戦いの終わりに――

 そのリンドブルムの背中から落下したレナは間一髪のところをイングラムに助けられてアラバスターへとそのまま運ばれたそうだ。目を覚ますと相当に心配させたようで、イングラムが無理をするなと言ったのに――と氷点下の氷のような視線を寄越した。正統派王子様といった金髪碧眼の美貌で氷のような視線向けられてあまりの迫力にレナは凍りつく。

 レナはその後、始終静かに怒り続けているイングラムの後を追ってひたすら謝り通しだった。


「兄上……またレナ姫で遊んでいますね」


 もうとっくに機嫌を直しているはずのイングラムがいまだにレナの謝罪に応じる気配を見せないのは、ずっと謝りながら後ろにくっついてくるレナが可愛くて仕方ないからだろう。


「レナ—―早く気付くのよ……!」


 その様子をカーライルと一緒に傍観していたルナが、レナに憐みを含んだ眼差しを送りながら呟いた。


「イングラム様! ちょっと待ってください! ごめんなさいってばーっ!」


 もう許してくださいとレナがイングラムの服をひっぱると、イングラムは観念したようにレナに向き直った。


「…………」


 イングラムがちょいちょいと指で手招きする。そろそろと近づいてくるレナの頭にイングラムは手を置いて満足したように頭を撫でた。


「許してくれるの?」

「――今回、はな」


 そういってイングラムはレナを残して足早に去っていった。


「やっとお許しが出たようですね……」

「ですわね……」


 レナがイングラムに謝り続けること一週間が立っていた。レナも沈黙の魔獣に破壊されたアラバスターの復興作業で忙しいイングラムの傍にいられる口実になって丁度よかったのだろう。どっちもどっちなのだ。

 痴話げんかは犬も食わないと言う――


 カーライルとルナがもうお腹一杯ですからという顔をした。


 状況が落ち着いてきたのはそれからさらに一週間経ってからだ。

 アラバスターの古城の状況はというと、城の中心部が丸ごと崩壊して瓦礫の山と化していた。実は沈黙の魔獣が封印されていた場所はアラバスターの古城の秘密の地下室で、その位置が古城の中心部にあったため城の大きさ位ある沈黙の魔獣が復活して丸ごと吹っ飛ばされたというわけだ。


 今はほぼ崩壊しているアラバスター場内では沢山の簡易的な施設が設けられ、そこで生活しながら瓦礫の撤去作業に追われる日々が続いている。

 イングラムは総司令官として全体の指揮をとるのに忙しく、カーライルはその補佐で日夜めまぐるしく雑務に追われているようだ。指揮官の三人、ジークフリート、ハスラー、ランスロットも先の決戦から無事帰還してイングラムとカーライルと共に忙しそうに復興作業に追われていた。


 そしてレナとルナは女性なので簡易的な施設ではなく崩壊を免れた部屋に滞在させてもらっている。念のためローズブレイド領のルークとマグダレナにはイングラムを無事取り返した事や、アラバスターに封印されていた沈黙の魔獣の事、とりあえずアラバスターがもう少し落ち着くまではレナもルナもアラバスターに暫く残ってお手伝いするつもりだと手紙で知らせてある。


 ルークとマグダレナから届いた手紙の返事には皆の無事の知らせに安心した事、そして無理をしないで元気に過ごしてくれていればそれでいいと書かれていた。最後にローズブレイドに戻ってくる時には必ず知らせてほしいとも書かれていた。

 その手紙をもって知らせてくれたのが聖獣のリンドブルムで、通常は馬車で一週間かかる距離を強靭な竜の翼で僅か三時間程で行き来してくれる。おかげで心配しているルークとマグダレナにすぐに手紙を届けてもらえることが出来るのだが、聖獣を郵便屋さん扱いするってどうなんだろうか――。


 とちょっと気にはなったものの、当のリンドブルムは役に立てて嬉しそうに尻尾を振っていた。まるででっかい子犬のようだとレナは常々思う。

 レナとルナには力仕事は無理なので料理長のスミスと一緒に皆の料理を作ったり、エミリーがメイドの腕を活かして掃除に洗濯と忙しく働いているお手伝いをしたりして過ごしていた。

