ただし、イケメンに限るッッ!!
山本 風碧
本編
序 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ
肌を刺すほどの冷気が、黒く染まった空から降ってくる。
初雪もまだだと言うのに、随分と冷える。膝丈のワンピースには、フェイクファーのコートをあわせている。この時期だとダウンコートを着たいところだけれど、今日は絶対に気を抜けないのだった。
ミサ――青山美砂は待ち合わせ場所である、高層デパートの谷間にある公園に立っていた。
クリスマスのイルミネーションが彩る公園は、時期が時期だけにカップルだらけ。独り身で肩身が狭いと思うものの、それを跳ね返すほどの高揚感で顔を赤らめていた。
(ああ、ドキドキする)
今日のミサのターゲットは島田啓介。株式会社島田美装の御曹司で、彼女募集中。
26歳にして小さな子会社を任されているほどに有能なのに、真面目で、女性に対しては奥手なくらい。しかも、顔が個性派俳優風のイケメン。つまり、ミサの好みのド・ストライクなのだ。
だが、そういう男というのは総じてガードが硬い。本人に接触するにはいくつもの障壁をかいくぐらなければならないものだ。
だからこそ、ミサは一計を案じていた。
ミサはデパートの影から現れた男を視界に捉えると、
(今日の抱負を確認しますよ! 『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』。はい、繰り返して!)
男が近づく間に心のなかで何度も唱えて、最終確認を終える。そして、赤く染まった唇の両端を持ち上げて、極上の笑みを浮かべた。
「よぉ。アオヤマ、ミサちゃん、だっけ。今日はよろしくっす」
たしかウエハラとか言っただろうか。島田の任されている子会社の部下だという。彼に近づいて、合コンをセッティングしてもらうというのがミサの計画。
つまり、ウエハラは島田を落とすための馬なのだ。馬というよりは熊と言えそうな立派な体格をしているけれど……何かスポーツでもやっているのかもしれない。
(ラグビー? 柔道? 相撲……はないかな)
つまりは結構立派な体格だが、顔は至って平均的。経歴だって小さなデザイン会社の平社員。イコール、モテナイ。
(うん、女に縁のなさそうな感じ。ちょろそうだよね)
しかし、そんな予想に反して、その熊男は、ミサの笑顔にも表情を緩ませることはない。
それどころか彼の目はミサの顔には興味なしといった様子で、顔の下に釘付けになっていた。
気合を入れて盛ってきたはずの胸。チラチラと見られると誇らしいのに、まじまじと見られると気まずくなるのはどうしてだろう。
(……な、なに、この男……!?)
いつもと手応えが違う。
動揺しかけたミサに向かって、熊男――ウエハラは嘲笑に似た笑いを浮かべて言った。
「それ、偽物だろー? 経歴詐称と同じレベルで詐欺っすよね」
それは、ミサの計画が粉々に砕け散った瞬間だった。
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