私は諦めません――

 乱闘騒ぎの翌朝、レナとルナはアラバスター城内の中でも比較的大きめの部屋にいた。作戦会議室として普段は使われているその部屋には、沢山の地図や書類が山積みになっている。

 この作戦会議室には数名の指揮官が集まっており。皆それぞれ席に着いていた。

 エルフ族のジークフリート、獣人のハスラー、竜族のカーライルに精霊とエルフのハイブリッドでセルフと呼ばれているレナとルナ。そして最後に人間のランスロット。


 アラバスターにはジークフリートとハスラーの他にも何人か指揮官がいるのだが。彼はそのなかでも強い存在感のある青年だった。茶色の髪と瞳の知的な雰囲気、落ち着いた表情と物静かで柔らかな物腰。生まれついての王族のような貫禄が漂っているとは思っていたのだが。本当に王族の血筋を引く王子様だった。


 人間の指揮官で名前はランスロット。同じ王子でも正統派王子様といった風貌で派手な印象のイングラムとは異なるタイプだ。ランスロットはアラバスターにいる人間達を束ねている。

 彼は先日の乱闘の時は騒ぎに加わらずに大人しく壁際かべぎわで腕を組んで様子を見ていたようで。人間の身としてはエルフと獣人の乱闘騒ぎなどに加わっていたら命がいくつあっても足りないと傍観を決め込んでいた。世渡り上手なタイプなのだろう。

 そしてその乱闘騒ぎを引き起こした当事者のジークフリートとハスラーはちゃんと和解したようで席が隣り合わせになっても、何事もなかったかのように大人しく座っていた。視線は一向に合わせようとはしないのだが。まあ良しとしよう。


 ジークフリートもハスラーも外見は大人でも中身は15歳の子供なのだ。そんなことを言ったらレナとルナも15歳で同い年なのだが、レナは転生前の記憶を残しているから精神年齢的には上のつもりだ。

 そんなメンバーが集まる中でもランスロットは20代半ばか後半位の一番年上で大人に見えた。人間なので見た目も年齢も大体同じ位だろうと思っていたら、なんと20歳と言うではないか。確かに一番年上ではあるのだが—―まったくこの世界の外見基準はどうなっているんだ。全然当てにならないではないか。

 まあかくそのランスロットも加わっていま作戦会議室ではイングラムを探し出す為の話合いが行われていた。緊張感が漂う中、レナは率直に疑問をぶつけてみることにした。


「ところでカーライル様、イングラム様が魔族に囚われた事はどうやって知ったのですか? これだけ行方がつかめていない状況で、イングラム様が魔族に囚われたと断定されているということは、それ相応の何か証拠なり根拠があるのでしょう?」


 そうレナは確信していた。そうでなければもっと別の可能性も含めて捜索しているはずだ。


「それは……」


 カーライルは迷ったように視線を泳がせてから、ポケットから何かを取り出した。


「これを見て下さい」


 徐に差し出されたのは一枚の紙切れ。そこに書かれている文字は魔族が使用している言語だった。文面はこう書かれていた。



 <<第一王子イングラムは我らの手中にある。返してほしければアラバスターから即刻立ち去ることだ。猶予は今から一ヶ月。それが叶わない場合、王子は死ぬことになる。>>



 そして最後に魔族の紋章である、角が生えた黒い羊の紋章が押されていた。


「これが兄上の部屋に置かれていたのです。そして兄上は事実消えてしまった……。だから私達はこのことが真実であると確信したのです」

「それはイングラム様の部屋に置かれていたということは、イングラム様はこの城内で囚われたということなのですか⁉」

「……ええ、そういうことになります。だからレナ姫とルナがここにいる事自体が大変危険なのです」

「だから早く私達に教えなかったのですね……。聞いたら来るって分かっていたから」


 猶予ゆうよとされている丁度一ヶ月後に知らせが届くように予め手配はしていた。それまでに絶対に探し出すつもりだったがそれは叶わなかった。

 イングラムを奪還だっかんしたら、タイミングによってはカーライル本人が使者を止める気でいた。


 竜族は竜へと変身することができる。竜族が竜へ変身することを竜化と呼んでいるのだが、竜化してでも出向いて使者からの知らせを止めるつもりだった。大切な婚約者である双子姫に心配を掛けたくなかったし、彼女たちの行動は危険をかえりみず突き進む傾向があったから知らせたくなかったのだ。

 今回カーライルは猶予の一ヶ月が経過した為、仕方なくレナとルナにイングラムが囚われたことを知らせたのだ。まさか知らせを受け取ってから三時間位でアラバスターに到着するとは夢にも思っていなかった。


