第16話 告白
○神無月 午後 大黒屋 廊下
高級な反物を持って、ゆっくり丁寧に歩く龍之介。廊下に放置してあったそろばんの珠を踏み、派手にこける。反物が宙を舞い、庭先へ。
菊次郎「ああ! 一反五十両!」
菊次郎、見事なダイブで反物を泥から救う。
○同日 同刻 大黒屋 潮五郎の部屋
潮五郎に説教される龍之介。
龍之介「すんまへんでした。以後、気をつけます」
潮五郎の前に手をついて、龍之介が頭を下げる。潮五郎が立ち上がる。
○同日 同刻 大黒屋 離れの縁側
離れの縁側に座って、母屋の潮五郎の部屋で叱られる龍之介の様子を見ている華。
× × ×
龍之介にだいふくを勧める華。それをほおばる龍之介。
華「(からかうように)龍之介さん、またお父様に叱られてたでしょう?」
龍之介が目をそらす。
華「羨ましいわ。叱って下さるお父様がいらして。わたくし、八つの時に父も母も亡くしたから、兄もじいやもわたくしが可哀想だって、どんなわがまま言ってもなんでも聞いてくれるんだもの」
龍之介「お華ちゃんのわがままなんぞ、あのおりさに比べたら可愛いもんや」
華「姉上は大黒屋のお姫様だもの」
龍之介「あんたは正真正銘、お武家のお姫様やないか。大きゅうなったら、ええお婿さんでも見つけて、お武家を継いでやり。旦さん、喜ぶわ」
華「こんな弱い身体じゃあ、もらってくださったお婿様が苦労なさるわ」
龍之介「なにを言うてるんや。お華様は、もう病気やないよ。あとはもうちょっとっ太ったら、美人番付、お武家のお姫様編の第一位や」
華「でも、ごはんもあんまり食べられなくて」
龍之介「お華様はな。まずは好きなもんだけ、たらふく食うたらええんや。俺があんたの好きなもん、毎日
華、龍之介を見つめる。
華「……毎日、買ってきてくださるだけでは、イヤです」
龍之介「え?」
龍之介、驚いて華を見つめる。
華「華も連れて行って。甘味屋さんのお店の中で、おぜんざいが食べたいの!」
龍之介「旦さんにバレたら、怒られるで」
華「だから。兄には、ナイショでございますよ」
華の笑顔に、顔が赤らむ龍之介。
龍之介「……う……うん……」
裏口から、
龍之介「追い払ったと思ったら家の中にはいってきやがって」
華「龍之介さん、待って! この子、風車売りの竜胆というの。ちっちゃいのにお話がすごく上手で……じいやがお出かけに行ってるとき、家に入れて、話し相手になってもらってたの。だからお願い、叱らないで」
龍之介「こんな得体の知れんガキ、家に入れたら旦さんに叱られるのはお華様の方やで」
龍之介はその竜胆の首根っこを掴んで、裏口から外に放り出す。
華「龍之介さん! 乱暴しちゃダメ!! まだ子どもよ?」
龍之介、面倒くさそうにお華を振り返る。
龍之介「こいつ、十五やで。お華様より、年上や」
華「え?」
龍之介「スリの竜胆。元同心の妹やったら、知っとかなあかんでえ」
龍之介、意地悪く笑って、竜胆を放り投げた裏口から外に出る。
○同日 同刻 大黒屋 裏口
龍之介「竜胆! お前、大黒屋に何の用や」
竜胆「龍ちゃんこそ、こんな店でなにしてるねん」
龍之介「俺、この店の息子なんよ」
竜胆「……(しばし思案の後、都合の良いように解釈して)そうか、龍ちゃん。ようやったな。この店の息子や言うて、安心させて乗っとる気やな。さすが、龍ちゃん。頭ええなあ!」
龍之介「アホか。この店は、姉ちゃんのもんや。俺は来年、別に店を持たせてもらうことになっとる。小さい店やけどな。俺はそれを、江戸で一番の店にしたるんや」
龍之介の明るい表情とは違い、竜胆は眉をしかめる。
龍之介「そういえばお前、うちの若旦那に何の用やったんや?」
竜胆「若旦那? あのでっかいおっさん、ここの若旦那やったんか!?」
龍之介「せや、おまけにあのおっさん、元同心やで。奉行所とも仲良しや。悪いことは言わん。何の目的かは知らんが、あいつを狙うんはやめとけ」
