10 懲りずに飲みに行きました

 人前でこれほど食べて飲んだのははじめてかもしれない。

 結局いつもの居酒屋にやって来たミサは、手の油を拭く事もせず、てかてかの口のまま次から次と手羽先を注文した。

 右手に手羽先、ついでに注文した、油の滴る豚バラを左手にミサはご満悦だった。


「さすがに太るっすよ」

「…………今思い出させる気なわけー?」


 手を止めて上目遣いで睨む。ウエハラはミサと同じ焼酎をあおっている。今日は最初からボトルで頼んでいたのだ。ミサの好みに合わせた芋焼酎は、二人のザルに捕まって既に無くなりつつあった。


「ま、いいんじゃないっすか。元々痩せ過ぎなくらいだし」

「どこ見て言ってんだよ」


 眉をしかめ、ミサはそのまま焼酎をあおった。独特の香りと、喉を妬く熱に、寄っていた眉がすぐにほぐれる。


(あー、……サイコー!)


 酒がひたすら美味しい。既に本性がバレているだけに、ウエハラの前なら好きなだけ強い酒を飲める。素のままの自分で寛げる。


(なんかすごく楽ちん、だなあ)


 家族と居るようで、ほっとする。実家を思い出す。ミサの家では、盆正月で集まる度に、父、母に兄とこうやって馬鹿騒ぎをするのだが、仕事が忙しくてしばらく帰れていない。

 ほっこり、しんみりとしたらなんだか眠くなった。

 頭がふわふわする。カウンターに頬をくっつけると冷たくて気持ちがいい。


(んー? なんか最近こんな事あったような……)


「まーた酔ってるんすか? 酔いが回るのがの急すぎっすよ。っつうか、あんた、普段相当気を張ってんすね。もう飲まない方がいい。あとは飲んでも吐くだけっす」


 このやりとりも、なんだか既視感があるような。記憶の欠片を探るようにミサはウエハラの手から瓶をひったくったり、残った焼酎をコップに注ぎ、喉に流し込んだ。


「じゃますんな」


 ウエハラはため息を吐いた。


「ほんっとガラ悪いっすね。さては元ヤン? ってか、ヤンキーってこのあたりからは絶滅したと思ってたんすけど、まだ生息してんすか? どこ出身?」


 誰が教えるかよ、と思っているのに酔っぱらった口がミサを裏切った。


「S県だけど、文句ある?」

「あー……、S県ねえ……」


 憐れみに似た響きを持つ声に、ミサはムッとする。F県の隣にあるS県では、その昔、県をモチーフにした自虐的な歌が流行り、県が自虐的なキャッチフレーズまで用意した、多分日本一自虐的な県である。

 ミサも自虐ネタで受け狙いしたりもするが、人から言われるとなんだかムッとするのが郷土愛。


「ヤンキーなんかこの辺にもごろごろしてるってー、馬鹿にすんな、田舎舐めんなよぉ」

「あーあ、手に負えねえ。てか、気抜きすぎてるけど、油断してると今度こそ食うっすよ」


 頬にかかった髪をウエハラが払いのける。軽口と共にこちらをじっと見つめるウエハラをミサは睨んだ。


「うざい。あんたみたいな貧乏ぽっちゃりフツメンにやらせるわけないってば」


 ミサの放言にも、ウエハラは全く堪えていない。


「はいはい、結婚する相手のために大事に取っておくんすよね」

「そうそう、わかればいいんだよ。こういうのはいざって時に使わないと意味ないの。相手を確実に射止めるための最大の武器なんだよ。なーのーにーさー、そのがやって来ないわけ。高階にしろさー、直前に怖じ気づきやがって。まぁ、それは結果的には、食い逃げされなくってよかったんだけど……。とにかく、本山も川瀬も――使えない男が多すぎ。理想の王子様はホント、どこに居るわけ」


