旅立ち、戦いの地へ――

 早々に準備を整えると、レナとルナは寂しそうに見送る両親を背にアラバスター行きの馬車へと乗り込もうとしていた。


「それでは行ってきま――」


 両親に声を掛けようとした時、バサッという大きな音と共に空から大きな黒い影が落ちてきた。大きな黒い影の風圧で地面から砂埃すなぼこりが舞い上がり視界をさまたげる。少ししてようやく風が治まると、レナとルナの前には巨大な生き物がいた。

 それは全身を白いウロコにおおわれていて、爬虫類はちゅうるいのような光沢を放っている。指先には鋭いナイフのような巨大な鉤爪かぎづめが顔を出し。背中には一対の大きく強靭きょうじんな翼。長いしっぽはむちのように地面を叩き砂が舞い上がった。逆光ぎゃっこうで黒く見えていたものは、全長10メートル以上はある巨大な白い竜だった――


「リントヴルム! 良かった。来てくれたんだね」


 レナは白い竜へと両手を伸ばした。リントヴルムと呼ばれた白い竜は嬉しそうにしっぽをぶんぶん振り回して、砂埃すなぼこりを上げると。レナの方へその鼻先を差し出した。その鼻先を優しくなでて鼻先に軽くキスをした。


「この子はね。友達のリントヴルム」

 なんでも2年ほど前にローズブレイド領内の森を散策中。怪我をして動けなくなっていた子竜を発見し。とりあえず手当して助けて食料もずっと運んで行って暫く世話をしていたそうだ。

 結果、すごくなつかれてしまい。レナを親同前と思っているらしく怪我が治った後も呼べばいつでもレナのところへ飛んできてくれるようになった。とレナはルナ達に説明した。


 見つけた時は両手にスッポリ収まるようなサイズでまだ赤ちゃん竜だったのだが。この2年の間に10メートルを超す巨大な白い竜へと成長したそうだ。念のため本で調べたところ。このサイズでもまだ成長途中ということで、これからもっと大きくなるようだ。

 そして白い竜はとても珍しい。竜は緑や青と言った色が主流なのだが。いったい何の種類の竜なのかはレナにもまだ分かっていないそうだ。


 ルナはその説明を聞いている途中であることに気が付いた。説明している間、リントヴルムはしきりにレナにグルグルと何やら話かけているように見えたのだ。そしてレナもそれに頷いたり、笑ったりしていてリントヴルムの言いたいことを分かっているようなそんな感じがした。


「もしかしてレナはリントヴルムの言っていることが分かるの?」


 ギクッとして体を強張こわばらせながら振り向いたレナ。


「えっとー。その、何となく? そう、何となく分かるんだ」


 えへへへへとぎこちなく笑うレナ。嘘だと言うことはすごくバレバレなのだが、これ以上追及してもレナはあらぬ方向を向くか、ひたすらに黙ってしまうだろう。ルナはレナの性格を熟知じゅくちしていた。


「分かったわ。今回はそういうことにしておいてあげる。いつかは教えてね?」


 ため息をつきながら仕方ないわねと困った様子のルナ。

 レナは竜と会話が出来ることをなるべく知られたくなかった。竜と話が出来るのは竜族のものだけで、他種族では言葉を理解することはできない。

 何故レナが竜と言葉を交わすことが出来るかというと。転生する際の3つの願いの内の一つに関係があるからである。

 

――転生を嫌がる私を転生させる為の交換条件である、2つ目の願い事。それは”全ての言語を操るスキルがほしい! ”だった。


 何故そんな願い事にしたかというと、理由は至極しごく簡単で。転生前の田中大和は英語が超絶ちょうぜつ苦手だったから、新しい転生先でも言葉で苦労したくない。という理由だった。


 今回竜と話ができるなどと言ってしまったら、当然何故話ができるのかを聞かれる事になる。そしてそれを説明するには転生するための条件である、3つの願い事についても話さなくては筋が通らなくなってしまう。

 そうなるとルナの転生前が大親友の芹沢撫子せりざわなでしこだったことや、レナの転生前が田中大和たなかやまとだったことなど。多岐たきにわたってお話ししなければいけなくなり。とても面倒な事態になることはけられない。


 第一、それを信じてくれるかも怪しい。普通に考えてあなたの転生前を知っているなんて言われて、そう簡単に信じるものがいるだろうか? 私だったら多分間違いなく引いてしまう気がする――こうして今回のことは間違いなく、レナの触れたくない話題のベストテン入りを果たしたのだった。そしてとても長ーい沈黙のあと。


「…………うん」


 多分ね。とは口にせず、ようやくレナは首を縦に振ったのだった。


 今回の旅には同行を申し出た者が二人いた。一人はアラバスター行きを聞いた茶髪美人のメイド長、エミリーである。当然私も姫様に付いていきますと言い張って、無理やり乗り込んで来たのだが。それはなんとかルークとマグダレナに止めてもらった。


 エミリーは「姫様~」と半泣き状態で、ハンカチで目元を押さえながらシクシクとレナとルナを見送ることとなった。

 同行者としてエミリーがいてくれれば心強いと思っていたのが、残念なことに白い竜のリントヴルムはまだ子供で、長時間四人の大人を背に乗せて飛び続けることは出来そうになかったのである。


 レナもルナもローズブレイド領の姫として大切に育てられてきたが、自分のことは自分で出来るようにとの両親の強い意向で、大抵の事は一人で出来るように教育されていた。だから、二人ともエミリーがいなくても身の回りの事は何でもできる。護衛はアラバスターについてからカーライルに付けてもらえばいい。

 そして同行を申し出たもう一人の人物は料理長のスミス。ちょっとふくよかな体型と純粋な子供を連想させる、透き通った青い瞳。背が低く白髪交じりのちょび髭がチャームポイントの御年55歳。


 キャラ的にはお笑い系にでも出てきそうな、個性あふれるドワーフのような容姿。そして冗談半分でそう言ってみたら本当にドワーフだったという。なんとも間の抜けた話である。

 話し方はぶっきらぼうなのに、作るお菓子はとても甘くまるで本当の孫のようにベタベタに甘やかしてくれる。私の心のオアシスであるスミス。

 彼もまた、魔族との交戦で荒れ果てた土地に、大事な姫様達を送り出すなんて心配で待っていられないと申し出てくれたのだ。第一、お菓子がないと死んでしまいそうなレナには自分が付いて行ってやらなければ。

 スミスはそう言って最後まで引きそうになかったのだが、こちらも最後はルークとマグダレナに説得されて渋々了承してくれた。かわりに大量のお菓子を持たせてくれたので、当分はこれでなんとか凌げそうだ。


 ローズブレイドからアラバスターまでは通常、馬車で1週間程かかる距離にある。その距離も白い竜のリントヴルムに乗れば3時間程で到着する。あっという間だ。


「それでは行ってまいります」

「行ってくるね!」


 レナは元気に白い竜のリントヴルムの背から手を振った。リントヴルムの翼がバサバサと音を立てて広がり、強靭きょうじんな足が大地をった。巨大な体躯たいくが空へ浮かぶと辺りをまた砂埃すなぼこりおおった。


「気を付けて……」


 祈るように胸の前に手を組むマグダレナと、隣でマグダレナの肩にそっと手を置いてよりそうルーク。その後ろにはハンカチで目元を押さえるエミリーと渋い顔で心配そうに見つめるスミス。大切な人達をローズブレイド領に残してレナとルナは婚約者を救う為、白い竜のリントヴルムの背に跨る。

 戦いが続く地へとレナとルナは旅立った。

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