最終戦闘開始――
そのラスボスをメビウスは感心したように見上げている。
「あれが最後の防壁だ、レナが近くにいるかぎりあの拘束具は外れない」
「私が近くにいる限りって――どのくらいの距離の事いってるの?」
「うーんそれは僕にもはっきりとは……。だけどレナなら何となく感覚でわかるんじゃないかな?」
そんなアバウトな――
そう思っていたら突然、視界がブレた。周りの音が聞こえなくなって時間がゆっくりと流れているような不思議な感覚。
………ドクン………
「えっ?」
心臓が強く波打つような熱さが全身を支配した。
体の中にある三つの至宝の玉が熱く脈打っているような、これがメビウスのいっていた封印の効果とうことだろうか?
胸元を咄嗟に手で押さえると、心臓とは別の熱い感覚があった。その熱さに思わずよろけてしまう。隣にいたイングラムがよろけてしまったレナをそっと支えた。
「レナ?」
心配そうに覗きこんできたイングラムの服をレナは掴んだ。
「多分、私が此処にいれば口の拘束具を押さえていることが出来る。だから……」
皆まで言わずともイングラムはレナが言いたい事を理解してくれた。
「――分かった、ルナ姫レナを頼む」
レナを支えていたルナがコクッと頷いた。
「レナのことはわたくしにまかせてくださいな。だから皆さんは……」
イングラムとカーライル、そしてメビウスは同時に頷くと、一斉に背中から翼を生やして沈黙の魔獣に向かっていった。
皆、手先だけを部分的に竜化して様子を伺うように沈黙の魔獣の周りを飛び交っている。そんな三人の攻撃を尻尾や翼を使って追い払うようにしてかわしていたのだが、ついに我慢の限界が来たらしい沈黙の魔獣が追撃を開始した。
次第に追い詰められていくイングラムとカーライル、メビウス。ついに沈黙の魔獣の尻尾がカーライルの腕を掠めた。
「っく」
カーライルが腕に受けた傷をみて悔しそうに顔を顰めた。
「やはりこの姿のままでは無理か……」
その様子を見たイングラムがポツリと呟く。
「そうだね様子見はここまでにして、僕達もそろそろ本気を出さないと」
そう言いつつも息一つ乱すことなく軽く攻撃をかわしているメビウス。やはり竜族の始祖だけあって三人の中でもメビウスは一番余裕がありそうだ。
そしていよいよイングラムとカーライル、そしてメビウスが竜化しようとした時、城ほどの大きさもある沈黙の魔獣が背中の巨大な翼を大きく広げてそれを勢いよく地面に叩きつけた。風塵と共に凄まじい圧力が全員に襲いかかる。
「――っなんだっ!」
吹き飛ばされまいとイングラムが強靭な黄金の翼をはためかせて風圧に耐える。
「これはっ!?」
砂塵が飛び交う中カーライルも同じように風圧に耐える。
全員が沈黙の魔獣の放った風圧にひるんだ瞬間、黒い尻尾を振り上げた。
「しまった!」
メビウスの緊迫した声が城内に響いた。
沈黙の魔獣の目的はレナだった。至宝の玉を宿したレナに沈黙の魔獣はとっくに気が付いていた。
命を狙えばイングラム達が黙っていないことは明らかだし何より手間がかかる。レナさえ傍から離れれば封印が完全に解けるのだから、わざわざ命を狙う必要はない。そこまで沈黙の魔獣は一目見て気付いていたようだった。
「ルナっ! 危ない!」
「――レナ⁉」
レナはドンっと隣のルナを突き飛ばした。そして残されたレナは沈黙の魔獣の巨大な黒い尻尾の直撃は免れたものの、レナの前にその重圧を直に受けた強烈な風圧が発生した。レナはその風に吹き飛ばされた。
沈黙の魔獣はレナとの距離をあけるために、レナだけに狙いを絞って遠くに吹き飛ばしたのだ。
レナだけ沈黙の魔獣によって壊された天井から城外に吹っ飛ばされてその小さな体が宙を舞った。
「キャ――――――――ッ!」
正に絶叫だった。転生前の田中大和の時に乗ったジェットコースターの比にならない。だってこっちは安全ベルトもなければ乗っている機械もない。精霊体でもないのに落ちたら完全にアウトじゃないか! 恐怖に思わず目を瞑ってしまう。
ドサッと音がして地面に叩きつけられた事を想像していたが体のどこにも痛みを感じなかった。
――あれっ?
