遠い先の未来で――

 全速力で精霊体の体を飛ばしたレナは、村まで一分もしないうちに到着した。上空から村の中を見ると何やら騒ぎが起きていた。ある部分を中心に輪のように丸くなって村の者達が集まっている。

 手を振り上げるような仕草。きらめく物体が宙を舞い、中心に向かって投げ出されていた。輪の中心にいるのはメビウスだった。メビウスは顔を庇うようにして両手を翳し、服はところどころ赤い染みが広がっていた。

 レナはとっさに魔力を使って実体化すると、石を投げつけられて小さく縮こまったメビウスの前に躍り出すと、第二のスキル、全ての言語を操るスキルを発動して全ての言語の源”ゴッドスペル”で烈火のごとく激しい怒りを込めて声を張り上げた。


『やめなさい!』


 レナは両手を広げて幼いメビウスの前に立つと改めて周りを見渡した。

 何だ、このゲームの世界の迫害イベント的な展開っ! 冗談じゃないぞ!


「何だお前は⁉」


 周りを囲っている者達が口ぐちに戸惑いの声を上げる。


「青い目だと⁉」 


 戸惑い狼狽ろうばいする声が彼方此方あちらこちらから聞こえてくる。どよめきが起こる中よく見るとここにいるのは皆、茶色や灰色の色彩の者ばかりだ。茶色や灰色の色彩が一般的で目立った色彩を持つ者がいないのが人間の特徴だ――どうやらここは人間の国のようだった。


 レナの容姿は、髪は少しくすみがかった灰色、瞳は明るすぎるライトブルーの碧眼。灰色の髪は人間と同じ特徴だから良いが、明るすぎて半ば蛍光色のようにも見える瞳はことさら目立ったらしい。

 それでもいくら人間の国で他の種族があまりいないからって、レナの青い瞳を見てここまで過剰反応されるのはおかしい。何て閉鎖的な場所なんだとレナは思った、そしてある一つの考えが頭を過ぎった。


 まさかとは思うけど――この世界にはまだ人間以外の他の種族が存在していないの⁉ ちょっとまって、人間以外の種族が存在しない時代ってたしか、五千年位前にそういう時代があったとか聞いたことがある。ってことは元の時代のメビウスは五千歳を超えているってこと⁉


「さてはお前も沈黙の魔獣に呪われた者だな!」

「妙な言葉を使いやがって!」

「出ていけー!」


 人々は口々にそう言って理不尽な思いをレナとメビウスに浴びせると、血走った目で再び石を手に取り投げつけ始めた。咄嗟とっさにメビウスを抱きしめてかばうと、全身の至る所に石が当たって血が流れ出す。

 ガッと音を立てて頭に石が当たった。流れてきた血が目に入って少し視界が悪くなったが、なんとか片目だけは使えそうだ。メビウスの様子が心配ではっきり見えている片方の目で腕の中にいる彼を見ると。全身彼方此方がボロボロで血が滲んでいたけれど、特に目立ったような酷い傷はないようだった。


 少しだけホッとしてぼんやりとした目つきでレナを見る幼いメビウスの顔を撫でた。レナは放心状態で動けなくなっている幼いメビウスを少しでも安心させてあげたかった。


「……大丈夫だよ。大丈夫だから」


 そう言ってにこっと笑って見せた。顔からは血が流れているしちょっとしたホラーだろうけど。

 レナの血がメビウスの顔にポタッと落ちて頬からスゥーと流れ落ちて行く。その血の温かさにハッと意識が戻ったようにビクッと身を一瞬身をふるわせて、思い出したようにメビウスの時間が流れ出した。

 そして食い入るようにレナを見ると。幼いメビウスの顔が怒りと憎しみに歪んだ。


 ………許せない………


「――――――――――ッ!」


 突如とつじょ、メビウスの全身から黒い炎が立ち上った。血が逆流するような憎しみにも似た怒りが黒い炎を爆発させて、その激しい勢いのままに辺りを渦巻き飲み込んでいく。

 どうやらメビウスの中に眠っていた、沈黙の魔獣の力が今回の事を切っ掛けに目覚めてしまったらしい。

 黒い炎を操るメビウスの顔からは子供のような幼さは一切消えていた。冷酷で残忍な、凍てつくような眼差しで憎しみのままに村人達を攻撃して追い詰めていた。

 今までの村人からの非情ともいえる仕打ちと大切な母を失った事の寂しさやそういった諸々がメビウスをこんなにも追いつめてしまったのだろう。


 でもこのままでは、村人全員を殺してしまう! そんなことは――絶対にさせてしまってはだめだ! 


