元の時代への帰還――
――牢獄の中はイングラムを中心にゴォォォォォォと音を立てて黄金の炎が渦巻いていた。
イングラムの竜気は黄金の炎のような形状をしており。その黄金の炎がジリジリと漆黒の炎を飲み込んでいく。黄金の髪が黄金の炎の竜気と一体化したかのように溶け合い、イングラムの姿は神々しく
「流石は竜族の王族といったところかな。僕の
竜族は竜気と呼ばれる魔力を具現化する力を持っている。それを具現化する前のむき出しの形状のままイングラムとメビウスの竜気がぶつかり合い、
レナが竜気に触れて意識を失ってから小一時間程経過していた。いまだにレナは目覚める様子を見せない。そして、イングラムはレナが意識を失ってからずっと黄金の炎のような竜気で、メビウスの
一ヶ月拷問されたわりにはよくここまでの力を発揮出来るものだと感心する。それでもメビウスの力には遠く及ばないが、本調子の時に相手をしたらそこそこ良い勝負が出来るかもしれない。そんなことを考えて、イングラムを面白そうに眺めていたら。ピクッとレナの腕が動いた。
「レナ?」
――目覚めたのかと思った。
多分レナは今あの時代にいる。だからレナが目覚めるまでイングラムの相手に待っていたのだが。
ツーとレナの額から血が滴り落ちた。
「これは……! そうか、君は今そこにいるんだね」
徐々に傷ついていくレナの体――あの時の光景がまた繰り返されているようだ。
「……レナ?」
イングラムがレナの異変に気付いて名前を呼んだ。
「大丈夫レナはもうすぐ目覚めるよ。だからその竜気をしまってくれないかな? 傷ついて疲れているレナにこれ以上負担をかけたくないんだ」
そう言うメビウスはレナを一心に見つめたままだ。
「お前いったい何を――」
言っている? そう言葉が続く前にイングラムはレナの額から流れる赤い滴に目を奪われた。
「……レ、ナ?」
レナが赤く染まっていくと同時に、徐々にレナの両腕が
そしてついに漆黒の炎のような竜気が消滅すると崩れ落ちるようにレナが倒れて行くのをメビウスが支えた。長い
レナが過去から未来へ引き戻されたのは一瞬の出来事で。先程まで目の前には幼いメビウスがいた。その姿が今でも鮮明に思い出せる位に。
けれど目覚めた時に傍にいたのはもう幼いメビウスではなかった。彼は少年の姿でレナの隣にいた。心配そうに眉間に
「……メビウス?」
遠い五千年前の人間以外の種族がいない過去の時代から戻ってきたのだ。精霊体から実体へ戻ったものの全身至る所が痛い。過去の世界で受けた傷がそのまま本体に現れていた。
精霊体の時に実体化した場合、その時受けた傷はそのまま本体へと返還される。精霊体で実体化した時に傷を負えば本体も傷を負うのだ。この傷はメビウスとあの時共にいた事の確かな証だった。
あの時代で出会った幼いメビウスはレナが目の前から消えてからもずっと、諦める事なく五千年もの長い時を生きて来た。そしてレナを探し出してこの世界に連れて来てくれた。
待っているといったレナの言葉通りに、レナの元へかえってきてくれた。だから、かける言葉は一つしか思い浮かばなかった。
「メビウス……おかえりなさい」
傷ついた手で優しくメビウスの頬に触れる。
「ただいま」
その手をそっと
「もっと君と話をしていたいんだけど、今は早く休んだ方がいい……一先ず君のことは彼に任せるよ。この空間もイングラムの竜気で崩壊寸前だしね」
黄金の炎の竜気を身にまとったイングラムがレナとメビウスの近くに来ていた。両腕を拘束していた具現化したメビウスの竜気もすでに消滅していてイングラムは拘束と解かれていた。
メビウスは傷ついたレナを抱きかかえて優しく額にキスすると。黄金の炎の竜気を纏ったイングラムに手渡した。そんなメビウスにイングラムは不審な顔を向ける。
「お前は……いったい何者なんだ?」
イングラムの問いかけに答えずにメビウスはふっと目を細めて笑った。
「レナを頼んだよ」
そう言ってメビウスはパチンと指を鳴らした。空間がパキンと音を立てて崩れていく。そして先程まで目の前にいたメビウスが何時の間にか消えていた。
崩れて行く空間の中でイングラムの温かく力強い腕に抱かれながら、レナは意識が薄れて行くのを感じた。過去から未来へ戻った事でそれまで
「イングラム様、聞いてほしいことが、……あるんです……」
「今は話さなくていい。少し休むんだ、後は私に任せておけばいい」
「でも聞いてほしい事が、あるんです。メビウスは敵じゃないの……彼は…私の大切な、家族。だから……メビウスを……許してほし……い……」
――お願い。
うつらうつらと目をトロントさせて、眠りに落ちるまでのギリギリの瞬間まで、レナはメビウスを心配していた。そしてついにレナは意識を手放した。