そっと目を開けると背中に黄金の翼を生やしたイングラムがレナをしっかりと抱き留めていた。
「大丈夫か?」
心配そうに眼を細めたイングラム、レナは思わずイングラムの首に抱きついてしまった。
「うん……」
抱きついたイングラムの服越しに感じる体温の温かさにホッとする。
そうして抱きついたイングラムの肩越しに見えた城外の光景には、沈黙の魔獣の力が具現化した魔物達を相手に戦っている姿があった。
メイド長のエミリーが体をすっぽり覆い隠してしまう程の鉄扇を片手に、魔物達を薙ぎ払っていた。一振りで数十体の魔物の首が吹っ飛んでいく。その傍らには料理長のスミスが体の二倍はあるような巨大なハンマーを両手に持って次々と魔物達を一度に二、三体まとめて空高く打ち上げていく。
一方、ジークフリート、ハスラー、ランスロットの三人はというと。こちらも素晴らしい動きを見せていた。
ジークフリートは両方の手に剣を携えて戦っていた。二刀流で戦うその姿はエルフ族らしい俊敏な動きと正確で素早く獲物を狩る狩人のように魔物達を倒していく。その横ではハスラーが巨大な熊へと獣化してその剛腕で魔物をねじ伏せる姿は荒々しくも神々しい。
この二人だけでいったい兵士何人分の働きを見せているのか、圧倒的な強さで二人同時に背中合わせに戦うその姿は、長年共に戦った盟友らしく安定した動きを見せていた。
人間のランスロットは右手に剣を持ち左手に盾を持った一般的な騎士のスタイルで戦っていた。化け物じみた力を持つジークフリートやハスラーを前に少しも見劣りしないほどの神業のような剣舞でランスロットは敵を蹂躙していた。動きが人間のものとは思えないほどランスロットの剣技は卓越していて超人的だった。
「……皆すごい!」
思わず感嘆の息をついてレナは見入ってしまう。
「あいつらは大丈夫だ。それよりも、問題はこっちだな」
イングラムが神妙な面持ちで城内の方を見ている。
………ドクン………
あーこれは不味い。さっきの至宝の玉が脈打つような感覚が次第に薄れていく。弱まる感覚――
「最後の拘束具が……」
レナに宿っている三つの至宝の玉の力から解放されて、拘束具がボロボロと崩れていく。完全に拘束具が解かれる前にレナとルナはそれぞれ翼を背中に生やしたイングラムとカーライルに抱っこされて、沈黙の魔獣から少し離れた場所に下ろしてもらった。
「いくぞ」
そう一言メビウスは言い放ってその体を竜化させた。全身が漆黒のウロコに覆われた姿へと変わっていく。その姿形も沈黙の魔獣に酷似している。
そして続いて現れたのは黄金の太陽と紅蓮の炎を思わせる二匹の竜。イングラムとカーライルだ。黄金の竜がグォォォォォォォォォと咆哮を上げる。
すると辺りを包む雰囲気が一変した、遠くでなにやら大きな物音がしてくる。重量感のある乾いた布が擦れ合う様なそんな音がレナ達に近づいてきた。次第に近づいてくる始めは黒い点にしか見えなかったそれの全貌が明らかになる。数百はいるだろうありとあらゆる種類の竜の大群だった。
「なにこれっ⁉」
レナは愕然とした、その光景に圧巻されてしまった。
「流石は皇帝竜と言ったところかな。彼は全ての竜を束ねる力を持っている長だからね。今の咆哮で近隣にいる竜達を全て集結させたんだよ」
「イングラムが皇帝竜⁉」
そう皇帝竜とは先程メビウスが説明したとおり、全ての竜を支配し思いのままに操る力を持っている全ての竜の長、故に皇帝竜と呼ばれている。皇帝竜は幻の竜と言われていて、その力を持って生まれた者は竜族の歴史の中でも知られているのは一人だけだ。
その一人というのがプレンダーガスト帝国の中心都市、帝都クラウディオスで竜族の長として多種族を統治し叡智を揮う帝王、イングラムとカーライルの父親である。
その皇帝竜へと竜化したイングラムを中心に巨大な竜達が渦を巻いて沈黙の魔獣へと一斉に襲いかかる姿は凄まじい迫力だ。竜達の風圧が辺り一面を薙ぎ払って辺り一面が砂埃で視界が見えなくなる。
その後方にいる紅蓮の竜が口から巨大な紅蓮の炎の玉を出し始めた。その紅蓮の炎の玉を数百程出すとそれを一斉に沈黙の魔獣へと発射した。そのタイミングで皇帝竜に付き従っていた竜の大群が今度は一斉に沈黙の野獣から離れた。
