レナ、後悔する――

 レナはジークフリートとハスラーの首根っこをつかんで引きずっていった後で、小一時間ほど説教していた。そして、言いたいことを言い終わった後、段々と怒りに熱した頭が冷えてきて冷静になると、自分のしたことを思い出して青ざめた。

 ”ゴッドスペル”何てやっかいなものを使用したら、後が大変なのは目に見えていたのだが。ルナとカーライルの耳から血が流れるのを見て、どうしてもこらえられなかった。そんなことどうでもよくなってしまっていた。


 とりあえず、今回の件はこの勢いでそのまま有無を言わさず押し切って流してしまおう。当初の通りイングラムを救出することに専念して―—そうだ後の事はイングラムを助け出してから、全てイングラムに押し付けてやろう。あの意地の悪い正統派王子様なら、何だかんだと理由をつけて上手く誤魔化してくれるだろう。

 ジークフリートとハスラーは借りてきた猫のように大人しくレナの説教を聞いていた。聞けば、二人とも15歳――よりにもよってレナと同い年だった。いや転生前の18歳の記憶がある分、精神年齢は遥かに上だ。肉体年齢がたとえ18歳だとしても。


「いい? いくらジークフリートさんとハスラーさんがあちこちで武勇を立てている勇者でも、やっていいことと悪いことがあるの。相手のことを悪く言ってはいけませんってお父様とお母様に教えてもらわなかったの? どんなに強くても、どんなに偉い身分だとしても。やっていることが子供と同じなら、自分を貶めることにしかならないんだよ?」


 全ての言語を操るスキルの発動を停止して、”ゴッドスペル”を解除すると。レナは共通言語でジークフリートとハスラーに語りかけた。共通言語はローズブレイド領の主要言語なので、レナもルナも普通に使える。すでに覚えている言語なので全ての言語を操るスキルを発動する必要はないのだ。

 ”ゴッドスペル”で先程まで散々説教していた時は始終萎縮いしゅくしていた二人だが、共通言語に戻ると少し安心したようにレナを見た。”ゴッドスペル”を説教に使うなど言語道断ごんごどうだんといったところだろうが、やってしまったものは仕方ない――


「だからこういうことはしちゃダメ。分かった?」


 最後は苦笑して子供に言い聞かせるようにレナは優しく言う。


「「はい」」


 しょぼんとする二人の姿が妙に可愛くて、返事が重なった時は頭をなでなでしてあげたくなったしまった。中身が18歳の私とは逆パターンで、外見は大人だが中身はまだ子供なのだ。一見すると大人が子供に怒られているというなんとも不思議な光景。

 ちょっと間抜けな気もするがそれは気にしない事にする。最近学んだこと、人生気にしないで突き進むのが一番だ。


「とりあえず、レナとカーライルにはちゃんと謝るのよ? 二人とも完全に巻き込まれて耳切っちゃったんだから。そのあとでちゃんとあなた達は和解の話し合いをなさい。とりあえずどちらも謝る事。言い訳はなし。いいわね?」


 はい、と消え入りそうな声でジークフリートとハスラーは返事をした。


「あの……頬の傷ごめんなさい」


 ちょっとびくびくした感じで、怖々とジークフリートは頬の傷を指さす。


「ごめんなさい」


 続いてハスラーが大きな体を丸くして、申し訳なさそうに上目遣いでこちらを見ている。

 すっかり忘れていた。そういえば私もナイフに当たってたんだっけ……

 頬に手を当ててすでに乾き始めた血の跡を辿り傷口を確かめる。出血した割にたいした事なさそうだ。深くもなさそうだし傷跡もきっとうっすら赤くなる程度だろう。部屋に戻ったらとりあえず傷薬でも塗っておけば数日で治りそうだ。


「大丈夫よこのくらいの傷。傷薬塗って放っておけばすぐに治るわ」


 にっこり笑って心配するなと優しく言うと。ジークフリートもハスラーも、でもっと心配そうにレナの顔を見た。仮にも女の子の顔に怪我をさせてしまったのだから、それは身が縮む思いだろう。


「ほら、もういいから。自分達の部屋に帰りなさい。少し休んでからちゃんと話合いするのよ?」

「……分かりました」


 少し不満そうなジークフリートが諦めたように俯いた。


「……分かった」


 ハスラーも沈痛な面持ちで頷いた。

 ジークフリートもハスラーもすっかり口調が子供に戻っている。何だかすっかり母親の気分になってしまったレナだった。




 *******




 イングラムは両手を上に縛られ膝を床についた格好で囚われていた。全身至る所に嬲られたような傷がある。酷く痛々しい様ではあったが、口元から赤い血を滴らせながらもイングラムは不敵に笑う。


「やってくれるな」


 不覚にも魔族に囚われてから一ヶ月、まだ少しは余力を残しているもののこのままでは体力的に限界が近い。流石さすが竜族といったところか、普通の者ならばとうの昔に死んでいてもおかしくはない状況だった。

 竜族は世界最強の力を持つ伝説的な種族だ。中でも竜族の王族は特別な存在で、最も強い力を持っている。竜族の王族で世界最強クラスの力を持つイングラムを捕えることができるものは、世界中探しても片手に数えるほどしかいないはずだった。