頭をイングラムの逞しい胸元にコトンと預けると、傷ついたレナの体から力が抜けた。
「君は――本当に無理をする……」
空間がパキパキと音を立てて崩れて行く中、傷だらけのレナを抱えたイングラムはそう呟いて切なそうに目を細めた。
*******
イングラムのベッドに乗っていたレナが何か不思議な言葉を言ったと同時に消えてしまってから一時間程経過していた。
イングラムの部屋に集まっていたジークフリート、ハスラー、ランスロット、そしてカーライルとルナの五人がなんとか消えたレナを探し出そうとそのまま部屋を捜索していた。
必死に五人がレナを探しているとパキパキと何かが割れるような音がした。その音は次第に大きさを増していくと突如、空間を割ってイングラムが飛び出してきたのだ。
――空間を割って突如現れたイングラムは傷ついたレナを腕に抱いていた。
レナに意識はなく、レナを両腕に抱いたイングラムもまた全身に酷い傷を負っていた。それから二日程レナは意識が戻らなかった。
イングラムは流石竜族の王族だけあって傷の回復がかなり早かった。重度の傷はまだ痛みがあるようだが一日も立たない内に、ほとんどの中程度の傷はもう傷痕も見えない位までに回復していた。
そうしてレナが意識を取り戻したのはアラバスターに到着してから四日目の朝だった。起きた時には隣に椅子に座ったイングラムが俯き加減で眠っていた。相変わらずの正統派王子様の金髪碧眼の整った容姿には少し疲労の色が見えたが、堀の深い整った美しい顔。
眠っているだけなのに何故男の色気まで漂ってくるんだとレナはちょっと
意識を取り戻して少し経つと全身の
でも傷自体はどれも軽いものばかりで幼いメビウスの黒い炎で負った
それにしても軽傷の割には手当がちょっと大げさ過ぎるような気がした。一方イングラムは竜族の王族だけあって重度の傷を
よっこいしょっと寝ていたベッドから少し身を起こして改めてイングラムを見ると、目を覚ましていたようでこちらをジッと見ていた。
「……あの、イングラム様?」
何て話をすればいいのか分からなくてレナは布団を顔の前まで引き上げてしどろもどろしていると。
「もう大丈夫そうだな。といっても全身至る所傷だらけで無事とはとても言い難い状態だが」
少し怒ったような口調でそう告げるとイングラムはレナの頬をソッと触ってにっこり笑った。
「それで? 私に何か言いたい事はないか?」
イングラムが怒気を含んだ声とは正反対の微笑みを浮かべる。身が凍るとはこの事をいうのだろうか。恐ろしすぎて言葉が何も出てこない。
「……あ、あの」
「ん?」
そうだ! と思い出したような顔をすると、レナはイングラムの胸元へ手を当てると光の魔力を使った。すると残っていた傷がみるみる回復して正常な皮膚へと戻っていく。
レナは超強力な魔法力を持っていて精霊体を実体化させたりる事が出来るのだがそれは一般的な使用方法とはかけ離れている。さらに光の属性を持つ者の中でも回復魔法を使える者はかなりの少数派でレナは特殊な魔力保持者なのだ。
この世界での魔法とは自分の中にある魔力を自身が持つ属性へと変換させて使用する事で、人間以外の種族は現存する五大元素である光、火、水、風、闇の五つの属性の内どれかに必ず属している。人間だけは魔力と属性そのどちらも持っていない。逆に人間以外の種族は皆必ず魔力と属性を持っている。
その魔力を五大元素へ変換して使用する用途は、そのほとんどが攻撃を目的としたものとなっている。そして回復魔法のように相手を癒す力を持っているのは光属性だけで。その光属性の中でも回復魔法を使える者はかなり少ない。
それというのも一般的な属性への変換と違って、回復魔法は魔力を光属性へ変換させる際のプロセスが複雑で難しい。習得出来る者は元々持って生まれた才能によるのだ。
そんな少数派の回復魔法なのだが、レナの場合はさらに特殊な方法を用いる。レナは光属性へ魔力を変換させる時に、魔力以外にもう一つ自分の生命力を使って光の属性へと変化させて回復魔法を使う。
魔力だけで回復魔法を使う事も出来るのだが、回復魔法は一般的にそこまで万能なものではない。回復できるのも中程度の傷に限られる。それ以上の重度の傷に対しては効果があまりない。
そこで何かあった時の事を考えて、レナは強力な回復魔法をどうやったら使えるのか研究していたのだが。ついに発見した方法が自分の生命力を魔力と一緒に加えて光の属性へ変換すると言う方法だった。
効果は絶大でどんな重度な傷もたちまち回復するほどの強力が回復魔法なのだが。生命力を使っている分、術者のレナにも相当な負担となる禁じ手なのだ。こんな危険極まりない回復魔法を使用している者は多分レナだけだろう。