炎の渦となって襲いかかる紅蓮の炎が沈黙の魔獣を焼き尽くしていく。流石は兄弟見事な連携プレーにレナは感心する。
「こっちも流石は破壊竜だね。竜族屈指の攻撃力をもっているだけはある」
「……破壊竜⁉ あのカーライル様が⁉」
破壊竜は竜族の中でも最強クラスの攻撃力を持った気性がとても荒くて気難しい竜族だ。その破壊竜が吐き出す炎によって焼かれた者は全て形を残さず消滅すると言われている。個体数も少なくほとんどその姿を見たものはいない。超レアな竜なのである。
「カーライルはね。本当は誰よりも気性が荒いんだ。そして情熱的で感受性の高い本質を持っているんだよ。レナ達といる時は自制して大人しくしているけどね」
そう言って今度はメビウスが紅蓮の炎に翻弄されて怒り狂っている沈黙の魔獣に向かっていく。メビウスの正面の空間が割れて大きな円を描いた。そこに沈黙の魔獣が怒りのままに吐きだした黒い炎がまるごと飲み込まれていく。
沈黙の魔獣の攻撃をあっさりと無効化するメビウス。その光景をレナの隣で一緒に傍観していたルナが呟いた。
「あれは次元竜……? 聞いた事があるわ。確か次元を操りありとあらゆる場所の時空を切り開いて移動する事が出来る伝説の竜がいるって。もしかしてメビウスはその伝説の竜なのかしら」
「伝説の竜……」
皇帝竜、破壊竜、次元竜とどれも転生前の世界では超レアキャラと言われるものばかりが勢揃いしていた。そんな伝説級の竜族が三体同時に沈黙の魔獣を攻撃している姿はもはや圧巻の一言に尽きる。
「じゃあ次元を切り開いてその空間に沈黙の魔獣を閉じ込めてしまえばいいんじゃない?」
「ところがねー。たとえ次元に閉じ込めることが出来たとしても、沈黙の魔獣なら空間ごと破壊して出て来ちゃうと思うんだよね」
竜族は大変耳が良いらしい、かなりの距離があるレナとルナの会話を拾い上げてメビウスが割って入ってきた。君臨した古代の魔獣を前にしてもメビウスは余裕のようだ。
「いやーまいったね。僕の力は沈黙の魔獣の力が乗り移ったものだけど、四分の一に過ぎないからね。その後も竜族と魔族とエルフ族を作る為に力を移動させたからよくて十分の一残っているかいないか位だね」
これだけ圧倒的なメビウスの力が沈黙の魔獣の十分の一にも満たないかもしれない⁉
どう見てもこちらが押しているようにしか見えない。皇帝竜、破壊竜、次元竜の圧倒的な力に沈黙の魔獣が身を縮めて防御のような体制に入ると動かなくなったように見えた。圧倒的な力についに降参したのだろうか?
どんなに攻撃をされても全く動かないまま十分ほど経過し時、沈黙の魔獣のウロコの表面に沢山の突起のようなものが形成されてきている事に気が付いた。その突起は先端が槍のように鋭くなり、大きさを増していく。
「まさか、あれって……」
レナは嫌な予感がした。
次の瞬間、一斉に沈黙の魔獣の体からその槍状の突起物が発射された。何百何千という数の突起物が雨のように辺り一帯に降り注いだ。そして突起物を発射し終わると、完全に拘束具が外れた口から巨大な牙が覗いて次の瞬間辺り一面を黒い炎が焼き尽くした。
「竜気を具現化して槍のように発射したんだ。あれだけの竜気を使っていてまだ余力があるなんて……とんだ化け物だな」
レナとルナの頭上にメビウスの竜化した姿が影を落としていた。レナとルナを庇った時に出来た傷が全身至る所にあり所々のウロコが剥がれ落ちている。メビウスは肩で息をしていてとても苦しそうに目を細めていた。
「メビウス……」
周りを見渡すと、イングラムとカーライルの竜化した姿が見えたがこちらもかなりの手傷を負ったようだ。飛ぶ速度が落ちている。それは他の竜達も同じだった。沈黙の魔獣の力が具現化した魔物と戦っている兵士達も相当の痛手を受けたようで、ほぼ壊滅状態に近い。エミリーとスミス、そして三人の指揮官ジークフリート、ハスラー、ランスロット達は無事だろうか。
「どうすれば……」
レナの中に宿っている三つの至宝の玉ではもう沈黙の魔獣を押さえることは出来ない。それも本当なら沈黙の魔獣を押さえた状態で倒すことを前提にしていたのに、レナが吹き飛ばされてしまったおかげで口の拘束具が外れて完全に封印が解けてしまったのだ。
