戦闘の前準備――

 それから――他にもいろいろとメビウスと雑談をしてのんびりしていると、コンコンとドアをノックする音がした。ギイッと音を立てて入ってきた人物は双子の美しい姉のルナだった。ルナはベッドにいるレナに一直線で向かってくるとレナに抱きついてきた。後ろからは、ジークフリート、ハスラー、ランスロット、そしてカーライルとイングラムの姿が見える。


「レナ―! 良かった、もうあなたがあんなに傷だらけで現れた時は心配で心臓が凍りついたのよ?」

「……ごめんねルナ。でももう大丈夫だから」


 そう言って抱きついてきたルナの背中を優しくあやす様にしてなでていると。ルナは隣に立っていたメビウスを一瞥してからレナに向き直るととんでもない事を言い出した。


「そういえばこの方はいったい誰なんですの? 今までこういうお知り合いがいるだなんて聞いた事がないのだけれど……まさか……わたくし達にも言えないような関係なの⁉」

「言えない関係⁉」


 ちょっとまったー! 何その怪しい表現は⁉そんなことになる訳ないでしょー!


「そうなんですの⁉ だからあんなに社交界も嫌がって……」

「ちょっちょっとまってルナ⁉ 何言っちゃってるの⁉ そんな訳ないでしょー!」


 大慌てでワタワタと両手をふって否定するもどんな関係かなんて一言で説明できない。どうやらメビウスはイングラムにしか話をしていなかったようだ。他の部屋に入ってきたイングラムを抜いた四人も不審な目でメビウスを見ていた。


「それは僕が説明するよ」


 腕を組んで隣で事の成り行きを見ていたメビウス。その彼はずっと片手で口を押えて俯きがちに顔を伏せながら肩を震わせていた。笑いを堪えて傍観していた事をレナ以外は皆知っている。

 クスクス笑いながらレナの隣に来ると何があったのかを話してくれた。

 イングラムを捕えたのは自分でそれはレナを誘き寄せるのが目的だった事。レナがメビウスの漆黒の炎のような竜気に接触したことで、レナの精霊体が過去の時代に飛ばされてそこでレナと出会った事。メビウスが元々はアラバスターで暮らしていて、その時代には人間以外の種族がいなくて迫害を受けていた時にレナに助けてもらった事。


「ところで君達が魔族と呼んでいるものだけど。それはどんな姿だった?」


 ランスロットがメビウスの問いに答える。


「全身が黒くて黒い炎を吐き出しながら、鋭い牙と爪で相手を引き裂いてまるで悪魔のような姿だったよ。それも倒しても倒しても湧いてくる。奇声のような声を上げて襲いかかってきた……」


 その姿を思い出したのかランスロットが不快な表情で頭を垂れた。


「君達の期待に反するようで悪いけど、残念ながら魔族はそんな形態に変身することはないよ。彼らは高い魔力と知性を持ち合わせた種族で、その……趣味がすこぶる悪いんだ。知性が高くて好奇心が旺盛だから古代の道具や魔術への研究にとにかく熱心なんだけど。呪いの道具とか悪魔の像とか骸骨とかそういった類の物の収集家で考古学者のようなものなんだけど……彼らの住む場所は何ていうかその……一見するとすごく悪魔的な感じなんだ。魔族は竜族と同じで非常に機密主義の種族で他の種族と接する事を極度に恐れていて、その分誤解もされやすいし偏見にもあいやすいんだ。だけど、実際は変身もしないし誰かを率先して傷つけるような真似はしない。とても理性的で穏やかな種族なんだよ」

「魔族ではないだと⁉ではあの生物はいったい何だというんだ?」


 それまで大人しく聞いていたジークフリートが興奮したように語尾を荒げた。


「君達が魔族だと思っていたその生物は、アラバスターに封印された古代の魔獣……沈黙の魔獣の力が漏れ出して具現化された姿なんだ。つまりは魔族じゃなくて魔物ってことだね」


