15歳の社交界デビュー――
そうしてあっという間に月日は流れ、衝撃の王子様ご対面事件からはや5年が経過した。15歳となり明日はいよいよ双子の姉と共に社交会デビューのする日だ。
けれども私は社交界デビューを全く恐れてはいなかった。実はこの5年の間に私は、血と涙と汗の結晶と言っても過言ではない、とある指輪を手にいれていたのだ。
名付けて”ジミーの指輪”。この指輪をつけると、どんなに輝かしい王子様だって途端に存在が薄れ、目立たなくなり気配を消してくれる魔法の指輪。何だか本当はもっと格好いい名前だったはずなのだが、忘れてしまったので、地味になるための指輪、略して”ジミーの指輪”でいいこととする。
一見普通のシンプルなただの銀の指輪で、結婚指輪のような感じだ。特徴的なところも特にない。本当に見た目も、中身も地味な指輪である。この指輪を手にしたのは2年程前。
おかげで、メガネも前髪を伸ばして顔を隠すのも、髪を後ろに一つ縛りして男装するという面倒な努力をする必要がなくなったのだ。なんて素晴らしい指輪なのだろう。必要な時以外は外しているが、
エスコート役になってくれる二人の婚約者には悪いが、背に腹は代えられない。遠慮なく”ジミーの指輪”を使用させて頂く予定だ。そして地味で存在感がない私を見て、二人の婚約者はきっとルナと他のご令嬢を選んでハッピーエンドの結びとなるはず! そうに違いない。明日の来たる日を胸にわくわくとそんな事を考えてベッドに臥せっていると。コンコンッとドアをノックする音が聞こえた。
「レナ? 起きてる? 」
双子の姉のルナだ。今はもうルナに転生前の記憶は残っていないが。転生前のルナは撫子という私の大親友だった。一緒に乗っていた車が事故にあって、一緒に転生して。運よく双子の姉妹に生まれ変われたのだ。
「うん、起きてるよ。どうしたの、こんな時間に……もう12時過ぎてるよ?」
「そういうレナこそ。明日が楽しみで眠れないの?」
「うーん楽しみというか、なんというか。まあ、一応運命の日ではあるわけで。楽しみと言うより興奮して眠れないって感じかな」
「私も同じ気持ちよ。でも、レナがいるから大丈夫かなって」
ごめんねルナ。当日は”ジミーの指輪”で
「そうだね。私もルナがいるから大丈夫だと思う」
同じベッドにドサッと腰かけてルナがこちらを見た。この5年の年月でルナは驚くほど魅力的な女性へと変貌した。昔から、その容貌は美しいと大変評判ではあったけれど。
大人の女性へと成長し、年々その輝きは増してきており、春の妖精から森の女神へと成長したかのようだ。それほどの美貌だ。プレンダーガスト一の美女と言っても過言ではあるまい。
一応、そんな双子の姉をもっている私も同じ顔ではあるわけだが――まあ、ここら辺はノーコメントということで。そんなことを考えながら、暫し無言で天井を見上げていると。ルナがくるっと状態を起こしてレナの方へ向き直った。
「ねえ。明日のことだけど。何があっても私を信じてくれる?」
突然ルナが変なことをいいだした。いつもの飄々とした様子とはうってかわって、かなり真剣な表情だ。美貌に思わず気圧されて反射的に頷いてしまった。もちろん信じているのは当たり前すぎて、何の事だろうとも思ったのだが。
「突然どうしたの? 明日なにかサプライズでも用意しているとか、そういう事?」
「うーん。まあ、そんなところかな」
そうして、同じベッドで久しぶりに仲良く眠ったのだが。ルナの仕掛けた悪戯は私の想像以上の事態を招くこととなる。
*******
転生前は生粋の日本人で、まるで日本男児のような名前の
そして10歳の時に双子の姉妹のルナ・ローズブレイドと共にプレンダーガストの超美形の第一王子イングラム、第二王子カーライルと異例の二重婚約をした。
通常、婚約者は一人というのが通例であるが。私達は二対二の二重婚約で、お互いに気に入った相手を選べるという異例の婚約をさせられてしまった。
そしてローズブレイド領主にはもう一人ルナ・ローズブレイドという娘がいた。彼女は大親友の芹沢撫子の生まれ変わりであり、田中大和が転生したレナ・ローズブレイドの双子の姉でもある。
ルナには芹沢撫子の記憶は一切残っていなかったが。反対に妹のレナ・ローズブレイドには田中大和として生きていた時の記憶がはっきりと残っていた。
それというのも10年もの間、心だけを
そんな私達が社交界デビューで訪れたプレンダーガストの中心都市、帝都クラウディオス。その古城の大広間の扉の前にレナ・ローズブレイドは立っていた。先程、姉のルナ・ローズブレイドが大広間へと入って行き、
