絶対にあなたを諦めない――

 自室に戻ったレナは皆が寝静まった後にこっそりイングラムの部屋に忍び込む用意をしていた。

 もう一度現場に戻ればなにか分かるかもしれない。それも、今度は呪い系黒文字ギザギザ文字だけじゃなくて転生前の狭間の世界で会った声の主、その本人が現れるかもしれないのだ。昼ドラパターンなら――


 とりあえず、夜中に廊下をウロウロしているのを見つかっても言い訳できる格好で行かなくてはならない。昼間のドレス姿や簡易的な冒険者ルックではなく、寝間着に軽く上着を引っかける格好で行こう。見つかって何か聞かれても、喉が渇いたのでお水を取りにきたの―—とか言って愛想笑いでもして誤魔化せばいい。昨日の乱闘騒ぎの時に使用してしまったナイフもしっかり補充して、準備万端。あとは暗くなるのを待つのみだ。


 夜までまだだいぶ時間があったが今から寝ておけば夜中にはばっちり起きれるはず。何だかすごく子供のような発想だとも思ったのだが、これ以上は名案も出てこないし。何より昼ドラパターンは意外と当たっている気がした。ドラマの世界は意外と現実に近いこともある。レナは寝間着に着替えるとイソイソとベッドに潜り込んだのだった。


 夜、皆が寝静まったころレナは狙い通りにばっちり目を覚ました。もう見張りの兵以外に起きている者はいないはずだ。レナはソロソロと自室から抜け出すとイングラムの部屋へ向かった。

 幸い誰にも見つかることもなくイングラムの部屋に辿り着いた。けっこう呆気ないものね。とあっさりし過ぎていて少し気味が悪いと思ったものの、手に持った蝋燭をベッドの横に備え付けられたテーブルに置いて。レナはイングラムの天蓋付きベッドに乗って第二のスキル、全ての言語を操るスキルを発動させてベッドの上から天井を見上げた。

 真夜中に蝋燭一本では付けていてもけっこう薄暗い。薄暗い部屋の中で確認することになったのだが、天井に浮かぶ呪い系黒文字ギザギザ文字ははっきりと読めた。


 <<大和>>


 天井に浮かぶ呪い系黒文字ギザギザ文字。やはり何度見ても大和と書かれていた。手を伸ばして触ってみようとするが、伸ばされた手は空しく宙を掴むだけだ。ホログラムのように実体がなく触れなかった。

 こういう場合、転生前の田中大和の時に読んでいたファンタジー小説によれば、触るかもしくは何かキーワードを言えば発動するパターンだが――


 読んでみるか? 


 自分の名前がキーワードって、確か人の名前がキーワードの時は思い入れのある人で死んでいるパターンが多かったような。うーん、と悩みつつもレナは覚悟を決めて読んでみることにした。何処の言語なのかは不明だが、第二のスキル、全ての言語を操るスキルで読み書きは出来るのだ。ふうっと一息ついて読み上げようとした瞬間、薄暗いはずの部屋にパッと明かりがついた。


「えっ?」


 間の抜けた声を出して固まるってからおそるおそる周りを見渡した。

 ジークフリート、ハスラー、ランスロット、そしてカーライルとルナの五人が部屋の四方の壁に寄りかかってまばたき一つせずこちらを見ていた。何だか皆さん目が据わっていて怖いんですけど――


 ルナが人差し指を上に向けている。その指先には赤い炎が小さくメラメラと燃えていた。そして同じ色の炎が部屋のいたる所にフヨフヨと漂っていて、これが青い炎だったらまるで人魂だ。

 大親友の撫子の転生体であるルナ。双子の美しいこの姉はレナと同じ超強力な魔法力を持っている。レナは光の魔力、ルナは炎の魔力持っているのだが。二人とも自分の興味があることにしか力を使わない。ある種の規格外の魔法を限定的に使用する特殊な魔力保持者だ。ルナの場合は悪戯等の誰かを驚かすことにしか魔法を使わない。