 レナは痛む体に鞭打ってメビウスを後ろから抱きしめる形でグッと抱きついた。

 憤りに我を忘れているメビウスの発する黒い炎がチリチリとレナの髪をチリチリと焼いて抱きついた両腕にも黒い炎が巻きついた。全身が熱いそれでも離す訳にはいかなかった。

 レナはその小さな体をしっかり抱きしめてフワッと空に向かって浮上した。暴走する黒い炎から悲鳴を上げて逃げ惑う人々も、空に浮かんだレナとメビウスに驚いてその動きを止める。


「――レナ⁉」


 メビウスの戸惑うような声が聞こえた。

 少しの間空を飛んでレナとメビウスはエレノアのお墓に戻ってきた。フワッと地面に降りる。


「レナ! レナ! 傷を見せて!」


 地面に降りると間髪入れずにすごい勢いで顔やら手やらあちこち掴まれた。


「メビウス⁉ 大丈夫よ大丈夫だから落ち着いて! 頭部の傷は出血が多いものなのよ、見た目はちょっとすごいけど私はたいした事ないから! それに火傷もそうたいしたことないし。それよりもメビウスの怪我を確認させてお願い」


 ね? そう言ってメビウスの体を見ると、彼の方こそ全身擦り傷と打撲だらけで悲惨な状態だった。改めて全身を確認したところ、傷は多いものの軽傷がほとんどで後に障害が残るような酷い傷はない事が分かりやっと安心した。

 優しくメビウスの頭を撫でながら、レナは穏やかな表情を浮かべた。心配そうに眉間に皺を寄せて見上げてくる漆黒の瞳から一筋の涙が落ちた。こぼれ出た一筋の涙を優しく指で拭って確かめなければいけないことを思い出す。


「……ねえメビウス、教えてほしいことがあるの」


 レナの真摯な様子に幼いメビウスはコクリと頷いた。

 この時代には人間以外の種族がいないのか――ここは何時の時代なのを確かめなければならなかった。ボロボロの二人は一先ずお墓の前にゆっくりと腰を下ろして、少し休憩してから話始めた。


 メビウスの話によると、どうやらこの世界にはまだ人間以外の他の種族が存在していないのは本当らしい。レナの青い目もメビウスの漆黒の髪と瞳もこの時代では異端者以外の何者でもなかった。それなのにメビウスは目の色が青いレナを見ても、それを問い詰めるような真似はしなかった。

 ただ話をしに来ただけ。当然、旅芸人で仲間とはぐれたなんて嘘もバレバレで、何処の誰かも素性も一切謎の不審者以外の何者でもないレナをそれでも何も聞かずに受け入れてくれたのだ。今思えばメビウスは一切人間の話をしたことが無かった。

 レナが傷つくことが無いように、知ることがないようにずっと何も言わない事で守ってくれていた。


「メビウスは何のために村に行ったの?」


 たまに村から帰ってくると軽い擦り傷や切り傷を作ってくることがある事は知っていた。沈黙の魔獣に呪われた者だと何か言われたり、非難を受けることがあるのだろうと薄々勘付いてはいたのだ。けれど今日のようなここまで酷い迫害を受けることはなかったはずだ。


「……母さんのお墓をやっぱり村の墓地に入れてほしいって頼みに行ってたんだ」


 せめて生まれ故郷の村の墓地に埋葬したいそう言ってたよね。


「そっか……」


 レナは相槌あいづちを打つとその後は何も聞かずに無言のまま幼いメビウスの頭をポンポンした。


「……ねえ、レナはどうして村に来たの?」


 不思議そうな顔をしてメビウスは尋ねた。


「ああ、それはね。エレノアさんが教えてくれたんだよ。メビウスを助けてって」


 お墓の方を見てレナは答えると第一のスキル、超一流の旅芸人スキルを発動させてレナは鎮魂歌を歌い出した。確か大好きなアニメの中で大切な人を想って鎮魂歌ちんこんかを歌うシーンがあったけ。こんな感じだったかな? と思いながらレナは自分の中で最大限に優しい声を出して歌った。

 暫くするとスウッとお墓から精霊体のような形状の女性が現れた。灰色の髪と瞳を持つ彼女は瞳の端が吊り上がっていて、それが全体的にきつめの印象を与えていたが、ハッキリした顔立ちのきつめ系美女。メビウスのお母さんエレノア。