 そうした中、プレンダーガストと魔族の国から復興の支援も届いてかなりアラバスター城内の環境もだいぶ整いつつあった。




 そんなある日、連日連夜続いている復興作業の休憩がてら復興作業の総指揮をイングラムはジークフリート、ハスラー、ランスロットの三人にまかせて――沈黙の魔獣とその具現化した姿である魔物からも解放されたアラバスターのとある場所に私達は来ていた。メンバーはイングラム、カーライル、メビウス、レナ、ルナ、エミリーの六人。


 ほっぺたが落ちそうになるほどの美味しい料理と甘ーい棗のタルトを山のようにスミスに作ってもらって、綺麗な花畑の中で棗のタルトを満喫しつつ、レナはエミリーが人間だと思っていたことを改めて話たのだが。


「わたくしが孔雀と人間のハイブリッドであることはローズブレイド領では対して珍しくないですよ」

「珍しくない? えっ……確かにローズブレイド領では貿易で沢山の多種族が訪れるけどハイブリッドはほとんど見かけたことないよ?」


 エミリーは何をいっているのだろう?


「姫様……まさかとは思いますが。全くお気付きにならなかったのですか?」


 酷くびっくりした様子でレナの顔を穴が開くほど見るエミリー。


「姫様の鈍さは分かっておりました、でもまさかここまでとは……。ローズブレイド領に住む住民のほとんどは、姫様と同じ異種族同士で結婚した者と、その子供のハイブリッドだらけですよ。その異種族同士の結婚の代表格が姫様のお父上お母上ではありませんか」

「ちょっとまって! 確か異種族間での結婚はすごく珍しいはずでしょ? それにお父様とお母様が代表格ってどういうことなの⁉」


 ローズブレイド領は貿易が盛んな領土であり、多くの多種族が訪れる場所だ。それ故異種族間で結婚に至るケースが非常に多いそうなのだ。そしてローズブレイド領の領主本人が異種族同士で結婚をしているのだから、それに影響されない民はあまりいないだろう。とエミリーは説明してくれた。


 それにしても、代表格っていったいなんのことだ。あの物静かで優しい両親にいったいなにがあったのだと、レナは首をかしげる。そんなレナの様子に、エミリーは頭を抱えて塞ぎ込みたい気持ちになった。何故こうも周りの状況に全く気付かないのか、きっと彼女の目に映っているのは双子の姉と婚約者のことだけなのだろう。頭痛の種が消えることは一生ない気がする。


「ルーク様はエルフ族の王子でありながら、精霊のマグダレナ様と駆け落ちして結婚されておりますし。そんな特殊な方が治められる土地が普通の人間だけだなんて、そんなことあるはずないじゃありませんか。」


 少し考えれば分かる事だ。そうエミリーは主張する。というか、あの大人しく穏やかな両親が駆け落ち⁉ エルフ族の王子って何のこと⁉ お父様お母様そんな情熱的な逃走劇を繰り広げられたのですか⁉


「それに、異種族間での結婚は確かに珍しいですが、ローズブレイド領内ではいたって普通のことです。それというのも、ご領主であらせられますルーク様とマグダレナ様のご尽力のたまものです」

「それじゃあ、私達の二重婚約もあまり珍しくないって事なの?」


 この国の結婚事情から考えると異種族で婚約者同士のレナとルナ対イングラムとカーライルの二重婚約は、竜族の王族とハイブリッドの組み合わせであり婚約が成立する事などありえないはずなのだ。そもそも二重婚約して様子を見てから最終的に好きな相手を選べる特例処置など普通はない。ありえない婚約の仕方だ。

 どうしてこの婚約が成立したのか、何か事情があるようなのだがそれは両親に聞いても一切教えてもらえなかったのだが――。


「姫様……姫様達の婚約はいくらローズブレイド領が異種族間での結婚に寛大だからといっても普通はあり得ません。相手は竜族のそれも王族ですよ?」

「――じゃあなんで私達は婚約する事になったの?」

「それはわたくしにも何とも……」


 困った顔で料理を頬張るエミリー。


「あーそれはね。僕がそうするように仕向けたからなんだ」


 同じく料理を口に沢山頬張りながらメビウスが淡々とした口調で話に参加してきた。


「……はい?」

「だって無理やり誘拐してアラバスターに連れてきても、レナはきっと全力で逃げ出しちゃうか無理して怪我とかしちゃいそうだったし。レナの性格的に一応婚約者が行方不明とか大変な事になれば探しに来てくれると思ったんだよね。それで建国の父の力を使って王様に命令しちゃったんだ婚約者にするようにって」