 どんなに超強力な魔法力を持っていても、他人を傷つけることには絶対に使わないのだ。優しいんだか優しくないんだか。そんなルナ炎の魔法は部屋全体を明るく照らし出していた。


「……えっとお姉さま?」

「なあにレナ?」


 何か言うことはないのかしら? 緑の美しい目がそう語っている。お姉さま何だかとっても怖いです。

 精神年齢18歳の田中大和でなかったらきっと気圧されていただろう迫力。でも田中大和の時に散々逆境には合ってきたので、そういう事には普通の15歳よりもだいぶ耐性や免疫がある方なのだ。

 そして私、転生前の田中大和の時から逃げ足の速さだけはピカイチなんです。ということで仕方ないこれはもうやってしまおう。レナは確信していた。これがイングラムに通じる唯一の道でそれが出来るのは自分しかいない事を。


 そして誓ったのだ絶対にあなたを諦めない――


 レナはルナと同じようにスッと人差し指を上に向けて、ちょっと困ったように微笑んだ。


 <<大和>>


 声に出すと同時にベッドの床がスッポリ抜けた。


「レナ――――!」


 ルナが私を呼ぶ悲鳴のような声が聞こえた。バタバタと駆け寄るような足音が聞こえたけれど。

 真っ暗な闇に包まれてなにも分からなくなった。


 遠のく意識の中で、レナは転生前の田中大和の時の記憶を思い出していた。

 高校の時のあれは生徒会長五対一投票事件から二ヶ月位たったある日の事。大和は生徒会に入る数か月前にある部活を立ち上げていてそこの部長をしていた。生徒会長になることが出来なかった代わりに、立ち上げた部活の部長をもっと頑張ろうと思っていた矢先の出来事だった。

 立ち上げた当初からずっと部活を軌道に乗せようと頑張っていた。生徒会で出られない時はあったが部長として皆の気持ちを汲み取って活動内容をより良くしていこうと努力していたつもりだった。その気持ちや行動にももちろん嘘はなかった。

 部活が終って帰り時間となり何時ものように撫子と帰ろうとした時、部活のメンバーに呼び出された。


「ちょっと話したいことがあるんだけど、今時間いいかな?」


 大和を呼び出してきたメンバーは三人。三人共部活を立ち上げた時の創立メンバーで、内二人は同じ生徒会に入った友達だった。いまもまだ二人を見ると胸が痛むのだが同じ部活のメンバーだし、クラスも一緒だから余計な荒波は立てたくなかったので忘れることにした。生徒会長五対一投票事件のあとももめることなく普通に接していた。


「大丈夫だよ」


 少し照れくさそうな表情で言われたので、軽く雑談で呼び止められた程度だと思っていた。教室から離れて何故か人通りの少ない廊下まで連れてこられて。

 様子が変だと思ったけど何でなのかよく分からなかった。呼び出してきたメンバー三人は周りの様子を伺ってお互いに目線で合図していた。いまだよって。


「部長を辞めてほしいの」

「大和は生徒会であまり部活に出られないでしょ?」

「ちゃんと出れる人が部長になった方がいいと思うんだよね」


 三人に矢継ぎ早にそう言われて、私は呆然と立ち尽くしているしかなかった。頭が麻痺したように動かなくて。何も考えられなくなった。


「私達も大和が頑張ってるのは知ってるけど、部長を続けることは大和には負担が大きいと思うんだよね」


 ――負担? 負担って何? 負担に感じたことなど一度もなかった。目の前にいる三人は兎に角私に辞めてほしいだけのように見えた。

 人気のない場所に連れ出して、三対一で尋問する行為のどこに正当性があるのだろう。この人達はいったいなん何だろう――必死に泣きそうになるのを押さえて大和は淡々と話した。


