新たな火種の発生――

 アラバスターは本来、中立国であり中立地帯としてプレンダーガストと魔族の国そのどちらの国にも属さない二つの国境線上に位置する小国だった。それが国境線上のアラバスターと言われる所以ゆえんであり、そこは元々緑豊かな精霊の国だったのだが――魔族の侵略にあい不毛ふもうの地となり果てた。その後、魔族に侵略されたアラバスターを取り返す為、イングラム達が派遣された。


 イングラム達は戦いに見事勝利しアラバスターを奪い返したのだが、魔族との戦いに勝利した後も定期的に魔族の襲撃が続き、いまだに戦いは続いている。

 アラバスターは魔族との戦闘で最前線に位置するかなめ。その事態を重く受け止めたイングラムとカーライルは勝利した後も復興に力を尽くす為、アラバスターに留まった。


 イングラムは魔族との戦闘でも常に司令塔として全体を指揮していた竜族の王子であり、精神的な主柱しゅちゅうでもあったのだ。そのイングラムが魔族に囚われてしまい――その後一ヶ月間、カーライルは寝る間も惜しんで必死に兄の行方を探していた。顔色は青白くその美貌びぼうには疲労の色が濃く現れていた。


「兄上、何処にいるのですか?」


 つぶやく声は弱々しく途方に暮れていた。

 アラバスターには復興作業の手伝いで多くの種族の王族や貴族が集まっていた。それも皆武勇に優れ叡智えいちを総べる百戦錬磨ひゃくせんれんま強者達つわものたち捜索そうさくしているにも関わらず、一向にイングラムを探し出すことができないでいる。焦りと一向に成果のないことへの苛立いらだちがつのる。


「くそっ!」


 壁に拳を叩きつけて、何も出来ない自分に腹が立った。世界最強の竜族で王族の血筋のものが何故こうも簡単に手玉にとられ、手も足も出ない苦境に追いやられたのか。

 そんなことはあってはならない。けしてあってはならないのだ。深い絶望にも似た感情に押し流されそうになった。


「カーライル様?」


 聞き覚えのある優しい声がした。ローズブレイド領主の双子の片割れで、悪戯好きな美しい新緑の瞳の姫君。ここにいるはずのない人。

 イングラムが囚われたとの知らせを手紙に書いて使者に託し送り出してからまだ一週間程しか立っていない。そろそろ着いたころだろうとは思っていたが、話を聞いてから旅立ったとしてもまた一週間かかる距離だ。いくらなんでも到着が早すぎる。


「助太刀に参りましたわ」


 振り向けば、明るい新緑しんりょくの若葉のような緑の瞳を輝かせ、にっこり笑ってカーライルに手を差し伸べたルナが立っていた。


「……ルナ? 何故ここに――」


 信じられないといった様子のカーライルに、ルナはおちゃらけた様子で片目をつむると。人差し指を立てて悪戯いたずらっこのような顔をした。


「だってカーライル様には私が必要でしょう?」


 ふふっといつもの調子でルナはカーライルに微笑むと。


「私達がきたからにはもう安心ですわ。イングラム様は絶対に見つけ出します。だからそんなに自分を追い詰めないでくださいな」


 大丈夫ですから。そう強い眼をして目の前に立つルナに、カーライルは半ば呆然としたまま呟いた。


「……君は、いったいどんな魔法を使ったのですか?」

「魔法ではありませんわカーライル様。レナのお友達の竜に送って頂きましたの。でも同じ竜の翼とはいえ、わたくしは出来ればカーライル様に迎えにきてもらいたかったですわ」


 ルナはあんに何故もっと早くに教えてくれなかったのだと非難の目を向けた。一ヶ月もの間なんの連絡も寄越さずに、一人奮闘しているカーライルを想うだけで胸が痛む。


「それは……すみませんでした。……それにしても竜のお友達とはいったい?」


 カーライルは素直に謝罪し頭を下げた。ルナと話ているうちに苛立ちは綺麗さっぱり消えていた。気付けば心は軽く、スッと気持ちが楽になっていた。


「その子はあとでレナに紹介してもらいますわね。それに先程からレナを広間でまたせておりますの。大切なイングラム様が行方不明で怒り心頭なうえに、心配で心配で今にも爆発しそうなレナを待たせると後が怖いですよ?」


