第6話 真実

○弥生 春の展示会 日本橋前


   絢爛豪華な展示会ファッションショー。たくさんの少女達が、瓦版を持って大黒屋の前に集まっている。前座の少年楽団が演奏し、豪華な着物を着飾った着付手本方の少女達が、舞台の上を歩く。

  哲治郎と潮五郎が、瓦版をもつ少女たちに大黒屋特性巾着を配っている。


× × ×


○同日 同刻 大黒屋 離れ 哲治郎の書斎


  哲治郎が書斎にしている部屋に立ち入る龍之介。

  渡り廊下では、丁稚や春路、手本方モデルの少女達が、慌ただしく走り回っている足音が響く。

  龍之介は、哲治郎の文机の上の手紙を手に取る。


龍之介「あねうえさまへ……りさより……? 下手な字やなあ」


 遠慮することなく、手紙を開く龍之介。


龍之介「これ……あの女……潮五郎の娘とちゃうやんけ……」


  手紙を読み、両手を震わせる龍之介。


(障子の向こうから)哲治郎の声「りさ、いるのか?」


  哲治郎の声に驚く龍之介。手紙を綺麗にたたみ直して、哲治郎が来るのとは反対側の出入り口から庭に逃げる。

  同時に、障子が開く。


哲治郎「りさ?」


  誰もいない室内。首をかしげる哲治郎。


哲治郎「ま、いっか」


  衣装から普段の着流しに着替え始める哲治郎。


× × ×


○同日 夕刻 母屋 廊下


  母屋の大広間では、着付手本方ファッションモデルの少女たちが10名ほど、楽しそうに着替えをしている。

  哲治郎、離れの部屋を出てすぐに、母屋の大広間を覗き込む龍之介を見つける。


哲治郎「龍。お前、そこで何をしている」

龍之介「いや、あのその」

哲治郎「そこは手本方が着替える場所だろう」

龍之介「いやほら、俺も男の子やし! 女の子の生着替えがみたいなぁと、思うて」

哲治郎「言い訳は、他で聞こうか」


  哲治郎、龍之介の首根っこを掴んで引き摺る。


× × ×


○同・庭の奥、蔵の裏


   龍之介の身体を、蔵の壁に押しつける哲治郎。


龍之介「何すんねん!」

哲治郎「手本方の着替えを覗いてたのか?」

龍之介「そうや。悪いか? お嬢様たちの生着替え。覗くないう方がアホやで」

哲治郎「嘘つけ。お前、女の身体になんか興味ねぇじゃねえか。若松屋の甚八と遊びに行くのを見かけたが、池田屋の為吉にはもう飽きたのか?」


  龍之介、驚いて哲治郎を見上げる。


龍之介「……お前……知って……」

哲治郎「あれだけ派手に遊び歩いてりゃあ、誰でも気付く。父上にバレる前に控えろ。それよりお前、大黒屋でなにを嗅ぎ回っている?」

龍之介「何のことや」

哲治郎「帳簿。父上の部屋。布団部屋。この蔵に……そしてりさの部屋。お前が、コソコソなにか探してるのは、ずっと分かってた」

龍之介「自分の家のもんを探して何が悪い」

哲治郎「自分の家?」

龍之介「俺は大黒屋潮五郎の息子や」

哲治郎「どこにその証拠がある」

龍之介「それを、探して歩いとった。俺がここで産まれた証拠の品があるらしい。それを探して持ってこいと、潮五郎にいわれた」

哲治郎「(吹き出す)父上の子だなどとほざいておきながら、証拠はねえってのかい。そりゃあまた、たいした自信だなあ。まあ。いい。探せ。だが、りさにバレぬようにな。また、あいつは余計な心配をする」

龍之介「……分かった」


  龍之介が頷いたので、蔵に押しつけていた龍之介の身体を解放する。

  少し咳き込みながら、龍之介が哲治郎の顔を見あげる。

  哲治郎は腕組みをし、蔵を見上げる。


哲治郎「そうそう。この蔵の奥に、もう二、三十年ほど使ってない在庫品がいっぱいあってな。証拠とやらを探すついでに、売れそうな物と処分するもの、わけて庭に出しといてくれ」

龍之介「お前、意外に人使い荒いやっちゃな」

哲治郎「お嬢様たちの着替えを覗いた罰だ」

龍之介「……お嬢様……なあ……」


  龍之介が、ゆがんだ笑顔を浮かべる。


哲治郎「なんだ?」

龍之介「いや、別に? ここのお嬢様のほんまもんのお父ちゃんが、潮五郎やない……なんてこと……俺は知らんなあ……」


  挑発的な笑顔を浮かべ、哲治郎を見上げる龍之介。


哲治郎「……大人の事情も知らんガキが、見たこと聞いたことだけを頼りに土足でそこに足を突っ込むと、ひどい目に遭うから。気をつけろよ」


  哲治郎が龍之介に顔を寄せ、微笑む。口元は笑っているが、その眼光の強さに、龍之介が思わず震える。


龍之介「般若……」

哲治郎「なに?」

龍之介「(哲治郎の肩を指さす)お前、お武家の坊ちゃんなんやろう? ……なんで般若の刺青なんか入れてるんや。刺青は、罪人の証しと違うのか」


  哲治郎、自分の左肩に手を触れる。


哲治郎「ああ、これは……恥ずかしいことだが、昔は俺もやんちゃ者だったんでな。その頃の反省だ」


  龍之介が不機嫌そうに踵を返し、その場を立ち去る。


哲治郎「こら! 家の中を走るなよ!」


  龍之介の背中に向かって、哲治郎が叫ぶ。

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