ラスボス出現――
翌朝、竜族、エルフ族、獣人とアラバスターにいる全ての兵力がアラバスターの古城の中心部にある、王座の前の大広間に集結した。百戦錬磨の強者達が集う中そこには此処にいるはずのない見知った顔が二つあった。
「姫様、お待たせしました」
そういって颯爽と登場したのは、メイド長のエミリー。彼女は結い上げた茶髪を靡かせながら、手には体をすっぽり覆い隠してしまう程の大きな扇子を持っていた。
「えっと……エミリーさん? 何故ここに?」
そしてその手の扇子は何ですか? とレナは固まった。
その風貌はいつもとだいぶ違っていた。切れ長で灰色の瞳はまるで猛禽類のような鋭く異様に殺気立っているように見えた。その背中からは鳥のような翼が生えており、蛍光色のような緑と黄色、根本に近いところには茶色の羽が生えている。
「姫様の竜のお友達に連れて来てもらいましたの! あらっ? そういえば姿が……どこに行ったのでしょうか? まあ、その内戻ってきますわね。それはそうと、姫様には申し上げておりませんでしたが。わたくし実は元暗殺者で孔雀の獣人なんです。ちなみにこれは普通の扇子ではございません。中身は鉄で出来ておりますのでご安心下さい。ちゃんと戦えますから! あと、事前にいろいろと事の経緯に関しては待っている間に皆さんご説明頂きましたので大丈夫ですわ」
そう言ってエミリーは扇を片手で軽々と開けたり閉じたりした。――それも格好はメイドの服のままでた。
多分鉄扇って滅茶苦茶重いよね……?
それをあんなに軽々と普通の扇子みたいに片手で扱うエミリーって一体――ってそれはそうとあなた人間じゃなかったの⁉ てか暗殺者って何⁉
びっくりして言葉がでない。
竜のお友達と言うのはリンドブルムの事だろうけど。二年ほど前にローズブレイド領内の森を散策中。怪我をして動けなくなっていた子竜を助けたのがきっかけで懐かれて今ではすっかり十メートルを超す巨体となった白い竜。
「でも人間との混血ですから、半分は人間で半分は孔雀の獣人なんですよ」
孔雀は一見華やかで美しく大人しい生物だと思われがちだが。実はとても獰猛な生き物だ。毒虫や毒蛇をも食い殺す悪食で、繁殖力も非常に高い。
どうりで――と口には決して出さないが、うんうんと納得してしまうレナであった。
「エミリー……私はあなたが人間だと思っていました。あと元暗殺者って……?」
「そこに関しては時間がある時にゆっくりとご説明致しますわ。いろいろと複雑な事情がありますもので」
「……」
いろいろと複雑な事情ってなんですか⁉ と突っ込みたい。けれど大人しく引き下がる事にした。いまのエミリーは外見も中身も恐ろしい。
ここでの人間代表のランスロットに疑いの眼差しを向けると。
「……レナさん私は正真正銘の人間ですよ」
と苦笑しながら優しく答えてくれた。
そしてエミリーの後ろにはちょっとふくよかな体型と、背が低く白髪交じりのちょび髭がチャームポイントの御年五十五歳のドワーフでローズブレイド領の城内で料理長をしているスミス。
いつも甘ーいお菓子を作ってくれて、孫のようにベタベタに甘やかしてくれるレナの心のオアシスである。
スミスは彼の体格の二倍はあるような巨大なハンマーを両手に持って、人の良さそうな顔でにかっと笑っている。
「嬢ちゃん待たせたな。儂が来たからにはもう安心だぞ」
そう言ってポケットから取り出したのは何かの包みだった。
「ほらよっ」
「えっ? なに?」
レナに向かって放り出された包みを受け取って、簡易的に結ばれた紐を解いて包みを広げると甘い匂いが鼻をくすぐる。中には棗のような赤い実と沢山の木の実を詰め込んだ上にキャラメルのような甘いシロップをふんだんにかけたタルトが入っていた。これってこれって――
「スミスってやっぱり最高!」
流石レナの心のオアシスである。レナは貰った包みを結び直すとそっとポケットに忍ばせた。
それにしても、と改めて目の前に立つ二人を見る。鉄扇にハンマーって――いったいどこのお笑い芸人だー!