それはそうだ、あの森の女神のような姉の容姿に驚かない人などいないだろう。そんな姉の後に続いて、今まさにこれから入場しようとしているのだが。地味になるための指輪、略して”ジミーの指輪”を付けている以上、目立つことはないだろう。
これがルナ・ローズブレイドの妹? と違う意味で声が上がりそうだが。そんなの知ったことではなかった。見た目も中身も地味な銀の指輪を付けて、私はいま社交界への最初の一歩を踏み出した――
大広間に出て行くと、そこにはありとあらゆる種族がいた。人間に竜族にエルフ、獣人と見ただけでも数えきれないほどである。特に獣人は角や羽が生えたもの、
社交界という正式な場では正装をするのが礼儀だが、この世界での正装とは種族の特徴を隠さずに表に出した形態のことを指している。
従って正装で現れた彼らは皆その特徴的な部分を
ほとんどの種族は翼や角などの特徴的な部分を体内へ自由に出し入れができる。変身能力のようなものが備わっているのだが。特に獣人は普段もその特徴的な翼や角を体内へしまっていることが多く。一見人間と区別がつかない者が多い。知り合ってみて話をしていたら、実は獣人だった。ということも多々あるのだ。
ローズブレイド領は貿易が盛んで、その関係上獣人をよく見かけるのだがここまでの大人数ではっきりと外見を
「すごい……」
そして何もかもが立派で華やかすぎる大広間には正直なところ気をくれしてしまって、私は入った瞬間から帰りたい気持ちでいっぱいになった。
それに、”ジミーの指輪”の効果は絶大で、入った瞬間から人々の話声がぴったりやんでしまった。これはあれだ、地味すぎてびっくりしてしまって声もでないってやつだ。あの姉にこの妹⁉ である。そう思ってもう一歩前に踏み出そうとして前を向くと一人の青年が立っていた。
正統派王子様といった金髪碧眼の容姿、実年齢以上に年を感じさせる大人びた物腰。好青年のような印象と、堀の深い整った美しい顔に優しい眼差し。
5年経った今でも間違えようがない程の美貌、プレンダーガスト帝国の第一王位継承者イングラム。この5年の歳月を経てその魅力にはさらに磨きがかかり、目があっただけで失神する女性が後を絶たなそうだ。
そして
一見コウモリの翼のような形をしているが、コウモリの
――そう、以前からイングラムが竜族だという話は聞いていた。多種族国家のプレンダーガストは代々竜族の長が帝王として
その帝王の子供である第一王子イングラムと第二王子カーライルも当然同じ竜族の者という事になる。竜族は世界最強の種族として名を馳せているが、基本的に何をするにも秘密主義が徹底されている種族であり。その生態は謎に満ちている。そしてこの二人の王子のように、美しい者が多いとても神秘的な種族なのである。
これは全て両親に聞いた事で実際本人とそういった話をしたことは一度もない。何故ならこの5年の間に第一王子のイングラムと第二王子のカーライルに会う事は只の一度もなかったからだ。
それというのも二人ともこの5年間、魔族との
イングラムとカーライルはその場所で5年もの間ずっと魔族と戦い続けている。2年程前に魔族に占領されたアラバスターを奪い返すのに成功し戦い事態は終結しているのだが、勝利したあとも定期的に魔族の襲撃を受ける事態が続いた。
アラバスターは魔族が住む国とプレンダーガストの間に位置している。国と国の
国境線上に位置するアラバスターは魔族との戦闘で最前線に位置する要なのである。そこで一刻も早くアラバスターを復興させる為にも、二人の王子様は美しい婚約者の双子姫をローズブレイドに残し、アラバスターに留まると決断した。
そう言った経緯から共に戦ってきた多くの
そんな中、今回二人の王子様がプレンダーガストの中心都市、帝都クラウディオスへ戻ってきたのは、美しきローズブレイド家の二人の姫君が社交界デビューする為のエスコート役ということなのだが。主に、ルナの為であることは間違いないだろう。
「レナ姫、お手をどうぞ」
そう言って、優雅に差し出されたイングラムの手にそっと指先をおいて広間へと私は歩き出した。
「エスコート役をどうもありがとうございますイングラム様。お久しぶりですね」
「本当に久しぶりだな。レナ姫は以前も美しかったが今は以前にも増して綺麗になった。明るく宝石のような輝きの青い瞳は泉の女神を連想させる」
