14 再反撃をはじめました

 情報収集は得意中の得意。

 コピー用紙を机に広げると、ミサはペンを握る。そして記憶力を総動員して、本山との会話、社内の彼の噂話を蘇らせ、彼が移転して来たルートを書き出す。

 そして棚にあったファイルケースを取り出す。そこには新人研修の時に集めまくった名刺が綺麗に配置されていた。氏名と配属先の連絡先、それから入社後すぐに個々に与えられた社内メールアドレスが印刷されている。そして、名刺の隅にはミサの手書きで彼らの配属先、そしてプライベートなメルアドが書かれている。図々しくも、同期入社全員分。いつか武器になると信じて取っておいたけれど、今がその時だと思った。


「んー、O支店、K営業所、それからH支店……。でも、最近のとこじゃないと駄目か」


 新人の頃作った伝はやはり役に立った。総合職で全国を転々としている同期には、本山が勤務していた支店や営業所に配属になっている者が居たのだ。


 なんとか接触がありそうだったのは男の同期三人だった。他愛無い近況報告を大量に書くと、ミサはその中にひっそりと質問を混ぜ込んだ。


『そういえば、本山さんって、居たでしょ? かっこいいから気になるんだけど、あちこちに彼女いるってホント?』


 多少わざとらしくとも構わない。彼らのミサに対する印象は、本山、高階と同じく『男好き』に決まっている。腹立たしいが、今はそれが使える事を喜ぶべきだ。そして、男というのは、男だけで集まると、決まってシモネタに走る。一度や二度そんな機会はあっただろう。何か聞いているに違いなかった。


(頼むから、かかれ! 三匹のうち、一匹でいいから、かかれ!)


 餌をまいたら、あとは大物が釣れるのを地道に待つしかない。

 祈りながらメールを送信したミサは、翌日、案外早くパソコンにやって来た朗報を開いてにやりと笑った。


『俺の元カノが、本山さんと付き合ってたんだ。まー、それ聞いて引いちゃって、別れたんだけどさ。おせっかいかもしれないけど、不倫は止めておいた方がいいと思う。しかも相手があの人じゃ、全く報われないし』


 ミサの予想に反して親切なメールは、柿田という同期から送られたものだった。

 柿田は真面目で地味だったという記憶しかない。当時のミサのターゲットからは逃れていたのはそのせいだろう。彼は今現在O支店に勤めていて、本山は彼と入れ違いに出て行ったらしい。そこで、見つけた年上の彼女が本山の手つきだったそうだ。

 元カノに話が聞きたいからどうしているかと聞くと、まだ同じ支店の別部署で働いているそうだ。ミサは彼女の社内メールアドレスを教えて貰うと、何度も『あの人はやめておいた方がいい』と訴える柿田に丁寧に礼を言う。同期の男は頼りないなどと言っていたが、案外捨てたもんじゃないなあと、眼鏡の曇っていた自分への反省を込めて。

 そして柿田の元カノに個人的なメールアドレスを添えてメールを送る。本山に復讐したくないかという誘いだ。だが、返って来たのは考えさせてという返事だった。ミサはがっかりしつつも辛抱強く情報を集めることにした。

 だが、本山はどうやら各地で問題行動を繰り返していたらしく、別口からぽつぽつと情報が届きはじめた。最低でも三人の女性が被害を被っていたが、彼女たちは皆、ミサに協力的とは言えなかった。

 それはそうだ。不倫が明るみになれば、自分にも傷がつく。もし社内で噂になれば、本山は既に異動になっているから、同僚の白い目を一人で耐えなければならない。それに断りきれなかったという落ち度がある、と彼女たちは口を揃えたが、あのしつこさから逃れるのはとても大変だという事を、ミサだって身を持って知っている。だからこそ、反撃したいとミサは思うのに。


(ねえ、泣き寝入りとか、悔しくないわけ?)


 ミサは悔しくてたまらない。自分は被害といっても未然で防げたが、彼女たちは本当の意味で被害者なのに。

 ここでミサが何もせずに辞めたら、本山あの男は何食わぬ顔でまた不倫を繰り返すのだろう。世に害虫が蔓延ったまま。それが堪らなく悔しかった。


 数日かけたリサーチもすべて無駄になり、ミサは放心しかけた。だけど、やっぱり諦めきれない。理不尽には負けたくない。


「何か、何か、いい方法……」


 呟きながらインターネットでリサーチを続けるが、ネットでの調べものには限界があった。情報が溢れる便利な世の中にはなったが、どの情報が正しいのかを見抜く目を自分が持っているかというと、自信はない。やはりアナログの力は侮れない。


(ここはやっぱり専門家、かぁ)


 ウエハラに弁護士を紹介してもらえば良かったのかもしれないとちらりと思ったが、それは色んな意味で面白くない気がした。


(あいつは絶対図に乗るし、それに、また高収入高学歴に釣られたとか思うんだろうし)


 不愉快さに顔をしかめた直後、ミサは自分の思考に何か違和感を感じて首を傾げた。

 その時、視界の端に手帳が映る。これもアナログか――と苦笑いしながら、何気なく手帳を開いて「あ」と、ミサは声を漏らした。


「『何かあったとき』って、もしかしたら、こういうとき?」


 半信半疑で書き付けたメモ。本山に受けた被害。それから、本山が漏らした言葉を、思い出せる限りで書き連ねていたのだ。

 胸の中でぷつぷつと何かが繋がっていく。


「…………そっか、その手があるか」


 ミサは今度は自社パンフレットを取り出すと、本社の役員をチェックする。つ、と記憶を元にある名前をなぞると、ミサは口の端を持ち上げた。


「弱点、みっけ」


 そうだ。上司が当てにならないのならば、別の切り口で攻撃すればいい。

 これならば、ミサの持つ武器だけで戦える。

 と、ミサは別のリサーチに移るが、目的達成のために手に入れておいた方が良い物に気が付いた。


(捨てたかなあ、さすがに。……連絡取りづらいけど、しょうがないか)


 前に送ったメールへの返事は来ていない。返事に困ったのかもしれないが……拍子抜けだった。

 小さくため息を吐くと、スマホを立ち上げる。そして、


「欲しいものがあるんだけど。、まだ持ってる?」


 とメールを送った。

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