「私を捕えた目的は何だ? 人質として利用する気もないのなら何故殺さない?」


 囚われた牢獄の、深い闇の中から感じるまがまがしい気配。目の前に広がる深い闇の中に、イングラムを一ヶ月間捕らえ続ける事が出来る力を持った何者かがひそんでいる。格下魔族を使ってイングラムをただ拷問し続け、観察するだけで自ら手を下そうとはしない。

 話し掛けても何の返答もない。


「いったいどういうつもりだ。お前の目的は何だ? アラバスターを手に入れる為に利用する気もないのなら、私を捕えて生かしておくことに何の意味がある?」


 尚も目の前の深い闇の中へ問いかけて、イングラムは強い眼を向けた。何回同じ質問を繰り返しただろう。返事のない空間へ言葉を掛けることの空しさを感じながら、イングラムは苛立ちを募らせた。

 すると突然目の前の空間がゆがみ始めた。空間の一部だけが丸く歪んで徐々にそこだけ違う光景が現れる。そこに一人の少女が映し出されるのを見て、イングラムは驚きに目を見張る。


「――彼女が……レナ姫が目的なのか⁉」


 冗談ではなかった。それはつまり自分はレナ姫を誘き寄せる為の餌にされているということだ。いくら正体不明の相手とはいえ敵を前にしてこんな失態を演じるのは生まれて初めてだ。

 縛られた両腕に力がこもり、ギリギリと音を立てた。そして深い闇の中から初めて答えが返ってくるのを。悔しさと焦りと疲労、そして拷問で全身に受けた傷の痛みに耐えながら聞いていた。


「僕はね。彼女に会う為に君を捕えたんだよ」


 深い闇の中からゆっくりと現れたのは、漆黒の髪と瞳の外見は14、5位の少年。ハッキリした目鼻立ちで漆黒の瞳の端は吊り上っていて全体的にきつめの印象を与えている。小さな形の良い鼻に艶やかな赤い唇、まるで少女のようにも見える中性的な東洋人系の顔立ちの美少年だ。

 この世界では漆黒の髪と瞳は魔族特有の色。この魔族の少年の背中には本来魔族が持ちえないはずの一対の漆黒の翼が生えていた。それは一見コウモリの翼のような形、漆黒の蛇のように艶めく爬虫類のようなウロコに覆われ。コウモリの華奢で脆そうな印象とは対照的な力強い翼。竜族の証の翼。


「お前には……竜族の血が入っているのか?」


 だが魔族と竜族のハイブリッドなど聞いたことがない。精霊とエルフのハイブリッドはセルフと呼ばれているのだが、そのセルフである双子姫も相当に珍しくまるで珍獣扱いだ。それでも自然を愛する種族の性質が似ていることもあって近しい存在だけに前例は幾つかあった。

 けれど竜族と魔族の性質は全くの真逆。光と闇と言ってもいい。そんな相反する種族同士でハイブリッドの前例などありえないことだった。しかし現に今目の前に存在している。


「そう僕には竜族の血が混ざっている。だから君はあっさり僕に捕まったんだ。竜族を捕えることが可能なのは同族の竜族以外にはありえない」

「…………」


 そう確かにその通りだ。だが竜族と魔族のハイブリッドの少年に竜族の純血種で王族のイングラムが竜族の力で敗北することはありえない。通常、どの種族でも純血種はその血の濃さ故に、種族特有の力を完全に使いこなすことが可能だ。

 しかしハイブリッドは混血故に種族の力を完全に出し切ることは出来ない。出せたとしても半分位の力しか発揮できないのだ。その代りハイブリッドは力を柔軟に発揮することが得意だ。多種族の血が入ったことで力を別の方向で応用することが可能となったのだ。


 竜族は竜気と呼ばれる魔力を具現化する力を持っている。具現化して道具として使ったり炎のように熱を込めたり、集中させた魔力を爆発させる事も出来る――とても器用な種族だ。

 何故竜族の魔力だけが竜気と呼ばれているかというと、その魔法力が桁違いなのだ。竜族は平均的な魔力保有量を軽く百倍は超えて保有している。彼ら竜族が伝説的な種族となる所以はここにある。

 そして竜族は竜へと変身することができる。竜族が竜へ変身することを竜化と呼んでいるのだが。これが一般的な竜の個体よりも遥かに大きく強大な力をもつ個体へと変身するのだ。それも人型の時よりも魔力も力も桁違いに上がる。


 竜化した竜族の伝説には国を滅ぼしたものが数多く伝えられているが、けして大袈裟な事ではない。竜の逆鱗げきりんに触れたものはたとえ一国の王であったとしても関係ない。国全体を巻き込み竜族に滅ぼされた国は多く実在している。それほどの力を保有する種族だからこそ世界最強と言われているのだ。


「そして竜族の純血種である君よりも遥かに強い力を持っているのは何故だと思う?」


 イングラムの疑問に質問で返す目の前の少年は、クスクスと楽しそうに笑っている。


「お前は……何がそんなに面白いんだ?」


 今回イングラムは戦うことも許されず連れてこられた。自室のベッドで休んでいたところ、闇のような黒い力に襲われ両手足を拘束されて完全に力でねじ伏せられた。

 身動き一つできない状態で竜化しようとしたところ、それすらも何かの力で押さえ込まれてしまった。竜化できず身動きも出来ないまま闇におおわれて意識を失った。そして気が付いたらこの牢獄に繋がれていた。

 少年は動きを止めてイングラムへ深く鋭い視線を送った。


「――全てが」

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