 困惑するカーライルに、ルナはウインクして楽しそうに微笑んだ。




 *******




 その頃、アラバスターの古城にある大広間では大勢の種族が集まっていたのだが。そこではちょっとした規模の戦闘にも見える乱闘騒ぎが起こっていた。


 不平不満を吐き捨て罵り殴り合う。普通の一般的な民間人ならばたいした事にはならない、テーブルやら椅子を破壊して青痣あおあざを作る程度で終わるだろう。

 が、ここアラバスターの大広間に集まっている者は皆戦闘のプロだ。ちょっとした乱闘騒ぎも傍から見ると、本格的な戦闘行為にしか見えない。それこそ巻き込まれたらちょっとした怪我どころではすまされない、命すら危ういような状況だ。

 元をただせば、一向に成果のでない捜索と世界最強の種族である竜族の王族が囚われたことで不安が伝染し、ついには爆発したといったところだろう。


 元々彼らがここに集まったのはたまたま鉢合わせした訳ではなく、到着したばかりのレナとルナの様子を伺いに来てくれたのだ。

 レナとルナは一応ローズブレイド領のお姫様であまり自覚はないがかなり身分が高い。そして世界最強の種族である竜族のイングラムとカーライルの婚約者でもあるのだ。到着後の挨拶伺いもそれ相応の身分のものが来ることになるのは当然で。

 そうしてそれぞれの種族の王族やら貴族やらが集まってきたのだが――


 ルナがカーライルを迎えに行ってから少しの間、それぞれの種族の代表と思しき者達が共通言語を使って話かけてきた。どうやら指揮系統のものは全員、共通言語ができるようだ。

 その配下の者達はやはり共通言語を認識してはいないようで不思議そうな表情をしていた。指揮系統同士で共通言語での話合いが成され、それを上から下へ伝達する形で、多種族達間での連携がとられているようだ。

 始めは自分達の力のなさを悔いるように、レナに謝罪しイングラムを全力で探し出すと言って。レナの不安を少しでも和らげようと気遣う素振りを見せていたのだが。話をしている内に段々と雲行きが怪しくなってきた。


 一番始めに喧嘩を吹っかけたのは、エルフ族の若者だった。この世界のエルフ族は普通、茶髪に茶の瞳をしているのだが。彼は長い金の髪に金の瞳と異なる容貌で、年齢は17、8位に見える。美しい者が多いエルフ族の中でも特に目立っていた。名前はジークフリートと名乗っていた。

 エルフ族の王族や貴族はそのような容貌をしていると聞いたことがある。レナとルナの父ルークも同じエルフの中では異なる容貌をしている。長い銀髪に緑の瞳、あまり詳しいことは知らないのだが、父ルークも確か貴族の出だったはず。

 他のエルフ族がジークフリートを中心に後ろに控えている様子と、その立ち位置から察するにエルフ族の中でも相当に高い身分の者に間違いない。


 そしてそのエルフ族の若者達の前には、獣人達がいたのだが。その中でも一際大きくて強靭な肉体をしているとても立派な風貌、見た目は25、6といったところだろうか。その巨体の割に顔は小さい。濃い茶色の髪と瞳、彼の瞳は少し黒目の範囲が多いように見えた。ハスラーと名乗った獣人はなんとも迫力のある、そして威圧感が半端ない美丈夫びじょうふだった。

 そしてあろうことか、ジークフリートは目の前にいるハスラーに向かってエルフ語で言い捨てたのだ。


 <<吠えることしか能のない獣人風情が、叡智えいちを誇る我らのように少しは頭を働かせたらどうだ? まあない頭をいくら働かせても、出てくるものは高が知れているが。>>


 馬鹿にしたように鼻で笑い、口の端を歪めるジークフリートとその取り巻き達。そしてそれを黙って聞いていたハスラーは、とても落ち着いた様子で淡々と獣人の言葉で言い放った。


 <<口先ばかりで少しも動こうとしない見かけも中身も若造の腰抜け共が。無能な子供はさっさと家に帰って母親にでも甘えてきたらどうだ? といってもその母親もお前達と同じで何時まで経っても姿は若いままだったな。似たような外見の母親に思う存分甘えてくるがいい。>>


 ハスラーと取り巻く獣人達は声に出して笑うことはしなかったが、全員ジークフリートと達を見下すような視線を送っていた。

 おそらく互いの言葉を理解できているのは一握りの者だけだろう。少なくともジークフリートとハスラーは指揮系統クラスなので言葉は通じている。レナは第二のスキル、全ての言語を操るスキルを使っていたので理解できていた。


 この場にいる全員が言葉を理解できている訳ではない、けれど分からなくても雰囲気や様子で悪口を言われているというのは分かるものなのだ。どちらから先に手を出したのかは定かではないが。ハスラーが言い終わると同時にまるで火がついたかのように、一斉に喧嘩とは名ばかりの本格的な戦闘行為が開始されたのであった。


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