白い竜――

 そうリンドブルムは至宝の玉に封印されていた聖獣だったのだ。リンドブルムは至宝の玉の一つが壊れた時、沈黙の魔獣の竜気に本体ごと吹き飛ばされて本体は消滅してしまっていた。

 世界の彼方此方に竜気が散ってしまい本体も失って聖獣として形を保てなかったのだ。その後、他の至宝の玉が壊れた時も同じように沈黙の魔獣によって竜気を散らされてしまい聖獣としての意識も失っていったのだが、至宝の玉を宿したレナが現れたことで本来の形を思い出し、たまたま近くにいた親とはぐれて死にかけた小竜へと乗り移ったそうだ。


 けれど世界に散ってしまった竜気は同じ光属性の者の中に入ってしまったり、大地に浸透してしまったりで全てかき集めるのは無理だった。

 そして何とか集めた力は沈黙の魔獣の半分くらいまで戻ったようだったがそれでも倒すまでには及ばなかった。そこでレナが宿している至宝の玉のスキルを使って力を補足してもらい本来もっている力まで再現する事にしようと思ったのだと、リンドブルムは話してくれた。

 竜族は竜と話が出来る。レナがリンドブルムの背中から落下して気を失っている間に竜族の始祖であるメビウスへ事の経緯をそう話してくれたそうだ。そしてそれを聞いたメビウスがレナの至宝の玉のことは上手く隠して皆にリンドブルムが至宝の玉に入っていた聖獣だったことを説明したそうだ。


 白い竜のリンドブルムとの出会いは今から二年前のレナが十三歳になったある日。

 その頃にはすっかりローズブレイド領の環境にも慣れて、よく散策をしていたので周辺の地形はほとんど熟知していた。

 イングラムとカーライルと対面する為に地味に目立たず暮らす為の人生計画を滅茶苦茶にされてしまったが、レナはめげずにもう一度やり直した。

 エミリーに切られてしまった前髪を伸ばして顔を隠しメガネをかけて、くすみがかった灰色の長い髪を後ろに一つ縛りして男装した。そうしてひっそりこそこそと行動してあまり目立たないように心掛けていた。エミリーは頭痛を堪えるようによく頭を押さえていたけれどそれは見ない事にしている。

 一人になりたくてレナはたいてい城の図書館かローズブレイド領の森を散策している日々が続いていた。今日も人目を避けて森を散策していると、どこからかキュイと声が聞こえてきた。


「キュイ? っていったいなんの声だろう……」


 鳴き方からしてなんとなく可愛い生物を想像していた。でもいままでにあまり聞いたことない声だ。

 ガサガサと藪の中をかき分けて声がした方向へ進んでいくと開けた場所に出た。一面草木の緑が広がる地面に一点だけ白くて丸い形の異物があった。


「なにこれ……?」


 白くて丸いものといえば、うさぎ?


 もこもこふわふわのイメージで近寄ってみると随分、想像していたものと違った質感だった。もこもこふわふわではなくつるつるの艶々した爬虫類のウロコのような形状。


 そっと触ってみるとちょっとひんやりしている。


 まさか――白蛇、とか?


 白蛇は縁起が良いと言うが、蛇かもしれないと思うとちょっと怖い。レナはゆっくりと後ずさって距離をおいた。

 すると白くて丸い物体がもそもそと動きだした。そうして白い塊の中からぴょこっと顔を出したのは白いウロコに覆われた幼い竜の顔だった。


 竜の子供だ!


 レナは竜を始めて見た。竜はこの世界では一般的な生き物で世界最強の種族といわれている竜族と共に暮らしているか群れで巣を作って暮らしている。

 この小竜はどうやら親と逸れてしまったようだ。


「きみどこの子? お家はどこなの?」

「きゅい?」


 何とも可愛い声で返事が返ってきて思わずホンワカしてしまうものの。


 ――そりゃそうだ通じる訳がない。


 そこでレナは第二のスキル、全ての言語を操るスキルを発動させた。


 <きみのお家はどこ? パパとママは?>


 竜の言葉で話しかけると、子竜は突然竜の言葉で話かけてきたレナをビックリした様子で見上げた。子竜は不思議な虹彩をしていた。角度によっては黒にも見えるし青や紫にも見える。

 よく見ると体で隠れて先程まで見えていなかったのだが子竜は足や腹部に大きな怪我を負っていた。どうやら怪我をして動けなくなっていたらしい。傷は深くて何か動物にでも噛まれたようなギザギザした傷跡だった。


 レナは回復魔法に自分の生命力を加えて子竜の傷を治した。通常は魔力を光属性へと変換させて使う回復魔法に、生命力を加えた多分レナだけが使用している禁じ手。術者のレナにも相当な負担となる禁じ手なのだが子竜の怪我は重度のもので通常の回復魔法では治せそうになかったのだ。

 あっという間に傷が治って子竜は信じられないものを見るように自身の体をしげしげと眺めて、やがて背中の翼をパタパタと開けたり閉めたりして元気よく跳ね回った。すっかり元気になったようだ。


 <良かったね。これでお家に帰れる?>


 そうレナから聞かれて、リンドブルムは回答に困った。リンドブルムは元々、創造主によって封印の為に至宝の玉に取り込まれた沈黙の魔獣と対となる聖獣で、子竜の体に入ったのは本体が沈黙の魔獣の竜気によって吹き飛ばされ消滅したからだ。

