第20話 お沙汰
○同日 夕刻 南町奉行所 奉行邸宅の一室。
龍之介は太陽を見ている。軒にかかった風鈴の音が響く。
阿津が現れ、龍之介の上座に座る。
龍之介「……おばちゃん」
阿津は龍之介の前に盆を差し出す。小さな茶碗の隣には、あんこのつまった大福餅。
阿津「つい先ほど、りさに子が産まれましたよ」
驚く龍之介。
阿津「無事に生まれて、ほんにようございました」
阿津、龍之介の手元に目を向ける。
阿津「手は洗いましたか?」
龍之介が頷くと、阿津が大福を勧める。
龍之介「いただきます」
龍之介は食前に一礼すると、静かに茶碗を持ち上げて、玉露をすする。
龍之介「……あっつぅ……」
阿津「少し、熱くしておきました。お前へのお仕置きです」
龍之介は茶碗を盆の上に戻すと、阿津に深々と頭を下げる。
お寺が鐘の音を響かせる。
阿津「捕らえた赤蛇の子ども達は……あのお寺の和尚が開く、寺子屋へやりました」
阿津が、鐘が鳴る方向を見つめる。龍之介も、阿津が見ている方向に目を向ける。
阿津「お寺のお掃除。お勉強……そうしてあの子達が、今自分が為すべき事に気付いてくれればよいのですが」
阿津が龍之介を見つめると、龍之介が俯く。
障子が開いて、忠直が入ってくる。思わず平伏する龍之介。
忠直、龍之介を睨み付ける。
忠直「なぁにが赤蛇だ。十九にもなってお前、ガキ共集めてご大層な名前付けて、こそ泥の真似させるなんざ、つまんねえことやってんじゃねえよ。お前らのやってたことはな。迷惑行為っつうんだ、迷・惑・行・為。親がいねえ。親が勝手だ、生活が……大人の事情に振り回されて、心歪ますのは勝手だが、他人に迷惑かけてんじゃねえよ。こちとら、お武家の跡取りだからってよう、小せえ頃から、勉強、剣術、武道に座禅。親が死んだら、例え十でも元服して、家督を継がなきゃならねえ。歪む道なんか
龍之介「なんやねん! それでも、喰うもん着るもん、身分があるだけええやないか!! 毎日毎日、生きるか死ぬか。そんな生活、したことあるんか!」
忠直「(勢いよく)ない!」
目を見開き、忠直と見つめ合う龍之介。
しばらくの、間。
ため息をついて、微笑む忠直。
忠直「だが……俺は町奉行だ。ここに繋がれて来る連中は、それぞれに、てめえの事情があって、罪を犯した。そんなヤツらと俺は毎日、心の底から喧嘩してるつもりだ」
忠直を見つめる龍之介。
忠直「なあ、龍之介。人の物事の善悪なんてなあ、時代時代、土地ごとに移り変わる。ずっと後の時代になりゃあ、お前が善で、俺が悪だった……なんてことになってるかもしれねえ。だがなあ。どんなに生活に困っても、他人を傷つけたり、他人のものに手出ししちゃあいけねえ。それだけは、神代の頃から変わっちゃいねえはずだ。おまえら町方の人間はさ。例え振り返った道が歪んでいても……まだ目の前の道を、まっすぐに歩けるじゃねえか。俺ら町奉行はな。ほんのちょっと。お前らが、次の道をまっすぐに歩けるように手を貸してやることを、仕事にしているつもりでいるよ」
龍之介が俯く。
忠直「龍之介」
龍之介が、顔を上げる。
龍之介の頭を撫でる忠直。
忠直「もしもお前がまこと潮五郎の子として育てたなら……。甘やかされて阿呆なボンボンになっちまってたかもしれねえが、少なくともこんな罪は犯さずに済んだはずだ」
忠直と阿津が顔を合わせる。二人がそろって龍之介に頭を下げる。
驚く龍之介。
忠直「りさは潮五郎の娘として何不自由なく育ててもらった。その裏に、こんなにも苦労をしていたお前がいたこと。知らなかったとはいえ、本来はお前がいるべき場所だ。申し訳なかった。どうか、この兄と姉に免じて、りさを許してくれ」
龍之介「まって、お奉行様。それ、違う。違います。りさがおらなんだら、今の大黒屋はありません。俺は俺。りさはりさ。自分の人生を蔑んで、罪の道に落ちたのは、ひとえに俺の心の弱さです。強請たかりにかっぱらい、生きるためには何でもしてきた。その罪は償わせてもらいます」
龍之介が両手をついて頭を下げる。
忠直「お前と竜胆の処分は大坂にもお伺いを立てねばならない。大坂に使いをやって、返事がくるのに
龍之介は驚いて、阿津を見つめる。
阿津が頷くと、龍之介が満面の笑みを浮かべる。
阿津「今までは……五つ六つの子どもを育てている気持ちで、お前を見て参りました。ですが、明日からはその身体の通り、十九、十五の息子を持ったつもりでビシバシ参ります。お前たち二人を、どこに出しても恥ずかしくない立派な武士に育てるつもりでおります故、どうぞお覚悟なさいませ」
阿津のオーラに、龍之介が怯んで腰を引く。
阿津「(満面の笑顔で)あの哲治郎を唸らせる武士にならねば、好いたおなごを嫁にもらうことなど、かないますまい?」
龍之介「ありがとう、おばちゃん!」
龍之介、目を見開き、思わず阿津に抱きつく。
阿津「これ、はしたない!」
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