メビウスとの会合――
部屋に二人きりになって開口一番に口を開いたのはメビウスだった。
「自分を捕えて幽閉して拷問した相手を許しちゃうなんてイングラムは本当にレナのことが好きなんだね」
そういうメビウスの顔は何だかとっても楽しそうだ。
「……その、メビウスはどうしてイングラム様を拷問したり何かしたの? 何か、訳があるんでしょ?」
「それは――ローズブレイド領からアラバスターへ君を誘き寄せる為に彼に逃げられる訳にはいかなかったんだ。仮にも竜族の王族クラスの力って相当強力だからある程度弱らせておかないと、捕え続ける事は難しくてね。実際にレナがきっかけで、空間が保てなくなる寸前までボロボロに破壊してされたし。それと拷問していた下級魔族は僕の竜気を具現化して沈黙の魔獣の力が具現化した姿を作り出した偽物なんだ。そうやってイングラムには下級魔族だと思い込ませて、魔族に囚われているとイングラムが勘違いしてくれればレナが目的だとは気付かれにくいからね。それにあれくらいの拷問なら竜族の者からするとたいしたことはないよ。一時的には弱っても竜族の生命力は強いからすぐに傷も回復してしまうからね。」
確かにイングラムの傷は一日しかたっていないのに中程度のものはほとんど消えていた。
「……メビウスはどうして私をアラバスターへ来させたかったの?」
「それは役者が揃ってから説明するよどうせ話さなくちゃいけない事だからね」
苦笑してバツが悪そうにメビウスは笑った。
「あのねメビウス……私はメビウスが誰なのかあの時知らなかったから。イングラム様をもしかしたら殺してしまうかもしれないって思って……。メビウスが私を本当に傷つけるような行動をとるなんてありえない事なのに疑ったりしてごめんね」
心底悪かったとしょぼんとして謝るレナの背中をメビウスは軽くポンポンと叩いた。
「仕方ないよレナはまだあの時の僕に会っていなかったんだから。それにしてもまさかこういう事だったとはね。レナが過去に来る切っ掛けを作ったのが僕自身だったとは流石に思ってなかったな」
でもね――と、メビウスは少し怒ったように続けた。
「ねえ前から思ってたんだけど。君ってさ、決断しなきゃいけない事に関してはどんなに小さな事でも、ものすごくいろんなパターンを考えて行動してるよね。考え過ぎな位神経質に……しかも最悪のパターンばっかり想定して、それを選択したらどうなるのかも予想しつくして……。一応穏便に終わるパターンも考えてて分かってるはずなのに、どうしてそう最悪なパターンばかり選び取るわけ? 痛々しくて見ていられないんだけど……」
――すみません。それはきっと性格の問題だと思います。
「ごめんなさい……」
レナは転生前の田中大和の時から今までいろんな逆境にあってきた。そして変な意味で逆境慣れし過ぎている。パターンが読める癖に選択を迫られると肝心の部分で酷く楽観的になる。
安易に選んでいるわけではないのだが。最悪なパターンを選択する事にも怖がりながらも躊躇しないのだ。何とかなると思っているわけではないのだろう。レナは転生前の田中大和の時から相当に臆病だ。
穏便に済ませられるやり方も考えてそうすればある程度事を荒立てないで済ませられる事もよく分かっているくせに、最終的には自分の意思を曲げられない。
実際今まで何とかなってきてるのは、天性の逆境対抗素質としかいいようがない。地味に目立たず穏やかに暮らしたいとか思ってる癖に、やっている行動はあり得ない位に正直で真っ向勝負で滅茶苦茶目立っている……
思っている事とやっている行動が正反対過ぎるにも程があるというものだ。ものすごく臆病なのに逆境慣れした頭で、嫌がりながらも躊躇せず最悪パターンを楽観的に選択する。
レナは周りが思っているよりも本当はものすごく意思が強い。本人は分かっていないようだが、それを支える精神面も相当に力が強いのだ。レナはそれに気が付いていないから、どうして何時もこうなるんだろう? と毎回頭を悩ませているのだろう。
「そういえば、イングラム様のベッドの天井に浮かんでた文字って何? 隠し文字だよね?」
