10歳で覚醒―― 

 ――始まりはいつも突然に、というけれどこれはちょっと突然過ぎたかもしれない。


 なんといっても、先程の転生劇から数分と立たずに私は目覚めた。それも、眠り姫が王子様のキスで目覚めるようなロマンチックなシチュエーションとはほど遠い。周りは澄み切った青空が広がっていた。鳥が空高く舞い上がり、煌々と照らす光が目に沁みるように眩しい。そう、ここは木の上だった。それもとてつもなく大きい。


 ゆっくりと回りを見渡してみても、やはりこの木より背の高い木はないようだ。おそらくこの辺りの木の中でも一番大きい、巨木のてっぺんに腰かけている状態だった。


 ――さてどうする? 


 自分が何者に転生しちゃったのかを知りたいところではあるが。とりあえず降りることが先決かなと思った。後の事はそれからだ。


 心を決めて木を降りようと下の枝に足をかけると。自然と次の枝に体が動いた。どこをどう移動すれば降りられるのか体は良く知っているようだった。そうして、スルスルと降りて行くと次第にいろいろな事を思い出してきた。


 ここは魔法とあらゆる種族が存在するファンタジーの世界。人間をはじめ竜族や魔族、獣人にエルフと言った多種族が存在し、その言語量の多さは多岐たきにわたる。英語のような共通言語は存在するが、あまり浸透していないのが現状だ。

 そんな多言語、多種族を抱え広大な領土を統治する国家、プレンダーガスト帝国。その中心に位置するのが帝都クラウディオスである。帝都クラウディオスはプレンダーガストの中心都市であり、竜族の長が統治する高度な文化や学問、政治、経済の叡智えいちが集中した学術都市でもある。


 そして、いま私がいる場所はその帝都クラウディオスの隣に位置するローズブレイド領。そこは絶大な権力と魔力を保有し美男美女でも有名な領主ルーク・ローズブレイドとその妻マグダレナ・ローズブレイドが治める緑豊かな土地だ。

 また、ローズブレイド領はプレンダーガストの富が集まる貿易が盛んな領土で財政を一手に握っている。故に数ある領主の中でも絶対的権力を持つ領主であり、プレンダーガストの帝王の右腕として長きに渡って君臨くんりんし続けている。


 そのローズブレイド家には二人の娘がいた。一人は、美男美女の両親の容姿と魔力を引き継いだ美少女だ。月の光が反射して輝いているような銀の髪、明るい新緑の若葉を髣髴させる翠眼すいがん。絹のような白い肌を持ち、はかなげな印象と超癒し系の雰囲気を併せ持つ美少女だ。彼女は姉のルナ・ローズブレイド。

 その双子の妹であり同じく強力な魔力と、双子だけに同じ容姿を持ち合わせたレナ・ローズブレイド。姉の見事な銀髪とは打って変って、髪は銀髪ではなく少しくすみがかった灰色。そして、瞳は明るすぎるライトブルーの碧眼へきがん。明るすぎて半ば蛍光色のようにも見えるのに、灰色の髪のおかげで一層明るさを増してしまう。まるで夜行性の動物の目が夜中に光っているような感じだ。


 この二人の姉妹のうち、私は妹のレナ・ローズブレイドの方へ転生した。以前の平凡な日本人顔から、せっかくの美少女へ転生したのに目力が強すぎるのが難点だが、まあもともと地味に目立たず穏やかに暮らすのを目的としての転生。メガネを直ぐに新調して、目立つ容姿は前髪を伸ばして隠すこととする。あとは髪を後ろに一つ縛りして、面倒なドレスは脱ぎ捨てて男装して日々を過ごせば万事解決ではないか。


 そういえば、こういう世界では社交界デビューなどと面倒なものが存在するが。やっぱりこの世界にもそれは存在しているようだ。社交界デビューはどうやら、15歳になると行われるらしい。周りに常時待機している使用人達がよくその噂話をしていたのを思い出す。

 その来たる日にそなえて、日々地味になる努力をしておいて、図書館にでもこもって静かに暮らそう。そうすれば、誰にも見初められることなど間違ってもないはず。巨木をスルスルと降りながら、私はそんな人生計画を立て直していた。