 チャックの壊れた口は滑らかに言葉を吐く。吐き出すと胸のモヤモヤが晴れる。ミサは爽快感にさらに酔う。愚痴るのが気持ちよくって止まらない。相手の反応を気にしなくていいのがブレーキを壊している。


「またその話っすか。つまりあんたの男を見る目が無いんすよ」

「うるさい。フツメン君は、黙って財布を出しておけ」

「あー……今月もうピンチなんすけどねえ」


 てっきり割り勘を突きつけられると思ったが、ウエハラは意外にも渋々と会計に向かった。その大きな背中をぼんやり見ているうちに、わずかに酔いが冷める。


(ん? ……あれ、うえはら、さっき、何か変な事言わなかったっけ)


 頭が巻き戻らず首を傾げたミサの前で、やれやれとウエハラが会計を終えると、店主が「また送ってくんね?」とにやついた。


「家が分かればいいんすけどね。とにかく、暴れ出す前に連れ出さないと、迷惑かけるんで……つうか、一緒にいるのがすでに恥ずかしい」

「はぁ? 失礼な。全然暴れないって」

「こーいうの、暴れてるって言うんすよ」


 ウエハラは財布から万札を出すと、ミサの手を引いて外へ出た。


 ……――というところまでは、ところどころおぼろげではあるが覚えていた。




 だが、


「ど………………どうしてこういうことになってるわけ」


 数日前と全く同じ光景にミサは再び青ざめていた。

 つまり同じ安ホテルの部屋で、裸だったのだ。そして同じく隣には――


「ウエハラ! あんた、懲りずに手をだしたわけ!?」

「また覚えてないんすかぁ?」


 ニヤニヤと笑われてミサは頭に血が上る。

 とにかく確認せねばとシーツをめくり、


(あ、今度はパンツはいてた)


 とほっとする。続けてミサは痕跡を探る。


(……な、いよね? ってか、普通は起きるよね!?)


 必死で言い聞かせていると、シーツの上から「マジでウケる」と、ウエハラの笑い声が聞こえる。ミサがシーツから顔を出すと、ウエハラは笑いを押し殺しながら説明した。


「いや、なんか突然『同じ行動すれば何か思い出すかも!』とか言い出して、連れ込まれたんすけど」

「んなわけあるか!」

「証拠動画見るっすか?」


 ウエハラがスマホを取り出し再生しようとする。ミサはぎょっとして遮った。万が一あられの無い姿など映し出されたらショック死しそうだ。


「また撮ったわけ!? 変態! 消せ、今すぐ消せ! じゃないと今度こそ強制わいせつと脅迫で訴える!」


 目を見開いて叫ぶと、ウエハラはやれやれと肩をすくめた。


「ほんとガラもタチも悪いっすねえ。人間は学習する生き物のはずっすけどねえ」

「ってか、やったの、やってないの!?」


 ミサは必死だ。だが、


「んなこと、自分でわかるんじゃないっすか」


 にやりと笑われて、ミサは動揺しつつ「何の事?」と誤摩化した。


「ま、いいっすけど」


 ウエハラはベッドから立ち上がる。意外に引き締まった半裸の巨体(ウエハラもパンツははいていた)が目の前に現れて、ミサは圧倒された。


(……やっぱりデブじゃあないかも……ぽっちゃりフツメンじゃなくて、ただのフツメン……いや、ガタイのいいフツメン……ってそもそもフツメンじゃないんじゃ?)


 そんな事を考えていたら、身支度をしていたウエハラと目があった。たじろぐミサに彼は言う。


「あ、ひょっとして惚れた? 抱かれてみたくなったとか?」

「んなわけないし!」


 ぎょっとして思わず胸にかかえていたシーツを落とし、ミサは悲鳴を上げかけた。が、その直前に


「あ、貧弱な胸が」


 とウエハラが呟いたせいで、ミサは悲鳴の代わりに怒声を上げた。

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