第9話 火事場

○一ヶ月後 深夜 大黒屋 離れ 夫婦の部屋


  大黒屋からほど近い、日本橋を渡ってすぐの町から火の手が上がる。


りさ「テツジさん、火事だ!」

哲治郎「ん~~。眠い、りさ」

りさ「火事だってば! 起きて!」

哲治郎「火事!?」


  りさが障子を開けて火柱を指さす。

  哲治郎は寝間着のまま走りだす。


○同日 同刻 江戸の町 火災現場 近江屋


  炎に向かって声をかけたり、念仏を唱えたりしていた野次馬達が、走ってくる哲治郎の姿を捕らえる。


野次馬A「ああ!! 大黒屋の若旦那が来た!!」

野次馬B「若旦那が来たらもう大丈夫だ、近江屋さん!! 大黒屋の若旦那が来てくれたよ!!」

哲治郎「中に人はいるのかい?」

老爺「(念仏を唱えながら)若女将が中にいるんだが、それをさっき、若い男の子が助けに入ってくれたんだ。だが、もう随分長いこと出てこねえ。もう二人して……(念仏を唱え始める)」

哲治郎「水と、布団。それと着替えの用意を忘れんな!」


  哲治郎、火の手の上がる屋敷の中に駆け込む。


○同 近江屋内部


  炎の上がる店舗内。

  屋敷の方も探す哲治郎。


哲治郎「若女将、いたら返事しろ!」

龍之介「……旦さん! テツジ!!」


  哲治郎は後ろを振り返る。

  気を失った女性を抱えた龍之介がいる。


哲治郎「なんだ、助っ人ってお前の事か」

龍之介「助けに入ったんはええけど、ギヤマンで足切ってしもてん」


  哲治郎はぐったりとしたままの女将を預かり、背中に乗せる。


哲治郎「この人は俺が運ぶ。お前、一人で大丈夫か?」


  龍之介と哲治郎、まだ火の手が上がっていない庭へ飛び出し、裏口から逃げる。


○同 近江屋 裏口


野次馬C「大黒屋の! 大丈夫かい?」


  裏口にもいた野次馬達が、哲治郎と龍之介に声をかける。


哲治郎「表に、水と布団があるはずだ。かけて差し上げろ」


  哲治郎が野次馬に指示したとき、丁度、近江屋の屋根の上に、め組の纏持ちがあがる。纏持ちの纏捌きに、野次馬達の歓声が上がる。


哲治郎「め組が来たなら安心だ。火の手はこれで消えるだろう。龍、足の方は平気

    か?」


  ギヤマンで切れたという足は血みどろ。

  顔や腕なども火の手で焙られてひどく赤い。

  野次馬Cが龍之介の足や手を水で丁寧に洗う。


哲治郎「けっこう深く切っちまったな」

龍之介「大丈夫やて、これくらい」


  龍之介が、顔を上げて目を見開く。赤い着物の女が、赤い炎を見上げて立っている。抜きの大きな着物から、ちらりと白い般若の刺青がのぞく。

  女が哲治郎と龍之介に気付く。女はにこりと微笑むと、まだ炎が大きく上がっている御店の方に姿を消す。

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