竜胆「龍ちゃんが、おっさんにいじめられてると思って……仕返しを……その……」
龍之介「あんなん、ただの兄弟喧嘩や。あれ、俺の兄ちゃんやねん。そやから、お前ら、俺の事なんか気にしてくれんでええよ。悪いこと言わん。赤蛇は解散せえ。あの一件以来、奉行所がお前らをねろうとる」
手習い帰りのりさが、こっそりと二人の会話を聞いている。
りさ「へえ。赤蛇……」
龍之介「そう、赤蛇は解散……」
りさ「じゃあ、そのあたり、じっくり聞かせて貰いましょうね」
龍之介「お……お姉ちゃん!」
りさが二人を睨み上げ、そのまま引きずるように、離れの自室に連れて帰る。
○同日 同刻 離れ 夫婦の部屋
龍之介は正座し、もじもじしている。竜胆はきょろきょろと、物珍しそうにりさの趣味がちりばめられた可愛らしい部屋を見回す。
りさ「赤蛇には、みんな背中に般若が彫られてる……」
りさは竜胆の着物をはだける。
竜胆「なにすんねん!」
その小さな背中には、緑色の般若の彫り物。りさが龍之介を睨むと、龍之介が恐れおののいて腰を引く。
りさ「龍ちゃん。あんたにも同じのあるよね」
龍之介が、自分の左肩を押さえ、首を振る。りさに睨まれ、龍之介は素直に自分の着物をはだけて、りさの方に背中を向ける。
龍之介の白い肌の上に、鮮明に青色が浮き出た般若。
りさ「これ、誰に?」
龍之介「彫り師の辰や」
りさ「やっぱり……」
龍之介「最初は俺の名にちなんで、龍の刺青を入れるつもりやった。そやけど辰ジイが、美しい般若の図案を考えた男がいる。そいつの背中に赤い般若を入れたが、そいつは肌の色が黒すぎて般若の淡い美しい色合いが出んかった。残念や。お前のその白い背中に彫らせろと。そう言うから、彫ってもらった」
りさ「その男って、テツジさんのことよね」
龍之介「たぶん、そうやろうな」
りさ「その般若はね。赤鼠を忘れないために、テツジさんがあたしの顔を模して彫らせた一点物。おいそれと、他人に入れて欲しくなかった」
龍之介「赤鼠?」
りさ「あら、知らない? 一昨年まで江戸で騒がれてた、評判の義賊よ? 大店のお宝を盗んでは、長屋にわけて、みんなの生活を救ってた」
龍之介「さあ。俺は去年まで大坂におったしな。赤鼠なんぞ、知らんな」
りさ「嘘ばっかり。あんたの字って、綺麗だけど、どこかで見たことがあったのよ
ね。それがどこでだったか全然思い出せなかったんだけど……思いだしたわ。赤鼠が盗みのために使っていた間取り図を書いてたの……あんたよね」
龍之介「なにを根拠に」
りさが立ち上がり、茶棚の引き出しから、先々月の帳簿を取り出す。
りさ「これ、お店の帳簿ね。それからこっちが、お店のチラシ。これが……赤鼠の、間取り図」
龍之介と竜胆の前に、資料を並べ立てるりさ。
龍之介「おいこら、赤鼠が
りさ「なんで……って、赤鼠、うちにいるじゃない」
龍之介「うちに?」
りさ「テツジさん」
龍之介、竜胆「えええ!?」
大声を上げて驚く龍之介の口を塞いで、りさは唇に人差し指を当てる。
りさ「お華ちゃんに聞こえちゃうでしょ!?」
ふすまの向こうのお華を気にするりさ。龍之介は時分で自分の口を塞ぐ。
りさ「いい? よく見なさい。ここと。この字」
赤鼠の間取り図と、店の帳簿並べ、りさは同じ字を指す。
りさ「あたし、バカだから漢字読めないんだけど。これと、これと……ぴったり同じよね。あんたいったいなんの目的でこんなもの、書いたの?」
龍之介をにらみ付けるりさ。
しばらく、りさを見つめていた龍之介だが、やがて観念してため息をつく。
龍之介「絵が上手いといわれたから」
りさ「誰に」
龍之介「……おとん」
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