「……母さん……?」


 エレノアはコクリを頷いて両手をメビウスへ差し出した。差し出された腕の中に幼いメビウスは飛び込むと一頻泣いていた――

 そんな二人を眺めて思わず涙腺が緩む。


 <……ありがとうレナさん>


 エレノアは繊細で美しい物腰で温かい眼差しをレナに向けた。


「レナでいいですよ。エレノアさん」


 くすっと笑ってエレノアは女性らしい咲いた花のような華やかな笑みを浮かべた。


 <……私の事はエレノアと……レナありがとう……>


「私もメビウスの事、教えてくれてありがとう」


 お墓に置かれた彼岸花に似た赤い花。彼岸花の言葉は”悲しき思い出”。レナはここの時代に来た時に花畑で見かけたある花を思い出していた。

 転生前の世界にもあった花にとても似ている花。本当の名前は分からないけれど、レナは花畑からその花を一輪摘んでエレノアの腕の中にいるメビウスに差し出した。色は青や淡紫にも見える菊の花のような形をした小さい花。


「私が前にいた世界にも似た花があるんだけど。名前はシオンっていうの。花言葉は”あなたを忘れない”それと”遠い人を思う”っていう追想や追憶の花なんだよ」

「シオンの、花……」


 シオンの花に似た名もなき花をメビウスは受け取ってエレノアに差し出した。エレノアはその花を受け取ると天使のように穏やかで優しい雰囲気を纏って空へ登っていく。そして次第にその姿は光の粒のようにキラキラ輝いて消えて行った。

 初めてこの時代に来たときに見た空に漂う光の粒。キラキラと漂っていたあれは亡くなった者の魂の輝きだったのだとレナは気が付いた。


「……前いた世界? レナ——君はいったい……?」


 静かに母親を見送って、それから困惑しきった面持ちでこっちを見たメビウス。

 そんな彼に、にっこり笑ってレナは幼いメビウスの胸元へ手を翳した。翳した先から白い光が漏れ出して、辺りを照らす。白い光が消える頃には幼いメビウスの体から傷が完全になくなっていた。

 そして、ポケットから”ジミーの指輪”を取り出すとメビウスにそっと手渡した。どうやらこの時代に来た時に”ジミーの指輪”も一緒に付いてきてしまったようなのだ。


 ずっと地味に目立たず穏やかに暮らしたいと思っていた。臆病で怖がりでだからどうしても手放せなかった”ジミーの指輪”。だけどこの指輪は異端の目で見られるこの時代に生まれてしまった彼が持っているべきだと思った。

 この半年の間、ずっと一緒に傍にいてくれたメビウスはレナの中で手放す事が出来ない位とても大きな存在となってしまっていた。大切な可愛い弟のような存在でもう家族同然だった。

 これからもきっと異端の目で見られて沢山辛い事があるだろう、だけどメビウスには諦めないで幸せに生きてほしかった。


「これはね。”ジミーの指輪”っていうの。存在が薄れて目立たなくなって気配を消してくれる魔法の指輪なんだよ」


 見た目も、中身も地味な銀の指輪、”ジミーの指輪”を小さな手の中に閉じ込めるようにして握らせた。


「……魔法の指輪」

「それと、私がいる時代では人間だけじゃなくて他にも沢山の種族がいるの。だからそれまでどの位の時間が掛かるのか分からないけれど、希望を捨てないでほしい。諦めないで幸せになってほしいの……」


 無責任な事を言っているのは重々分かっていた。何年掛かるのか分からない事をこんなふうに押し付けるなんて傲慢だ。だけどそれでもレナは言わずにはおれなかった。


「……レナはこの時代の人じゃないの?」

「うん、私の名前はね。レナ・ローズブレイド。アラバスターの隣にこれから出来る国、プレンダーガストで生まれるんだよ」


 そう言うと体が徐々に光始めた。ああ――ついに元の時代に戻る時がやってきたのだ。徐々に光始めた体は淡く白い光の粒へと変わっていく。


「もう元の時代に戻らないといけないみたい……」

「レナ!」

「……大丈夫だよまた会えるから。だってメビウスはもう私の大切な家族だから」


 ――今から遠い五千年後の未来で必ず会えるからだからこの別れを悲しまないで。


「僕は必ずレナを見つけ出すよ! だからそれまで待っていて! 僕の事を忘れないで! 僕は絶対に諦めない……だって、君こそが僕の帰るところだから……」


 あまりにも遠過ぎる未来――だけどあなたはちゃんとそこにいる。だから大丈夫だ。


「……うん待ってる」


 その言葉を最後にレナは幼いメビウスの前から消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る