と突っ込みたくなるのを必死で抑えて、レナは笑いを押し殺して肩を震わせた。
「魔獣の残りかすは儂らにまかせておけ!」
エミリーとスミスはジークフリート、ハスラー、ランスロットが率いる兵士と共に沈黙の魔獣の力が具現化した魔物達を討伐する為一斉に号令をかける。彼らは三人の指揮官の元統率のとれた動きでアラバスター城内外の守りを固め始めた。流石先鋭部隊といったところだろうそしてその部隊を指揮する指揮官三人の統率力もかなりのものだ。
「それで肝心の沈黙の魔獣が封印された場所はどこにあるの?」
覚悟を決めてレナはメビウスに尋ねた。皆、王座の前の大広間から一斉にいなくなりこの場に残ったのは当初の予定通りレナとルナ、イングラムとカーライルそしてメビウスの五人。
竜族の三人は先程出て行った兵士達と比べるとかなりの軽装だったが竜化して戦う予定なので防具は必要ないらしい。戦いの準備は整っていた。
「君達には分からないように僕が沈黙の魔獣が封印されている場所ごと空間を閉じていたんだ。」
メビウスは空間を操る力で古代の魔獣が封印された場所を丸ごと閉ざして、その空間から封印の隙間を付いて漏れ出した沈黙の魔獣の竜気をアラバスターの古城前に出るように設定していたようだ。そうすることで城内からの魔物の出現を防ぎ、定期的な襲撃にも対応できるようにしていたのだ。
メビウスは大広間の中心まで歩いていくとそこで止まってからピンと片手を真っ直ぐに伸ばした。伸ばした指先から徐々に空間が割れて行く。割れた空間が次第に広がっていくとその先に全く別の場所が現れた。
「……空間を割り別空間へと繋げる力……まさかお前は!」
その力の発現を初めて間近で確認したイングラムがハッとしたようにメビウスを見た。
メビウスが開けた空間の先には草木が生い茂り、白い光の粒が発光して漂っていた。その場所だけが元々緑の土地だったアラバスターの本来の姿を留めているようだ。
空間の中心部には三つのひび割れ壊れた玉と乳白色に輝く一つの玉が古い台座の上に置かれていた。その台座の周りに薄らと黒い煙のような靄がゆっくりと広がっている。黒い煙のような霧はおそらく漏れ出した沈黙の魔獣の力の一部だろう。その漏れ出した古代の魔獣の力がやがては具現化し、魔物へと姿を変えてアラバスターを襲撃していたのだ。アラバスターに定期的に魔物が襲撃してきたのはその為だった。そして封印が解けるまでもう時間がないのは確かなようだ。
「ここは封印の間と呼ばれている。沈黙の魔獣が封印された場所。かつては封印の巫女がこの場所を守っていた、そしてこれが封印の最後の一つ……」
古い台座の上に置かれた乳白色に輝く至宝の玉をメビウスは寂しそうに一瞥した。
すると周りに漂っていた白い光の粒が徐々に台座の近くに集まりはじめた。それは次第に人の形へと姿を変えていく、そうしてそこに現れたのは一人の女性だった。灰色の髪と瞳を持つ彼女は瞳の端が吊り上がっていて、それが全体的にきつめの印象を与えていたが、ハッキリした顔立ちのきつめ系美女。その特徴的な顔はメビウスと似ている。現れた女性はメビウスのお母さんエレノアだった。
「……エレノア?」
思わず呟いてレナはメビウスを見た。
「……母さん」
メビウスが苦しそうにエレノアを呼んだ。
<待っていましたよ>
そんなメビウスにエレノアはフンワリと優しく微笑みかけた。
「……エレノア……もしかしてずっとここで?」
レナはエレノアが過去で会った時にもう逝ってしまったのかと思っていた。
<ええ、私は封印の巫女ですから。メビウスが沈黙の魔獣を倒せる次世代を育てここへ辿りつくのをずっと待っていました>
エレノアは幽霊となった半透明の体でフワフワと宙に浮いていた。イングラムもカーライルもルナも目を大きく見開いてエレノアを凝視している。
<少しでも長く封印を持たせる事が私の使命でしたが……どうやら私の力もここまでのようです。後は頼みましたよ……>
メビウスが静かに頷いた。
<レナ、メビウスの事頼みましたよ……>