 ――まさか二組ともくっついちゃうとは思いもよらなかったけど。


「二人を同時に婚約者にすればもれなくルナも関わってくるでしょ? どっちを誘拐してもルナが関わってるとなればレナは好きじゃない相手でも助けに来てくれると思って。それで二重婚約にしたってわけ」


 そんな理由だったのかとこの場にいたメビウスを覗いた四人は絶句して固まった。レナとルナはもちろんイングラムもカーライルも事の真相は知らされていなかった。


「……メビウス、建国の父ってどういうこと?」


 レナは恐る恐る聞き返した。いやーな予感がする。背中から汗が一筋流れた。


「あーそれはね。レナから別れ際にアラバスターの隣にこれから出来る国がプレンダーガストでそこでレナが生まれるって話を聞いてだったら作っちゃおうかなと思って」


 あははははと悪戯がばれた子供のような表情でメビウスは笑った。


「それと魔族の国もついでに作ってアラバスターを両サイドで監視できるようにしてたんだよね実は……」

「「「「「…………」」」」」


 レナはもちろんこの場にいる全員が絶句して固まった。レナの言葉がきっかけで国を二つも作っちゃいましたと言われては――。


 皆が石のように固まって動けなくなっている。あの普段は沈着冷静で全く隙を見せないイングラムでさえ、正統派王子様の金髪碧眼の綺麗な顔を硬直させて半ば額を押さえていた。


「……あーメビウス? そういえば、メビウスはどうして新しい世代を誕生させようと思ったの? いくら私の言葉がきっかけでも、理由もなくただその言葉どおりに新種族を誕生させたわけじゃないよね。他に何か目的があったんだよね?」


 ……少し話題を変えよう。

 

 そう思って切り出した話題だったのに、さらに衝撃を与えることになるとは思いもしなかった。


「そうだね。僕はレナの言葉が切っ掛で新種族を誕生させたけど、その最終的な目的は沈黙の魔獣を倒すことにあったんだ。沈黙の魔獣を倒すことはエレノアの悲願だったからね……。でも僕の力は沈黙の魔獣の一つ目の封印が解けた時に解放された力の一部を取り込んだもので、完全体の沈黙の魔獣を倒すまでの力はなかった。だから沈黙の魔獣を倒すのに、僕に不足している力分を補えるだけの力が必要だったんだ。」


 メビウスのお母さん、エレノアは沈黙の魔獣を封印する巫女だった。五千年前の過去の時代に飛ばされた時に会ったエレノアは、迫害にあっているメビウスを助けてほしいとお墓の前に姿を現した幽霊だったけど、とても優しそうな眼差しでメビウスを見ていた。


「それって……」

「うん。だから君達新種族を誕生させたんだけど、沈黙の魔獣以外の他の三匹の魔獣から誕生した種族では、僕の不足分を補うだけの強い種族は生まれなかった。だから僕の中に取り込んだ沈黙の魔獣の力を人間に分けて新しい種族を誕生させる事にしたんだ。たとえ僕の力が弱まったとしても、強力な種族を誕生させるには四匹の魔獣の中でも別格の沈黙の魔獣の力を持った種族が必要だったんだ」


 昔のメビウスは先の決戦の時に見せた力よりずっと強い力を持っていた、それも一人で三匹の魔獣を倒せる位に――


 そうして生まれたのが世界最強の種族の竜族。その竜族の中でもイングラムは皇帝竜、カーライルは破壊竜、メビウスは竜族の始祖で次元竜という三人そろって伝説級の竜族だ。


「それに沈黙の魔獣を倒す事がエレノアの悲願だったこともあるけど……沈黙の魔獣をそのまま放置していたら特異体質のレナに危害を加えそうだったからね」


 特異体質というのはあくまでもレナの中にある三つの至宝の玉のことを誤魔化す為のメビウスが考えた嘘だ。

 レナが転生前は田中大和と言う人間で、死んだときに転生するのを嫌がった大和が転生する条件として三つの願いを叶えてもらうことになったのだが、その願いを叶える為に創造主が作ったとされている三つの至宝の玉をメビウスは使ったのだ。

 レナの中にある三つの至宝の玉の事を話すためには、当然転生前のことを説明しないといけなくなる。そうすると一緒に事故でなくなった田中大和の大親友、芹沢撫子の生まれ変わりでレナの双子の姉でもあるルナにも説明することになり、最後には三つのスキルについても話さなくてはいけなくなる。いろいろと面倒なのだ。

 皆が絶句する中、いち早く我に返ったルナが隣にいるカーライルに小声でコソコソと話しかけた。


「――カーライル様、メビウスさんってとんでもない大物でとんでもなく……」


 レナのこと愛してる? 