レナは中程度の傷に対しては普通の回復魔法を使用しているが、重度の場合はこの
ちなみにこの事を知っているのは同じ双子のルナだけで、他に知られたら面倒な事になりそうなのでレナは黙っている事にしたのだ。今回レナはもう中程度の傷と言えるくらいまで回復しているとはいえ念の為この禁じ手を使ったのだが、そんなことは知らないはずのイングラムが何故だか少し怒ったように目を細めている。
「………レナ、君はワザとやっているのかな? そんな状態で私の傷を治すなんて……私を心労で殺す気か。私よりも自分の傷を先に直すべきだろう」
何時の間にかイングラムのレナの呼び方が、レナ姫からレナに変わっていた。そうか自分の事を心配してくれていたのかと思いつつも、呆れたように顔を
「でも私もイングラム様が心配で心労で死ぬかと思いました! それにもう今のでかなり魔力を使ったので自分の方までは無理です。明日になったら治しますから安心して下さい!」
イングラムが囚われたのはレナを誘き寄せる為に道具として使う為で原因は自分にあるのだが、その事は一先ず置いておくことにした。過去に飛んだ時に精霊体を実体化させて魔力を使いまくっていたレナは、二日程寝ていたとはいえまだあまり魔力が回復していない、それも全身傷だらけだからよけいに魔力の回復が遅いのだ、正直なところ先程使った回復魔法でまた魔力が底に尽きそうな状態だった。
プクーと頬を膨らませてそっぽを向くレナに、イングラムはフーとため息をついて諦めたようにイングラムはレナの頭をポンポンした。
「それは私が悪かった」
まいった敵わないなといった表情で優しく頭を撫でるイングラムの手を取るとレナは自分の頬に引き寄せた。目を閉じてその温かさを実感する。イングラムの温かくて力強い優しい手の感触が気持ち良くて、暫く頬を寄せていると。イングラムはもう片方の空いた手を反対側の頬に添えた。イングラムの影がレナに覆い被さってきてコツンとおでこにおでこを当ててきた。
「あんまり心配させないでくれ」
「……ごめんなさい」
互いの額がくっついたままの状態でイングラムを見上げれば、一点の曇りもない愛情を帯びた眼差しがレナに注がれていた。穏やかな時が流れ、無言で互いを見つめ合っているとそこに、此処にいるはずのない声が聞こえて来た――それも同じ部屋から。
「あーコホン。盛り上がっている所悪いんだけど……そろそろいいかな?」
部屋の片隅に壁に背中を付いて両腕を組んだ格好のメビウスが気まずそうに立っていた。
「メ、メメビウス!? 何時からそこに……!」
「正確には最初からずっとかな……イングラムと一緒に君の傍にいてずっと看病してたからね」
さ、最初から!?
という事はイングラムの顔をまじまじと眺めていた姿も、当然先程のキスも観られていたわけで――あまりにも恥ずかしすぎるっ!
んっ? まてよ、一緒にということはメビウスがいる事をイングラムは知っていた訳で。
「イングラム様……知っていたならどうして教えてくれなかったんですか!」
レナはイングラムの胸ぐらを掴んで揺さぶった。
「それは当然、僕に見せつける為でしょ」
見せつけるって何故そういうことになる。メビウスはレナにとって大切な家族で弟のような存在なのだ。
「……そういえば何故、メビウスが此処にいる事を許してくれたの?」
「それは君が意識を失う寸前に彼奴の事を大切な家族だと許してほしいと言ったからだ。」
イングラムは心底嫌そうな顔をして、イングラムの胸ぐらを掴んだままのレナの手に手を重ねた。
「それだけ?」
それだけのことで? とレナはびっくりした表情を見せた。
「それと他にもいろいろと興味深い話も聞いたからな、仕方なくだ……」
どうやらレナが眠っている間にメビウスがある程度説明してくれたようだ。説明に至るまでにどのような会話が繰り広げられたのかは怖いので考えない事にする。
「はいはい、仲が良いのはよく分かったから。だからレナと少しの間だけでいいからの二人きりにしてくれないかな? 五千年ぶりの積もる話もあるからさ」
メビウスの提案にレナは聞きたい事が沢山あったことを思い出す。私からもお願いと懇願するレナの子犬のような青い目にイングラムはうっと怯んだ。そしてついに降参した。額に手を当てて頭痛を押さえるような格好で渋々承諾する。
「……分かった。私は他の者にレナが目覚めた事を伝えてくる。彼奴ら全員呼んでくるからそれまでに話をしておけ。二人きりにするのはその間だけだからな」
大変不服そうだったが、皆を呼んでくると言って警戒するようにメビウスを
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