そう言ってエレノアはにっこりと花のようにほほ笑んだ。そうして段々とエレノアの形を作り上げていた白い光の粒が拡散していく。それはやがて空間に吸い込まれていくように薄くなり、ついには消えてしまった。
「……メビウスの事は心配しないで。私がずっと傍にいるから」
メビウスはもう私の大切な家族だから……ポツリとレナは呟いた、いまはもういないエレノアが先程までいた空間へと。
最後の封印を守っていてくれたのはエレノアだった。この五千年もの悠久の時の中で、ずっとレナ達が来るのを待っていてくれていた。封印の巫女とはいえ、一人孤独に耐え続けて封印を守り続けたエレノアの心の強さ。
そしてメビウスはその沈黙の魔獣を倒す為に五千年もの間ずっと戦い続けてきた。エレノアとメビウスは外見も中身も本当によく似ている、一度決意したことは貫き通す強い意思と信念、そしてそれを叶えるだけの力を持った芯の強い親子だとレナはしみじみ思う。
そして五千年立って年齢的には遥かにメビウスの方が上になってしまっていても、過去の時代に幼いメビウスと結んだ絆は消えることはない。メビウスが五千歳の、それも竜族の始祖であったとしてもレナにとってはそんなの関係なかった。ただ大切な弟で家族なのだ。
「……今の方が封印の巫女でメビウスさんのお母様ですの?」
ルナが放心したようにレナに聞いた。まだ目の前で起こったことが信じられないと言った様子だ。
「うん、彼女がメビウスのお母さん、エレノアだよ」
レナはいまもまだエレノアが消えた空間を見ていた。どうしても逸らすことが出来なかった。それは他の皆も同じだったようで同じようにエレノアの消えた空間を見ていた。
「……エレノアはやっと封印の巫女の重責から解放されたんだ。だから今度は僕がそれに応えないといけない」
メビウスが静かに口を開いた。全てを受け止めて乗り越えた強さがそこにはあった。
「当たり前だ。そもそも僕がではなく僕達がだろう」
イングラムが呆れたように揶揄すると、その隣にいるカーライルが肩を竦めた。
「そうですよ。私達も此処にいることを忘れられては困ります」
メビウスは小さく笑って目を瞑った。
そうしているうちに、最後の一つの玉の表面にピキピキと音をたててヒビが入って行く。沈黙の魔獣が解放されるまで残り僅か。
「皆、準備はいいね?」
メビウスが全員の顔を見渡した。全員覚悟は決まっていた、だからその問いに強い目で全員がメビウスの視線に答えた。
「くるよっ」
メビウスの掛け声と共にパンっと破裂したような音がして至宝の玉の最後の一つが完全に破壊され、台座から欠片がこぼれ落ちていく。それと時を同じくして台座の周りからゴォォォォォォォと音をたてて黒い炎が登った。
メビウスに封じられた空間がパキパキと音を立てて崩れて行く。そこからゆっくりと黒い空間が広がっていく。黒い空間から姿を現したのは全身漆黒のウロコに覆われた巨大な竜。巨大な竜の口には巨大な拘束具が付けられている。それが沈黙の魔獣と呼ばれている所以だ。
そして完全に空間が壊された時、アラバスターの古城の中心に翼を広げればおそらく城ほどもある巨大な漆黒の竜が君臨した。沈黙の魔獣は古城の王座を破壊すると城の天井を突き破った。
メビウスが沈黙の魔獣の力を取り込んでいるだけあって、その体に纏う黒い炎はメビウスの竜気に酷似している。黒い炎は沈黙の魔獣が突き破った天井から漏れ出して徐々に形状を魔物へと変化させていく。レナ達がいる大広間の外から魔物と交戦する声が聞こえ始めた。
封印から解放されて黒い炎を纏って出現した沈黙の魔獣。転生前の田中大和がよく遊んでいたゲームを思い出す。此処に到達するまでに繰り広げられた様々な展開、そしてこの圧倒的な威圧感と重厚感、城ほどの大きさの竜――ビジュアル的にもサイズ的にもそして登場の仕方も、総合的に考えて沈黙の魔獣はゲームの世界でいうところのラスボスだろう。
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