――後がない状態と言うのはこういう事を言うのだろうか。
こんな自分に何が出来るのか。でも皆が傷ついていくのをただ見ているだけなんてそんなの我慢できない。たとえ絶望的な状況でも諦めるなんて――失う事なんて考えられない、そんなのは絶対に嫌だ! そう強く思った時、白い翼が目の前に降り立った。
子竜の時に助けてから二年の間に十メートルを超す巨大な白い竜へと成長したリンドブルムが目の前にいた。そして目の前にいるリンドブルムはアラバスターに連れてきてもらったときよりも一回り位さらに大きくなっていた。
キュイっと可愛い声で鳴いて、リンドブルムはレナに背中に乗るように促した。
「……リンドブルム? ――まさかあなたは……!」
レナは白い竜を見てある一つの仮説を思いついた。そしてそれを思いついた瞬間、体が動いていた。
「レナっ⁉ 何処へ行くの⁉」
驚きの声を上げるルナを残して、リンドブルムの背に乗ってレナは空へと繰り出していた。
「ごめんっ後で説明するから!」
ルナが他にも何か必死に叫んでいたが空へ上昇する風圧がすごくて声が聞こえなかった。そしてリンドブルムに乗った状態でレナは沈黙の野獣の真上にまで飛んできていた。
「レナ⁉」
イングラムの驚いたような声が聞こえた。
「リンドブルム……やるわよ」
レナは低い声でリンドブルムに合図すると第三のスキルを発動させた。
転生を嫌がる私を転生させる為の交換条件である、三つ目の願い事。それは”全ての痛みを支配するスキルがほしい! ”だった。
以前種族が人間だけしか存在しない幼いメビウスがいた過去の時代へトリップした時に一度だけ、メビウスの過去の記憶の痛みを精神に直接受けないように第三のスキルを使った。そうしたら精神的な苦痛を受けなかった為か、メビウスの次元竜の力に影響されて精霊体だけが過去へトリップしてしまったのだ。
この第三のスキルはその時以外は使った事がない。何故ならこのスキルは自分で想定していたよりも随分と危険なスキルで、自分だけでなく相手の痛みすらも支配してしまうという、ヒールとよばれている悪役が使うような超極悪スキルだからなのだ。正しくとんでもない代物だった――やっぱりこれは楽して能力を手に入れようとして報いだろうか。
転生前の田中大和の時に三つ目の願い事をした時は、自分の痛みを抑える事を目的として願ったつもりだったのだが、とんだ特典が付いてきてしまったものだと思った。試しに一度スキルを発動して頭に浮かぶスキル項目を見たときは唖然としてしまった。
まさか自分のみならず他人の精神的な痛みから肉体的な痛みまで全ての痛覚を支配出来るなんて怖すぎると早々に停止させてしまったからこの五年間というもの過去へトリップするまでは使った事がなかったのだ。そして今まで相手に対して使用したことはただの一度もない。
――そう今日までは。
リンドブルムが真っ白な乳白色の炎を吐きだした。まるで光そのもののような色の炎、それと同時にレナは全ての痛みを支配するスキルの力を使った。リンドブルムが吐き出す乳白色の炎の攻撃力を本来のものの倍以上の痛覚を与えるように操作した。流石にこれだけ城ほどの大きさの竜を相手にしては、スキルの力を使うのもこの辺が限界だった。
でもリンドブルムの吐き出す乳白色の炎を前に沈黙の魔獣は確実に後退していた。その光景を見たイングラムとカーライル、メビウスが竜化した姿で沈黙の魔獣の三方向を囲むと一斉に黄金の炎、紅蓮の炎、漆黒の炎を吐きだした。
沈黙の魔獣の体にピキピキと音を立てて光のような線が浮かんだそれはやがて全身を覆いつくしていく。皇帝竜、破壊竜、次元竜とリンドブルムの四匹の竜が吐き出す炎が沈黙の魔獣を飲み込んだ。沈黙の魔獣が最後の咆哮を上げると同時にその体が吹き飛んだ。凄まじい風圧が辺り一帯へと駆け巡る。その風圧にレナは耐えきれずリンドブルムの体からついに落下してしまった。
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