第15話 だいふく

○数日後 午後 南町奉行所 阿津の部屋


  廊下から、阿津の部屋に向かって声をかける龍之介。


龍之介「阿津様、大黒屋でございます」


  障子が開いて、阿津が顔を出す。

  頭を下げる龍之介。


龍之介「姉からのお届け物でございます」

阿津「あら、龍。参っていたのですね。丁度良かったわ。仕事、少し抜けても平気? 出かけたいのだけど、荷物を持っていただけないかしら」

龍之介「へえ。|お寺の鐘がなるまででしたらかまいませんが」

阿津「あら、じゃあ、急がねばなりませんね」


○同日 同刻 江戸の町 古ぼけた長屋


  何かが腐ったような匂いがして、龍之介は思わず鼻をつまむ。


阿津「ごめんあそばせ」


  長屋の玄関の引き戸が開いて、やつれて髪の毛が方々に飛び出た女性が一人、阿津を出迎える。


女性「(嬉しそうに)あら、南町の奥方様……」

阿津「坊やのお線香、あげに参りましたのよ」

女性「いつもながら、ありがとうございます。坊も、喜びます」


  阿津と龍之介を家の中に招き入れる女性。


○同日 同刻 長屋の中


  六畳ほどしかない家の中の片隅。小さな骨壺に入った「坊や」に、阿津は線香をあげ、手を合わせる。

  振り返って、女性と頭を下げあうと、阿津は立ち上がって長屋を出る。

  慌てて阿津を追いかける龍之介。


○同日 同刻 大きな人形店


  可愛らしい娘が、父親と二人、嬉しそうに阿津を出迎える。その子には右手がなく、龍之介は驚く。阿津が女の子に可愛らしい人形を手渡すと、父親が阿津に頭を下げる。阿津はその父親と玄関先で話し込んだあと、その家を立ち去る。


○同日 同刻 大通り


龍之介「……あの人らは、なんなん?」

阿津「犯罪に巻き込まれた被害者や、そのご遺族の方です。あの子は、の男の子に追いかけ回されて……川に落ち、右の手を失ったのですよ」


龍之介が驚いて、あの大きなお屋敷を振り返る。


龍之介「奥方様は、なんでそんな人らと?」

阿津「わたくしには忠直の他にもう一人、弟がおりましたが……その子は、十四の折、辻斬りにあってこの世を去りました」

龍之介「辻斬り……」

阿津「寒い、冬の朝のことでした。やっとの思いでうちまでたどり着いたのでしょうね……(赤ん坊を抱くような仕草で)ほんに、安らかな。清らかなお顔で亡くなっておりました」


  阿津の話に、顔を背ける龍之介。


阿津「だから、あの方達が少しでも心を安らかに出来る手助けが出来ればと……毎月、お話を伺いに参っておりますのよ。さ。今月はこれでおしまい。龍や、荷物持ちご苦労様でしたね。重かったでしょう。お礼にお団子でも、買ってあげましょうね」


  龍之介、阿津の顔を見つめる。


阿津「(龍之介の表情に気付いて)どうかしましたか?」

龍之介「あ、いえ、なんでもないです」


× × ×


○翌日 夕刻 南町奉行所奉行邸宅 縁側


龍之介「おばちゃーん」


  障子が開いて、阿津が出てくる。


龍之介「大福、食べようおもうて、うてきてん」


  手に持った大福の包みを見せる龍之介。


阿津「あら龍。参ったのですね。どうぞお上がりなさい」


  龍之介は頷いて、縁側に上がり、包みをあける。

  阿津が盆を差し出す。盆の上には、お茶と懐紙と手ふき。

  龍之介は手ふきを取ると、丁寧に自分の手をぬぐう。


龍之介「いただきます」

阿津「はい。召し上がれ」


  二人で大福をほおばり、空を見上げる。

 夕日に映える、二人の背中。

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