 子竜は親と逸れて死んでから数日たっていて、子竜の親も諦めて去っていた後だった。だから家に帰れると言われても帰る場所がない。


 <…………>

 <?>


 何だかとっても困った顔をして子竜が首を傾げている姿はとても微笑ましくて可愛い。


 <……もしかして帰り方が分からないの?>

 <うん>


 竜の言葉が分からない者にとってはただキュイっと鳴いているだけにしか聞こえないのだが、レナは第二のスキル、全ての言語を操るスキルで子竜の言っていることが理解できた。


 <じゃあ、名前は? 何ていうの?>

 <……ない>

 <名前がないの?>


 うーん、困ったどうやらこの子竜は親と逸れて迷子なうえに自分の名前もないらしい。

 一度拾ったものはちゃんと最後まで面倒見ないとダメだと前の世界でよく聞くフレーズが頭に浮かんだ。確か拾ったじゃなくて飼ったものはだった気もするが――まあいい。

 レナはこの子竜の面倒を見ることにした。せめて一人で得物を取ってくることが出来るようになるまでは、一緒にいてあげないと。食べ物はローズブレイドの城に沢山あるし、この森の中で飼っている分には問題ないだろう。

 それにいつもレナが一人で森に散策に行くのは皆知っていることだから。食べ物を持ち出す時に周りに見られないように気を付ければ何をしているのか疑われる心配も少なかった。


 そうと決まれば名前がないなんて不便だ。レナは転生前の田中大和だった時にファンタジー小説に出てくる竜の名前を思い出した。リンドブルムというドイツに伝わる伝説上の竜。確か白のリンドブルムを見た者には幸運が訪れると聞いたことがあった。


 <じゃあ……君の名前は今日からリンドブルムだよ。当面は私がリンドブルムのお母さんだからね>


 この日からレナはリンドブルムの母親代わりとして毎日のようにリンドブルムに会いに森へ出かけるようになった。

 リンドブルムも聖獣ではなくただの子竜としてレナと接するうちにレナに親しみを覚えるようになっていった。

 レナに子竜の体を治してもらってからというものリンドブルムは沈黙の魔獣に吹き飛ばされた竜気を集める為、崖やら川から危険そうな際どい場所も含めて彼方此方を探し周っていた。それを見たレナが大慌てでリンドブルムを連れ戻す。毎日汗を額に浮かべてレナはひたすらリンドブルムの暴走ともいえるやんちゃぶりに手を焼き続ける日々が一年程続いた。


 その頃にはリンドブルムの体長は全長三メートル程に成長していた。最初のレナの両腕に収まる位の子犬サイズからよくここまで立派に成長したものだと、レナは感心する。とはいえ体がいくら大きくなっても子供は子供危ない事をしているのを止めない訳にはいかないのだ。ぜえぜえと肩で息をしながらレナはビシッと人差し指でリンドブルムを指さした。


 <まったくもう! リンドブルムはどうしてそうお転婆なの? ……そういえばリンドブルムって男の子? 女の子?>


 そういえば未だに性別を知らなかったと一人ブツブツ呟くレナ。


 <――イヤイヤたとえ男の子だったとしても危ない事はやっちゃダメ!>


 性別の話はもういいのですか? と突っ込みどころ満載だったがリンドブルムはコクッと頷いた。

 いまではレナを片手で持ち上げられるくらいに大きくなったリンドブルムだったが、母親代わりのレナには逆らえなかった。そんなレナが毎日のように呟いている問題があった。


 <地味に目立たず穏やかに暮らしたいのに……この完璧に地味な格好も、きっと社交界の時にはまたエミリーに前髪を切られて台無しになるのかと思うと……今から胃がきりきり痛む>


 リンドブルムはレナから日々その社交界の話を聞いていて何とかしてあげたくなった。なんといっても今ではレナはリンドブルムにとって大切な母親同然なのだ。その母が苦悩する姿を見てリンドブルムは大分集まってきた自分の竜気を使ってあるものを作る事にした。

 次の日、リンドブルムは何時ものようにリンドブルムに会いにきたレナにあるものを差し出した。


 <これあげる……>


 そう言ってリンドブルムの大きなウロコに覆われた手から差し出されたのは一見普通のシンプルなただの銀の指輪。

 竜族は竜気と呼ばれる魔力を具現化する力を持っている。リンドブルムは竜族の力の根源となる沈黙の魔獣と対になる竜なのでそれを活用して作る事くらい簡単に出来るのだ。


 <これは?>

 <シャドースキル、付ければ途端に存在が薄れて目立たなくなる。気配を消してくれる魔法の指輪>


 その後、リンドブルムに言われた通りに銀の指輪を指につけてみると、周りからはすっかり認識されなくなってレナがまるでそこにいないかのように皆横を通りすぎて行く。


 ”ジミーの指輪”の本当の名前は”シャドースキル”なのだがレナはすっかり忘れていて、いまでは地味になるための指輪、略して”ジミーの指輪”で定着していた。

 そしてその指輪をいま持っているのはレナが弟同然に思っているメビウスで、胸元に銀のチェーンに繋がれてぶら下がっている。どうしてそうなったのか事の経緯をレナから説明されて、あげてしまった事を謝ってきた。でも実は先にメビウスから説明は聞いていた。レナらしいなと思った。その判断に間違いはないと思った。


 レナが弟と思っているメビウスは聖獣の対となる沈黙の魔獣の力を取り込んだ竜族と魔族とエルフ族の始祖。いろいろと複雑な関係ではあるもののレナが大切なものはリンドブルムにとっても大切な存在だ。とにかくレナが幸せならばそれでいいと思ってしまう。

 聖獣であることよりもレナが幸せであることを優先している時点でリンドブルムはすっかり聖獣としての要素よりもレナの子供としての要素の方が強くなってしまったようだ。


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