「……まあ。そうなるのではと危惧はしていました」


 それが見事に当たっていたわけだ。


「もしや内部の者の陰謀いんぼう……という可能性はないのですか?」


 大人しく話を聞いていたルナが口を開いた。


「それはないでしょう。兄上は竜族の中でも最強の力を持っています。その兄上を捕えることができる程の力を有する者はここにはいません」


 皆一堂に頷く。


「我々はイングラムとこの五年間ずっと一緒に戦い苦楽を共にしてきました。そして彼の力がどれ程のものか、肩を並べて共に戦い続けてきた我々がその事を一番よく理解しています」


 誰も彼に敵う者などいない。そうランスロットは示唆する。


「イングラム様の部屋は争った痕跡こんせきも何もない綺麗な状態でした。我々エルフ族が徹底的に調べましたがイングラム様の行方につながるものは何も発見できませんでした」


 ジークフリートは悔しそうに顔を顰める。


「我々獣人は、アラバスター場外に何か痕跡がないか調べたが、不審なものは何も見つからなかった」


 ハスラーは沈痛な面持ちで視線をテーブルに落とした。

 他にもあらゆる情報網を駆使してイングラムを捜索したが、魔族の国に捕えられているのかそれとも別の場所に幽閉ゆうへいされているのか、イングラムに繋がる情報は何も掴めなかった。


「……紙に書かれた期限は一ヶ月。昨日がその期限の日でした。けれど奪回したアラバスターを魔族に引き渡す訳にはいかない。アラバスターは魔族との戦闘の要。たとえ兄上の命と引き換えにしたとしても……」


 苦渋の決断を告げるカーライル。他の指揮官たちも無念の思いに沈んでいた。

 イングラムが命を落とす? 冗談ではない。そんなの認めるわけにはいかなかった。しかし心は大切な者を失うかもしれないという極度の不安と、イングラムがいない喪失感とでレナは先が見えなくなりかけた。

 でもどんなに怖くても恐ろしくても何もしなければ、良い事も悪い事も何も起こらないのだ。それを転生前の田中大和であったころの経験でレナは身に染みて分かっていた。


「……ではイングラム様の部屋へ案内して頂けますか? もしかしたら何か見つかるかもしれません」


 ならば現場へおもむくところから始めるしかない。一から検討し直すのだ。

 レナは転生前の田中大和の時に見た昼ドラを思い出していた。主人公の探偵が現場へ赴いて隠された手がかりを発見し何時も事件を解決へと導くというワンパターンもの。時代劇のように最後には必ず悪人が捕まるという、見ていて心臓に優しいドラマである。

 犯人は犯行現場に戻るのもよくあるパターンだし。紙切れに書かれた期限の一ヶ月を丁度過ぎた今日、言ってみる価値があるように思えた。それに皆でテーブルを囲って湿っぽくなっているのも何だか嫌だった。


「ですが……兄上の部屋はエルフ族が徹底的に調べた後です。きっと何も出てこないと思いますよ?」

「それでもかまいません。イングラム様の部屋へ連れて行ってください」


 レナは明るすぎて半ば蛍光色のようにも見えるライトブルーの美しい碧眼に青い炎を灯した。

 絶対にあなたを諦めない――




 *******




 イングラムの部屋に着いてから、レナは第二のスキル、全ての言語を操るスキルを発動させてあらゆる場所を捜索したが。やはり手がかりは見つからなかった。エルフ族がすでに隅から隅まで探しつくしていたのだから、当然と言えば当然なのだが。

 エルフ族は視覚が他の種族よりも数段優れている種族だ。何百メートル先にいる者の顔を認識することも容易で、虫の羽ばたきや降りしきる雨の雫の一つ一つを認識できるほどだ。そんなエルフ族が捜索しても一向に見つからないイングラムの手がかり。自分達にはどうする事も出来ないのか。

 レナはあちこち探して少し疲れた体を休めようと、イングラムのベッドにドサッと横になった。王子様のベッドだけあって流石に寝心地が良い。しかも天蓋付きベッド……どこのヨーロッパ貴族だー! と、思うものの。イングラムは王子様――天蓋付きベッドも当たり前のご身分ですよね。

 ふーと一息ついて横になりながら天蓋付きベッドの天井を見ると、そこには文字が宙に浮かんでいた。



 <<大和>>



 ――えーと、本当に見つけちゃったよ手がかり。


 エルフ族も捜索した時は当然ここも見ているだろうし。今だってこんな目立つ文字が浮かんでいたらベッドの中の天井とはいえ普通は気付く。多分他の者には見えていない。

 隠し文字。特定の条件をクリアしなければ読むことができないというあれだ。なにがクリア条件かは定かではないが、とりあえず何が書かれているのかは第二のスキル、全ての言語を操るスキルで解読できた。