「ああ、あれは僕の光の属性を利用して光の屈折率をちょっと変えて見えないようにしただけだよ。君は光の屈折率で見えなくなっていても例のスキルがあれば解読できると思って。そうしたんだ。あとはレナが力を使ったらこっちに飛ばされるようにちょっと細工しておいたんだ」
なるほど自分以外皆、天井に浮かぶ呪い系黒文字ギザギザ文字が見えていなかったのはそういう事だったのかと納得したような顔をしてレナは次の質問を繰り出した。
「ねえどうやって私を狭間の世界で見つけたの?」
レナは綺麗な青い目を見開いて不思議そうに長い睫毛を瞬いている。
「僕はね――空間を操ることが出来るんだ」
パチンと指を鳴らすと
「こうやって好きな場所に飛ぶことができる。ちなみにイングラムを捕らえていた時は彼の部屋の下の空間を開いてそこに閉じ込めてたんだ」
つまりレナは空間の落とし穴にはまったという訳だ。
「僕はレナをずっと探していて、やっと見つけた時にはレナの体には魂が宿っていない状態で……正直かなり焦ったよ。レナの魂を探していろんな場所を飛んで……そうして十年位立った時に君が言っていた言葉を思い出したんだ。”前いた世界”ってだから違う世界に飛んで探そうとしたんだけど、レナの双子のお姉さんの魂がこの世界の者とは違う異質のものだって気が付いたんだ。お姉さんも異世界から来た魂だって分かったから、ルナが辿ってきた魂の痕跡を見つけて出してレナを見つけたんだよ。だけど狭間の世界にいたレナはあんなに絶望的な感じで……正直びっくりしたよ。僕の知っているレナとは全然違くて……」
何だか本当にすみません。
自分でもあの頃の暗さを思い出す。今では死にたいとかそういう事は全く考えられない。
「……それでも助けてくれたんだね」
「レナは僕の大切な家族だからね」
即答でそう言ってメビウスはにかっと笑って見せた。
本当に良い子だわ~と思って思わずメビウスの頭ごと抱きしめる。
「そういえば、三つの願いってどうやって叶えてくれたの? 神様でもないのにそんな万能な力をメビウスは持ってるの?」
抱きしめるレナの胸元から顔を出してメビウスが困ったような顔をした。少し耳が赤いような気が――
「僕も流石にそんな力は持ってないよ。レナの願いを叶える事が出来たのは、レナが過去の時代に飛ばされた時に話した事がある沈黙の魔獣に関係しているんだけど、今それも含めて改めて説明するよ。」
レナは頷いてメビウスを胸元から解放した。メビウスは何故かホッとしてような表情を浮かべた。もしかして少し恥ずかしかったのだろうか。レナはメビウスが五千歳を超えている竜族だった事を思い出した。
「この世界には封印された古代の魔獣が四匹いて、その内の三匹は既に何千年か前に僕が倒したんだけど。三匹の封印は一匹に対して一つの至宝の玉でそれぞれ封印されていて、魔獣を倒した時に僕は至宝の玉を拝借してたんだ。至宝の玉はこの世界の創造主が作り出した伝説の道具だから、その三つの至宝の玉をレナの中に取り込んでレナの願いを叶えるように機能させているんだよ。今君が使っている力は至宝の玉に封じられた知識や力を断片的に取り出して使用している状態なんだ。」
「……メビウス、さらっと説明してくれたけど、それって何だかすごい事のような気がするのだけれど」
まあそうだねとメビウスは軽く言ってたいした事なさそうに話を続けた。
「僕は四匹の魔獣の中でも別格の沈黙の魔獣の力を取り込んでるからね。その位出来るんだよ。まあ僕の事は置いておいて、とりあえずレナが至宝の玉を持っている事やその力の事は言わない方がいいだろうね。転生前の事も話さなくちゃいけなくなるだろうし、そうするといろいろと面倒でしょ?」
「確かに……転生前の事とか話すのは遠慮したいです。というか無理です」
「そこら辺は僕が上手く誤魔化しておくから安心して」
レナは内心冷や汗をかいて心臓バクバクの状態だったのだが、そんなレナとは逆にひらひらと手を翳して気軽な感じで笑っているメビウスが何だかとても頼もしく見えた。あの幼いメビウスだった頃とは違う成長したメビウスが隣にいるのを感じてすごく幸せな気持ちになった。
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