 何の話だとレナとイングラム以外の全員が首を傾げた。そんな様子を意に介した様子もなくメビウスは話を続けた。


「ここからが本題なんだ。何千年も昔の事だからこの話を知っているのはきっと、もう限られた種族の王だけだろうね。あっレナとイングラムには事前に少し話をしたんだけどね」


 そう言うとメビウスは声を低くして話始めた。


「この世界は今から何万年も昔に創造主と呼ばれる神がこの世界を作ったんだ。そうして世界を作る過程で生じた物が二つあった。それは負の因子と正の因子という相反する性質を持っていた。まだ人間しか種族がいなかった時代に、負の因子は魔獣として人々に恐れられていた。負の因子は破壊を司る獣達だからね。世界を破壊しようと大暴れしたんだ。その魔獣は全部で四匹いて、世界が壊れる前に創造主は封印することにした。そこで負の因子とは逆の正の因子を持った聖獣を創造主自らが作った至宝の球に取り込んでそれを封印する際の核として魔獣を封印したんだ。聖獣は再生を司る獣だから、相反する性質と同格の力が均衡して封印することが出来たんだ。そしてその後の封印を監視する者として、それぞれの土地に住む者の中から巫女という形で一人ずつ選び出した。そうして古代の魔獣の封印は四人の巫女達によってずっと守られてきんだ。」


 全員ただ静かメビウスの話に聞き入っていた。頭の整理がついていないという方が正しいのかもしれない。


「この世界に封印された古代の魔獣、四匹の内の三匹は既に何千年か前に僕が倒したんだ。本当だったらここの魔獣も倒したかったんだけどね……このアラバスターに封印された魔獣は他の三匹とは別格でね。三匹の封印は一匹に対して一つの至宝の玉でそれぞれ封印されていたんだけど。アラバスターに封印された沈黙の魔獣は四つの至宝の玉によって封印されているんだ。その内の一つの封印が既に五千年前に解かれている。二つ目は三千年前に……そして三つ目の封印は千年前に解かれている。封印が解かれる期間が徐々に短くなっているんだ。四つ目の封印は三つ目の封印が解けてから丁度千年後の明日に解かれてしまう。」


 明日とんでもない化け物が封印から解かれますと言われて平然としていられる者がいるだろうか。全員動揺を隠せず目を大きく見開いて驚きの表情をメビウスに向けていた。


「この沈黙の魔獣は四つ目の封印が解かれたら地上に姿を現す。四つ目の封印が解かれて出てきてしまったら今の僕たちには倒す事が出来ない。僕の力も沈黙の魔獣の四分の一程度に過ぎないからね。だけどその魔獣の力を封印する力を持っているレナがいればどうにかなるかもしれないんだ。その沈黙の魔獣を倒す為には、レナの持っている力が必要なんだよ。彼女は特異体質でね。魔獣の力を押さえることが出来る力を持っているんだ。それを過去の時代に会った時に気が付いて、だから彼女を誘き寄せる為にイングラムを捕えたんだけど」


 至宝の玉が三つレナに宿っていることを伏せて、どうやらメビウスはレナの事を特異体質として説明を通すつもりでいるようだ。

 そしてレナはここでようやく合点がいった。レナの中にある三つの至宝の玉、それが沈黙の魔獣を押さえる力を持っているということ。だからメビウスはレナをアラバスターへ連れて来たかったのだ。たとえイングラムを拷問する事になっても……