 文字は真っ黒でギザギザしていて、どこかのファンタジー小説に出てくる魔法書に使われているような感じだった。ちなみに使用する場合その魔法は呪い系っぽい。


 何処の言語かは全く不明である。レナの持つ第二のスキル、全ての言語を操るスキルは言語を読み書きすることは出来るのだが、その言語がどんなものなのかまでは分からない。それこそ自分で調べるしかないのだ。

 だからレナはローズブレイドにいた時に貿易で盛んでいろんな種族が来ることを利用して、片っ端から話かけてどこの言語かを確かめて分類していたのだ。あとは図書館で調べて探しだすしかなかった。


 言語の中でも”ゴッドスペル”はあまりにも異彩を放っていて、別格過ぎてすぐに何なのか把握することができたのだが――レナの頭に浮かぶ大多数の言語は、読み書き出来てもどこの言語か分かっていないものばかりだ。

 何だか覚える順序が普通と逆というおかしなことになっていた。楽して手に入れようとすると、なんかしら欠陥が出てくるものなのかもしれない。


 なんにしてもこの呪い系黒文字ギザギザ文字がレナへの招待状であることに間違いはない。それもイングラムが囚われているのは自分を誘き寄せるためだと言うことがはっきりした。ということはイングラムが本当に殺される可能性は低いってことだ。人質を殺してしまったらレナを誘き寄せることはできないし、何よりなにかレナに何かさせる為の交換条件にイングラムを使おうとしているなら、そのまま生かしておく方がいい。

 少しホッとしながらも疑問が頭を過ぎる。


 何故私……? 


 この文字を書いた者はレナのスキルを知ってる。それも転生前の名前をわざわざ使うなんていったい何者だ。ここまでくるともうちょっとしたホラーなんですけど⁉

 というか何者もなにも、転生前に狭間の世界で出会った姿が見えない声の主以外に該当者が思いつかない。子供のような声で説教していたあの声の主。犯人はあいつか! 幸せになってほしいとか言いっておいて何してくれるんだっ! イングラム返せ! と頭の中で非難する。


 宙に浮いている呪い系黒文字ギザギザ文字を見て、天蓋付きベッドで突然固まってしまったレナに異変を感じたのかルナがひょこっとやってきた。


「何か天井にありますの?」


 そういって訝しむルナに、ハッとしてレナはブンブン横に首を振った。


「何にもない何にもない! なんっにもありません!」


 疑いの目で見てくるルナに内心ダラダラと嫌~な汗をかく。多分見えないとは思うのだが転生前の名前が堂々と浮いているのだ。それを大親友の撫子の転生体であるルナに見られるのは確証がないだけにとても心臓に悪い。

 そんなレナを余所にルナは天蓋付きベッドの中から天井を見上げてしまった。


「「…………」」


 二人の間に長い沈黙が流れる。


「……何にもありませんわね」


 長い沈黙を破ってルナがおかしいわねといった様子で首を傾げた。


「何にもありませんよ」


 はははと乾いた笑いでベッドの上をモソモソと後ずさる。よく昼ドラで犯人見つけて、問い詰めて逆に殺害されるシーンとかあるけど。あれかー、犯人見つけちゃった人の心境ってこんな感じなのか。何とかボロが出る前にこの場から直ぐに離れたい。

 レナはパンッと両手を叩いてこの部屋にいる者全員に話し掛けた。


「やっぱりなにもないみたいですね。カーライル様、イングラム様の部屋まで連れてきてくれてありがとうございます。そして他の皆様もわたくしの我儘に付き合ってくれてありがとうございます。わたくしちょっと疲れたようなので頂いた自室で休んできますね」


 それでは。とにっこり笑って早口で告げて、足早にイングラムの部屋をレナ出て行った。足早というよりもまるで逃げるように出て行ったのだが、本人は傍からどう映っていたのか全く自覚していなかった。


「「「「「…………」」」」」


 部屋に残された三人の指揮官ジークフリート、ハスラー、ランスロット、そしてカーライルとルナは、そんなレナの遠ざかっていく後ろ姿をシラーっとした様子で眺めていた。五人全員の目が限りなく遠い――うつろな眼差しをしていた。


「……あれは何か見つけましたね。」


 カーライルはエキゾチックで色気が漂う褐色の肌に笑みを浮かべて八重歯を覗かせた。その眼光は獲物を狙う鷹のような鋭さを放っていた。


「……ええ、何か見つけたようですわね。」


 ふふっと花のように微笑むルナも、明るい新緑の若葉を髣髴させる美しい緑の目だけは笑っていなかった。


「あのーお二人とも? ……ひょっとして何かたくらんでいますか?」


 そんなカーライルとルナの様子にジークフリートとハスラーはすっかり及び腰になっていたのだが。最年長20歳のランスロットは動じる様子もなくにっこりと穏やかな口調で問いかけた。


「はい」

「もちろんですわ」


 二人の声が綺麗に重なって、イングラムの部屋に木霊した。

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