 それも家族愛とかそう言ったものを遥かに超えている気がした。

 幼い頃に出会ったレナと会いたい一心でそれだけの為に国を作った――それも結果的には二つも。そのうえ自身の力を削って新種族を誕生させたのも最終的にはレナの為だったと。


「ルナ、皆まで言わなくても分かってる……」


 カーライルが様子を伺うようにイングラムをちらっと見た。イングラムもその事に気付いたのだろう。考え込むように眉根を寄せて不機嫌そうに両腕を組んで顔を伏せていた。当の本人、レナは全く気付いていないようだが。


 カーライルとルナがひそひそと何やら仲良さそうに話している以外は誰も何も言えずにいる。妙な緊張感が漂う中、レナは気を取り直して気になっていた別の質問をした。


「そういえば、メビウスはずっとイングラムを拘束していた時。竜気を使ってたんだよね? それってメビウスはずっとイングラムと一緒にいたってことなの?」


 竜族は竜気と呼ばれる魔力を具現化する力を持っている。竜気を具現化して道具として使ったり炎のように熱を込めたり、集中させた魔力を爆発させる事も出来る竜族はとても器用な種族なのだ。

 メビウスはレナの質問に、そんなわけないだろうと言うように嫌そうな目をした。


「竜気を具現化したものなら、たとえ本体から離れてしまっても同じ状態で残す事が出来るんだ。一度個として形態を確立してしまえば、永続的に同じ状態を維持し続けることが可能なんだ。破壊されない限りはね」


 永続的ってことはゲームに出てくるような伝説の武器や防具、そして呪いの道具が太古の昔から存在していて言い伝えられたりするルーツはそこだったのね。ということはこの世界にもそう言う伝説の武器や防具があるってことなのかなー。ちょっと探しに行ってみたいかもと内心ウズウズしてしまう。


「そっかー。私はてっきりずっと一緒にいたのかと思ってたよー」


 それを聞いてイングラムとメビウスは同時に顔を顰めた。冗談じゃないとしっかりと顔に書いてある。そんな二人の顔を見ながらレナはローズブレイドに帰る前にやりたい事を一つ思い出した。


「イングラム一つお願いがあるの」

「ん?」


 メビウスの衝撃の告白からようやく立ち直ってイングラムはレナのお願いに耳を傾けた。


 薄汚れた石碑は何千年も立った今、もはや原型を留めてはいなかった。ところどころが欠落した文字は風化して消えかかっていた。それでもレナにはそのボロボロの墓石に刻まれた言葉を読み解くことが出来た。


 <<沈黙の魔獣に呪われし者ここに眠る>>


「――イングラムお願い」


 イングラムは頷くと石碑に手を翳してからスウッと横に引いた。

 薄汚れた石碑は美しい大理石のような輝きにかわり、そこに刻まれた文字も変わっていた。


 <<漆黒の竜の愛する者ここに眠る>>


 色とりどりの花が咲き乱れ。澄み切った青空には何やら光の粒のようなものがキラキラと漂っていた。そのキラキラとした輝きはエレノアの魂の輝きを思い出す。


「……これで良いんだよね? エレノア」


 レナはそう呟いてそっとエレノアのお墓に一輪の花を置いた。色は青や淡紫にも見える菊の花のような形をした小さい花。


 シオンの花、その花言葉は”あなたを忘れない”そして”遠い人を思う”という追想と追憶の花――

 その光景をレナの後方で眩しそうに見ていたメビウスの胸元で、銀の鎖に通されたシンプルな銀の指輪が優しい光を放っていた。

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異世界転生するのを嫌がったら転生するかわりにスキルを3つ手に入れた話 薄影メガネ @manekineko000000

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