 どうやら私の転生先は既に決まっていたらしく、体だけ先に生活していたらしい。転生後のレナ・ローズブレイドの体は既に10歳まで成長していた。


 本来レナ・ローズブレイドに生まれた時に入るはずだった魂だけがあの狭間の空間に閉じ込められていて、魂の抜けた体だけで10年間も生活していたようだ。だから何をするにも意思がなく、前の人生でしていたことを本能のままに行っていたようだ。

 つまり猪突猛進ちょとつもうしんの野性児の性格そのままに木登りして日々を過ごしながら、魂がない抜け殻の体で間抜けにボーと人生を送っていたということだ。ほとんど必要最低限の接触すらしない。周りとのコミュニケーションは皆無のようだ。笑いもしなければ、話もしない。


 機能的には何の問題もないのに言葉を話そうとしないレナが、唯一信頼してくっついていたのが、双子の姉のルナのみという状態。両親にすら距離をおいていたようである。つまり私はとんでもない問題児として周りから認識されており、心優しい両親やルナにもとても心配をかけている、ということである。


 そしてもう一つ分かった事がある。ルナが撫子の転生体であるということだ。今まではボーと魂の抜けた体だけで日々を過ごしていたわけだが、一応脳は機能しているので10年間の彼女と過ごした時間を断片的に思い出すことが出来た。その断片的に思い出せる記憶の一つ一つがルナのレナへの優しさで溢れていた。

 直に聞いて確かめたわけではない、だけど魂だけで狭間の世界にいた時間が長かったせいか、感覚が少し鋭くなっていてルナの持つ魂の輝きが撫子と全く同じ優しさを放っている事を感じる事が出来た。

 ルナはきっと撫子の転生体だろう。そして前世の記憶は私のように残ってはいないようだった。


 レナの場合は魂だけを10年間も狭間の世界に置いていたからこそ、記憶が残ったまま転生なんて事になってしまったようなのだが。撫子はちゃんと心も魂も一緒に転生してきている。きっと転生前の田中大和の事をルナが思い出す事はないだろう。

 魂を狭間の空間に置いてきぼりにして、転生先の体に魂が到着するまでに10年の歳月が流れていたわけだが、心は18歳なのに体は10歳――正直どこをつっこめばいいか分からないが、それだけ悪知恵も働くということだと前向きに捉えることにした。


 巨木を降りて、周りを見渡すと遠くに小走りでこちらへ走ってくる姿がみえた。自分と同じ容姿、大切な双子の姉のルナだ。気付けばもう夕暮れで、だいぶ日が落ちてきていた。

 ローズブレイド領土内はとても治安が良く、人柄が良い人ばかりで小さな事件もめったに起こることはない。だから問題児のレナも普段は自由に行動することを許されているのだが。あまりに帰りが遅いので心配になったルナが迎えにきてくれたようだ。


「レナー」


 自分の名前を優しく呼びながら手を振る姿に、少し見とれながら私はこの世界に来て初めての言葉を口にした。


「ル……ナ、だいすき」


 そういって、駆け寄ってきたルナに抱きつくと。ルナは驚いた表情を浮かべた。 

「レナ――いましゃべったの?」

「うん、ルナ大好き!」


 ルナはうっすらと美しい翠眼の瞳に涙を浮かべて、レナを抱きしめた。


「私も大好きよ……レナ」


 互いをきつく抱きしめあい。手を繋ぎながら双子の姉妹はローズブレイド領の居城へと足を運んだ。ルナがあまりにも嬉しそうだったので、目立たず暮らしたいから言葉が話せることを言わないでほしいとは言い出せず。


 これだけ心配かけているのにそんなこと言ったら流石に良心が痛むので、木から落ちたら突然話が分かるようになったということにしてもらった。

 レナが言葉を話たことは、その日の内に城中の人々が知る事となり。両親は感極かんきわまった様子でレナを抱きしめた。両親やルナ、城中の人々があまりに嬉しそうだったので、この選択は間違いではなかったとひとまず胸を撫で下ろした。

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