美しい人に美しいと連呼されて、ちょっと引き気味だったが。なんとか大人の対応というやつをここ5年で身につけた私は、にっこり笑って社交辞令で切り抜ける。
「いえいえイングラム様。イングラム様こそ、とても立派になられて。もう国中の女性と言う女性がイングラム様に夢中になっていると巷では噂になっておりましてよ? ほら周りをご覧ください。皆あなたと踊りたがっておいでのようですわ」
実際会ってみて、確かにその通り噂は真実でしたと確認してしまったけれど。未来の王妃なんてまっぴらごめんなので、そろそろここら辺で壁際へ移動して。他のご令嬢様方にバトンタッチしてしまいたい。
そっと周りの様子を見ると、先に入ってきたルナとカーライルが少し離れた場所でダンスをしていた。その姿は、まるで一対の花のように優雅で会場の人々を魅了していた。
小声で
「どうぞわたくしのことは、気になさらないでくださいな。先程から熱心にイングラム様をみつめていらっしゃるあちらのご令嬢とダンスでもなさったらいかがかしら? わたくしは暫くしたら壁の花になる予定ですので」
そんな優雅に踊る二人とは対照的な”ジミーの指輪”を装着して限りなく地味になっている身としては、一刻も早く壁の花になりたい。その一心でそう告げたのだが。婚約者としてはそうもいかないらしい。
「……レナ姫、私は他の女性に興味はないのだが?」
そう言ってまたにっこりと笑いかけるイングラムは一向に引く気配をみせない――おかしい、”ジミーの指輪”でとことん地味になって目立たないはずなのに。そうか。きっと婚約者という立場上一曲も踊らずに壁の花にしてしまっては、王子の名誉に関わることなのかもしれない。
「分かりました。では一曲だけ踊って頂けますかしら? その後は、わたくしは大人しく壁の花になりますので、どうぞルナや他のご令嬢と楽しんでくださいな」
そう言ってイングラムの方へ顔を向けると、イングラムは少し怒ったような顔をしていた。
あれっ? 何か不味いこと言ったかな?
焦ってもう一度イングラムの顔をみたが先程の怒った表情はなく、いつもの優しい微笑みにもどっていた。気のせいだったのだろうか。小首をかしげてイングラムを見つめていると。
「ではレナ姫。私と踊っていただけますか?」
「はい、喜んで」
美しく優雅に差し出された手に、再び手を重ねてダンスの広間へと繰り出した。
*******
転生を嫌がる私を転生させる為の交換条件である3つの願い事、その最初の願い事は”超一流の旅芸人スキルがほしい! ”だった。
なんせ、どんな場所に転生するのか全くもって分からないのである。どんなに恵まれない不幸な環境に転生しても生き延びる為のスキルがほしいと思った。そこでいろいろと考えた挙句、思い出したのはあるファンタジー小説だった。
旅芸人の主人公がナイフ投げや踊り、はたまた歌を
旅芸人のスキルは兎に角重宝する。身を守るのに必要な武器を日常的に芸として扱い、私の苦手な踊りや歌をなんなくこなし魅了する。色仕掛けで相手を油断させて危機を脱したりして。そのうえ腕は一介の冒険者にも引けを取らないのだ。こんなに素晴らしいスキルは是非手に入れたいと思い一つ目の願い事にした。
そうして転生するための条件として、残りの二つを含めた3つの願い事をお願いしたわけなのだが――このスキルは常時使用できるという便利な代物ではなかった。スキルを使いたい時は毎回頭の中に表示されるスキル項目を選択して発動させないと使えないというちょっと不便な代物だった――
発動時間は特に限定されていないので常時発動しっぱなしも可能なのだが、如何せん頭の中にスキル項目が表示されて流れっぱなしの状態になるので常に戦闘モードみたいな感じがして落ち着かない。必要ない時は切るようにしている、何というかONとOFFの切り替え作業に似ている感じだ。
ちなみにスキルの発動は別のスキルと同時に発動する事も可能だ。その場合、頭の中にスキルを発動した分だけ項目が表示されて流れてくるわけなのだが、3つ同時に発動すると項目が多すぎて流石にちょっと混乱する時もある。
そして丁度そのスキルを使う良い機会が訪れた。先程イングラムからダンスのお誘いを受けたのだ。
第一のスキル、超一流の旅芸人スキルを使って澄ましているその余裕たっぷりの顔を少し驚かしてみたいという
「イングラム様すみません。先にあやまっておきますわ」
「レナ姫?」
突然私に謝られて、
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