第21話 エピローグ
○七日後 夕刻 大黒屋 離れ夫婦の部屋
りさが産んだ赤子を抱く龍之介。髪の毛はきちんと髷を結い、月代を剃っている。潮五郎が誂えた黒地に、紅葉の柄の着流しがとても映えて美しい。
布団の上に座り、憮然とした表情のまま、我が子を抱く龍之介を見つめるりさ。
龍之介「すまんかったな。俺らのせいで、予定より早よう生まれてしもうた」
龍之介、りさに赤ん坊を返す。
龍之介「名は、なんと?」
りさ「お兄ちゃんの幼名をもらったわ。直太朗っていうの」
龍之介「……直太朗」
龍之介、墨と硯を取り出して大きな半紙に【直太朗】と書き記す。
りさ「相変わらず、綺麗な字」
龍之介「店のチラシ、しばらくは作ってやれんな。案内状も、張り紙も」
りさ「浅草に、小間物屋の大成屋さんがあるでしょう。あそこの旦那さんが高齢で、跡継ぎもいなくて……あと三年くらい、やりたいだけ店をやったら、閉めるんですって」
りさのいいたいことが分からず、首をかしげる龍之介。
りさ「おとっちゃん、三年経ったらその店を買うんだって」
龍之介「へえ(さして興味なさそうに)」
りさ「あんたの店よ」
龍之介「俺の?」
りさ「大坂で罪を償えば、あんた、姿を消すつもりでいたでしょう。そうは問屋が卸さない。もう手付けだって払ったんだから、絶対帰ってきなさいよ。(龍之介を見つめ)じゃないとおとっちゃんが、大坂の奉行所まで迎えに行くって言ってるわよ」
龍之介「か、かんべん! 帰ります。自分でちゃんと帰ってきます」
障子が開いて、阿津と哲治郎が入ってくる。
哲治郎の腕が吊られている。
龍之介「どないしたん、それ(哲治郎の怪我を指さして)」
哲治郎「ああ、これ? さっき、赤蛇の残党狩りの途中で強盗を見かけたもんで、引っ捕らえようとしたら乱闘になってな。折れたんだ(顔色を変えず)」
りさ「また!? 小石川には行ったんでしょうね」
哲治郎「骨折くらいで大げさな……」
りさ「大げさじゃありません!!」
りさの大きな目からこぼれる。りさの涙を見て、テツジはうろたえる。
阿津が溜息を吐く。
阿津「哲治郎。そなたの人を助けたいと思う気持ちは正しい。ですが、りさはその度に傷つくそなたを見て、心を痛めていたのですよ。そなたの背中の般若。りさの心は、常にその、哀しいお顔をしています。自分の背中の般若は見えまい? それと同じく、りさの心のお顔を、そなたは見ていなかったのではないですか?」
哲治郎、しばしの沈黙。
哲治郎「……ごめん」
りさが、哲治郎に目を向ける。
哲治郎はりさを抱きしめる。
阿津「あとは、お前達で話し合いなさい」
阿津は直太朗を抱き、龍之介を促して部屋を出る。
○同 渡り廊下
直太朗を抱いたまま、大きく溜息を吐く阿津。
龍之介「母上」
阿津「(龍之介を振り返り)なんです? 龍之介」
龍之介「俺が大坂にいってるあいだ、うちの姉ちゃんと兄ちゃんと……お華を、よろしくお願いします」
阿津に、頭を下げる龍之介。
阿津「……お前が帰ってきたら……だいふくを、たらふくごちそうしましょうね」
龍之介「はい」
阿津、微笑みながら夕焼け空を見上げる。
龍之介も、阿津と同じく空を見上げる。
夕焼けと同じく……庭の紅葉の葉っぱが赤い。
外はいつしか暗くなり、やがて美しい星々と満月が、江戸の街の夜空を飾る。
いろはもみじ TACO @TACO2016
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