 レナはメビウスの目を見た。メビウスもレナがその事に気付いたことを察したらしい、僅かに目を細めて一瞬レナと目を合わせた。


「特異体質ってそれはどういうことでしょうか?」


 ルナは魔獣の事よりもレナの特異体質の方が気になるらしいレナを一瞥してから心配そうに尋ねた。

「多分だけど彼女が精霊とエルフのあいのこでセルフと呼ばれるハイブリッドだから。その異種族間か誕生した結果特殊な体質を持って生まれたんじゃないかな」


 そう言ってしれっとメビウスは更に嘘をついた。


「では同じ双子のわたくしもその特異体質を持っていると……?」

「うーんルナの場合は、エルフの血の割合の方が大きいからね。そこら辺の兼ね合いもあって結果的にレナにしかその特殊体質は現れなかったんじゃないかな?」

「そういえばレナ姫が一度不思議な言葉を話していたことがありましたが……それも何か関わっているんですか?」


 ランスロットがいきなりアラバスターに着いた時の乱闘騒ぎで思わず使ってしまった″ゴッドスペル″の話を持ち出してきて正直ヤバい…とレナは内心ドキドキだった。


「その言語は僕が過去で会った時に教えたんだ。僕は古代語を研究していてね。皆にも話が通じるようにちょっと特殊なやり方を教えたんだよ」


 たいしたことなさそうにメビウスは話をして、″ゴッドスペル″に関してそれ以上は突っ込まれないように絶妙なタイミングでメビウスは話を続けた。たいした話術だと、レナは関してメビウスを見た。


「レナが過去から消えてしまう時にレナの住む時代には沢山の種族がいるって教えてもらって、僕は自分と同じように封印された古代の魔獣の力を人間に与えれば、僕と同じような魔獣の特色をもった新種が誕生するんじゃないかと考えたんだ。だから沈黙の魔獣以外の三匹の魔獣を封印から解放して倒して、魔獣の力を人間に分け与えたんだ。そうして多くの種族を誕生させてきた。君達の始祖は僕が作ったんだよ」


 だけど、とメビウスは苦い顔をした。


「沈黙の魔獣の力は他の三匹とは桁違いでね。解放して倒すことは僕だけでは不可能だった。だから僕の中に取り込んだ力の一部を人間に分け与えたんだ。……イングラム、竜族の純血種である君よりも僕が遥かに強い力を持っているのは何故だと思う?」


 以前にも聞いた質問を繰り返しメビウスは強い目でイングラムを見た。


「答えは簡単。僕が君よりも遥かに長い時を生きている竜族の始まり……竜族の始祖だからだよ。そして僕は竜族でもあるけど魔族でもありエルフ族でもあるんだ。竜族と魔族とエルフ族……何故この世界で三種族だけが突出した力を持っていると思う? 君達は元々は起源を同じくする同種なんだ。僕は竜族と魔族とエルフ族の起源……三種族の始まりの始祖なんだよ」


 静寂が漂う室内で、メビウスは一通りの説明は終わったといって皆に背中を向けた。


「まあそういうわけだから僕とイングラムとカーライルで沈黙の魔獣は引き受ける。多分僕たち三人以外には手に負えないからね……。レナは僕たちと一緒にいてもらうよ。なるべく沈黙の魔獣の近くにいた方が君の特異体質で沈黙の魔獣の力を押さえやすいからね。封印が解かれれば当然沈黙の魔獣の力が具現化した魔物達も大量発生する事になるだろうからそれは、そっちのエルフと獣人と人間の君達に任せるよ。だから今日は明日の戦いに備えて皆しっかり準備しておいてね。」


 じゃあね、と言ってメビウスはさっさと部屋を出て行った。

 残された者達は一同誰も微動だにせずメビウスが去っていた方向をただ眺めていた。


「……今の話は本当なんでしょうか?」


 カーライルがイングラムに困惑した様子で意見を求めた。


「それは明日になれば分かる事だ」

「ではもし本当だとしたら?」


 カーライルの再度の問いかけにイングラムは殺気を孕んだ目でメビウスが去った方向を荒々しく睨み付けた。口元に薄ら笑いを浮かべてイングラムは吐き捨てるよう言った。


「やるしかないだろう」


 アラバスターの総司令官としての顔がそこにあった。全員イングラムの殺気立った様子にゴクッと息を飲む。

 ――鬼の総司令、それがイングラムのアラバスターで呼ばれる敬称であった。

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