「……分かったよ。私は部長を辞める」


 固い表情で話しているのが自分でもよく分かる。でもこの三人の前で慌てたり焦ったりして泣く姿なんて絶対に晒したくなかった。


「じゃあ部活には普通に出てくるんでしょ?」


 そう言って嬉しそうに笑ってきた三人。


「部活も辞めるよ。先生には私から話しに行くから」

「……なんて話すの?」


 恐る恐ると言った感じで聞いてきた。自分達のしている事をその意味をこの三人は分かっているのだろうか。


「生徒会が忙しくて部活にあまり出られないっていうよ……」


 すっかり気持ちは冷めていた。もういい。もういいんだ、諦めよう。


「……そっか分かった」


 いったい何が分かったというのか。この三人は自分達の行動を先生に知らされなくてホッしているのだろう。三人はそう言って去って行った。

 一人廊下に残された後、大和は人気のない廊下でボーと立っていた。沈む夕日が金色に廊下を照らしていて、光だけが綺麗だった。ここで行われたことは少しも綺麗ではないのに。


 少し立ってから教室に戻ると、撫子が大和を待っていてくれていた。撫子もこの部活を立ち上げた時の創立メンバーで何時も一緒に帰る時間が同じだった。それでもだいぶ時間が立っていたし、もう先に帰ってしまっていても良かったのに。こんな価値のない私なんかを待っていてくれるなんてと思った。

 そして、先程の出来事を帰り道に涙ぐみながら撫子に話した。一緒に出て行ったのは知っていたけれど、まさかそんなことをされていたなんて――知っていたら絶対一緒に付いていったし一人にはしなかったと、撫子は自分のことのように落ち込んで泣きそうだった。


「三対一で人気のない所に連れて行って、部長を降りるように問い詰めるなんてやり方が汚いよ」


 そう言って撫子は怒っていた。


「そうだよねーそう思う」


 と大和はまるで他人事のように呟く。それしかもう出来なかった。いくら騒いだところで終わったものは終わったのだからと。諦めていたのかもしれない。


「それにさっ。前にもこういうことあったから慣れてるし私は大丈夫だよ」


 小学生、中学生の時に受けた続けた悲惨ないじめの過去を思い出して笑った。

 あの時受けたものとそう大差ない。私は大丈夫だ。


「……大丈夫じゃないよ」


 撫子がポツリと呟いた。


「そんなの大丈夫じゃないよ! 苦しかったら私に言っていいんだよ? ちゃんと話聞くから……」


 酷く心配した目で見つめられて。大和はもう堪えることが出来なくなってしまった。


「……ごめんっ。ちょっと限界かも……」


 そう言ってそれまで堪えていた涙を流してしまった。撫子は大和の頭を優しくポンポン叩いて大丈夫だよってずっと励ましてくれていた。もう何回助けてくれれば気が済むんだか。撫子は本当に見た目も中身も天使みたいに綺麗な人だなと思った。


 次の日、大和は部活の顧問の先生へ退部の話をした。先生はとても驚いた様子だった。本当は何かあったのかと知りたげな様子だったけど私は何も言わなかった。

 そしてそれから数日後、大和の代わりに新しい部長に治まったのは、同じ生徒会に入った友達で大和を呼び出した三人の内の一人。彼女は部活の元副部長だった。昇格したって感じだろうか。


 新しい副部長にはこちらも同じ生徒会に入った友達で私を呼び出した三人の内の一人だった。笑える話だった。同じ生徒会に入っている以上スケジュールも殆ど同じなのだ。つまり出られない日も同じってことで。結局のところは自分達が部長と副部長に治まりたかっただけだったのかと。彼女達にはもう関わりたくなかったが同じクラスともなるとそうもいかない訳で。

 その後も仕方なく普通に振舞っていた。撫子からは、私だったらそんな普通に接することなんて出来ない。といわれたけれど、諦めることには慣れていたからけっこう割り切れていた。

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