎少年が爆弾を持ったまま、呆然と立ち上がっている。「おい、ジジイ?」
「太郎、すぐに戻ってくる。やるべきことだけはやれ」
一郎老人は返答を許さず、花子夫人のあとに続いた。天井に衝撃が走り、車体が沈み込む。何か叫ぶ暇さえなく、彼らは弾丸のように、バイクへと跳躍した。いや、跳躍、というより滑空と表現した方が近い。二台の黒いバイクは老夫婦を避けるためにわずかにハンドルを切る。しかし、遅い。まず花子夫人が勢いそのまま右のバイクを操る男を引き摺り降ろした。運転手が消えたバイクはわずかに自走したのち、横転し、地面の上を滑った。
だが、一郎老人が強襲したもう一台のバイクはなかなかにしぶとい。彼はタンデムシートに座る黒男としばらく揉み合ったあと、バスを一瞥した、ように見えた。
太郎少年はその光景を目にしていない。相手に顔を晒すな、という一郎老人の言いつけを忠実に守り、座席に額を当てていた。だが、何が起こっているのかは悟っているのだろう、「ジジイ!」と悲痛な声色で叫んだ。僕は声を失う。一郎老人と黒男の動きがいやにスローモーションになる。そして、一郎老人は黒男をバイクから引き剥がしてもろともに地面へと身を投げた。
二人の身体が跳ねる。よろけていたバイクが再び速度を取り戻していく。僕がはっとした瞬間、広岡の声が空気を貫いた。
「五十メートル、離れたぞ!」
「太郎くん――」
そのあとに、僕はどう続ければいいのだ?
ここで爆弾を外に放る指示などできるはずがない。あの老夫婦は追っ手たちを、少なくともリーダー格の黒男を恐れていた。きっと超人の身体能力は素晴らしく、バイクから落としたくらいでは平気のはずだろう。となれば何が起こるかなど想像するまでもない。
僕は唾を飲み込み、言葉を取捨選択する。だが、捨てる言葉が多すぎて何かを選び取ることなど不可能に思えた。
「――純くん」
太郎少年の薄氷のような声にはっとする。そこにあった切ない覚悟に全身が硬直する。彼はゆっくりと立ち上がり、僕へと振り向いた。
泣き笑いのような表情を浮かべ、彼は小さく呟く。
「ジジイが言ったんだ、やるべきことをやれって」
「……太郎くん!」
背後からじりじりとバイクが迫ってきている。広岡がアクセルを思い切り踏んでいるおかげでまだ猶予はあるが、太郎少年がその距離に甘えることはなかった。彼は窓から爆弾を出し、そっと置くように、後方へと放った。
ゴシック模様の箱がくるくると回転する。風圧で彼岸花が舞い、脆く散った。
「――みなさま」
ヤシマユミは歓喜に震えている。彼女はもはや起爆のことしか考えていない。口の端から涎を溢して身体を揺すった。僕は開けっ放しになっている窓に何とか手を伸ばした。
「全員、耳を塞いで!」
「後方をご覧ください、爆発、でございます」
音と光、炎と衝撃が同時にバスを包み込む。
爆心地の中央でありながらミヤコの魔法に守られたバスはびりびりと震えただけで一切の損傷を負わない。鼓膜が痛くなるほどの轟音が響き、骨が、内臓が、身体の内側にあるすべてが揺れた。くぐもった悲鳴と、今後絶対に味わえない風景を堪能したヤシマユミの、艶然とした笑い声が車内に反響していた。
通路に伏せたまま、僕は顔を上げる。正面にいるミヤコは脱力してはいたものの目に光が残っている。それに少しだけ安堵し、僕は訊ねた。
「ミヤコ、大丈夫?」
「問題ないよ……疲れたからしばらく魔法は使えないけど」
「よかった……太郎くんは?」
身体を起こして後方に目をやる。太郎少年はいつの間にか最後尾の席に移動しており、後方で燃える炎を睨みつけていた。唇を噛みしめ、拳を握り、喪失を堪えているのは明らかだった。
「……太郎くん」
声を発するとそのすべてが慰めになってしまう気がして、僕は唇を結ぶ。どれだけ聞こえのいい言葉を口にしても彼に届くはずがない。後方で燃えている炎は何よりも雄弁に彼の過去と現在を分断しているのだ。
太郎少年と一郎老人、花子夫人が肉親なのか、僕は知らない。そもそもそんな単語など意味をなさない繋がりが彼らにはあったはずだ。太郎少年が一郎老人をずっと「ジジイ」と呼んでいたことを思い出す。その呼び方は思春期の少年が当たり前に迎える反抗期の表れだったのではないか? 超人だろうが常人だろうが、彼は単なる子どもに過ぎないのかもしれない。
そして、太郎少年は唯一の繋がりとの断絶の中にある。
僕の中の冷静さはまたたく間に消え失せ、気付けば彼の肩を叩いていた。
「――行こう、太郎くん」
「え?」
顔を上げた太郎少年はやはり子どもらしい表情をしている。悲しみを無理に堪える顔だ。彼は言葉の意味を把握し切れていないのか、目の端に涙を溜めたまま、真意を窺うように僕を見つめた。
「なに、言ってんの、純くん」
「そのままの意味だよ。一郎さんたちを助けに行こう」
「でも、僕は……僕はジジイたちよりずっと弱いんだ。僕が行ったってあいつには勝てっこない!」
「今の状況なら可能性はある。あっちも援軍が来るとは考えていないだろうし、危険な目に遭うのはきみだからやめようと思ってたんだけど……僕たちには奥の手があるじゃないか」
「……奥の手?」
「僕がきみに憑依すればきみの身体の性能を限界まで引き出せる。悪霊の特権だ」
その効果は太郎少年も知っている。広岡との戦いで僕は太郎少年に憑依し、彼の能力を引き上げた。それを思い出したのか、彼は顔を明るくさせ、強く頷いた。僕も首肯を返し、前方へと向き直る。
「よし、じゃあ、ミヤコ、ちょっと待ってて。広岡くんは少し進んだらバスを停めていてくれると助かる」
「いや、その必要、ないかも」
「え」
ヘッドレストにしがみつくようにして立ち上がっていたミヤコは、バスの後方を指さした。消え去ったはずの危機感に背中が震える。
「……嘘だろ」
そこにはバイクを操り、猛烈な速度で追い縋ってくる黒男の姿があった。山肌を無理に走ってきたのだろうか。指示を飛ばす前に広岡も気がついたらしく、ぐん、とバスが加速した。それでも大型バスが速度でバイクに勝てるはずがない。じりじりと距離が詰められていく。
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