第13話 弟
○同日 同刻 潮五郎の部屋
上座に座る潮五郎。
対面にりさ、哲治郎、龍之介。
潮五郎「ええ? りさが、私の子じゃない?」
哲治郎とりさが頭を下げる。
りさ「今まで黙っててすみませんでした」
潮五郎「(腕組みをしながら)なんだお前、おかえから聞いてたのかい」
りさ「え? おとっちゃん、知ってたの?」
潮五郎「そりゃあ、おとっちゃんは仕事でなんどもお奉行所の若様にはお会いしてるからねえ。若君が小さい頃の方が、もっとお前に似てたんだよ。他人のそら似にしては似すぎていると思っていたら、お前が十四の頃に、おかえがもしかするとりさは
りさ「知ってたなら、なんで言ってくれなかったの」
潮五郎「おかえは、お前を孕んでいたことを知っていて、私に嫁いできたわけじゃない。若君をお見かけするまでの十四年間、おかえは私の娘を産んで、育てていたつもりでいたんだ。それに、お前の性格じゃあ、もし自分がこの家の娘じゃないと知ってしまえば、出て行くしかなくなるじゃないか。どうせ今だって、龍之介に後を譲って、家を出ていく算段でこうして頭を下げているんだろう。誰が好き好んで、十何年も手塩にかけて大事に育てた跡取り娘を、手放そうと思うんだい」
りさ「でも……おとっちゃん。おとっちゃんには、龍ちゃんが……」
左の頬を大きく腫らせた龍之介が潮五郎に頭を下げる。
潮五郎「確かに、私には龍之介という子がいたよ。(首の後ろを手で叩いて、龍之介に向き直る)男だったら龍之介。女の子だったらおりさ。龍之介、お前の名前は家内のおかえが決めた名前だよ」
龍之介「じゃあ、おかえ様も、俺のことはご存知で?」
潮五郎「もちろん知ってるよ。この離れで
龍之介「おかんのいいそうなことです」
龍之介、恥ずかしげにうなだれる。
潮五郎「だが、おつゆは字が読めないし、そろばんも弾けない。気が強くて、寄り合い衆の女将さん方ともしょっちゅうケンカになった。それで、わたしの父親を怒らせてしまった。それでも妾はどうしてもイヤだというので、仕方なく離縁させてもらったんだが、まさか、亡くなってしまっていたとはね……」
潮五郎、龍之介の前に手をつく。
潮五郎「本当に、すまなかった。お前には苦労をかけたね」
龍之介「お父はん……」
潮五郎「(今更だけど、親子の名乗りは上げさせてもらうよ。龍之介には分店を任せようかと思ってるんだ」
りさ「分店?」
潮五郎「ほら、テツジがこの間、うちの蔵にあった茶碗やら草履やら、要らない在庫を一つ二十文で売りに出しただろう。大盛況でねえ。うちや、他所の御店が抱えた在庫品を、格安で販売する店を作ることにしたんだ」
りさ「
潮五郎「そういう風に考えても良いだろうね」
龍之介「いいなあ、俺、それ、やりたい。やります。やらせてください!」
潮五郎が頷き、龍之介が潮五郎に頭を下げる。
潮五郎、りさに向き直る。
潮五郎「りさ。お前に抜けられてはこの大黒屋が立ち行かない。奉公人、お針子さん、そのご家族……みんなの生活は、大黒屋五代目を継ぐお前たち夫婦にかかっているんだ。いっときの感情で出て行くだのなんだのいう方が無責任というものだ」
潮五郎はりさと哲治郎を睨み付ける。
潮五郎「さ。じゃあ、この話は終わりだよ! 姉夫婦が本店を継いで、弟は分店を開業するんだ。それでいいじゃないか」
りさと哲治郎が潮五郎に頭を下げる。
龍之介「お姉はん……姉ちゃん。さっきはほんまにすんませんでした」
龍之介は、頭も下げずにそっぽを向く。
哲治郎「お前、それが謝る態度か!」
哲治郎が龍之介に向かって拳を振り上げる。りさは哲治郎を制し、龍之介に優しく微笑みかける。
りさ「いいよ。さっきのことはもう忘れてあげる。でもね。テツジさんはあたしのだから、誰にもあげられないの。男でも女でもいいから、恋人は別に見つけてください」
哲治郎は目を見開く。
潮五郎は口をあんぐり開け、りさを見つめる。
龍之介は顔を真っ赤にして、そっぽを向いたまま。
りさ「テツジさん、おうち帰ろう」
哲治郎の手を握るりさ。龍之介に向かって舌を出し、立ち上がる。
哲治郎「え、俺?? え?」
哲治郎は自分の手を引くりさを見上げる。そのままりさにひきずられるような形で、哲治郎とりさは離れに帰っていく。
残された龍之介は、潮五郎と目が合って、恥ずかしげに俯く。
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