第5話 独楽乃助

○翌朝 同 大広間


  朝餉の準備に追われる丁稚や、女中達。

  龍之介も、朝餉の支度を手伝う。

  一番上座に座って春路と哲治郎と、話をしている潮五郎。


  りさが大広間に現れる。

  りさの方を見る龍之介。


大熊「あちらが、お嬢様のおりさ様だよ」

龍之介「……おりさ」


  りさを睨み付ける龍之介。

  りさと目が合い、視線を逸らす。

  首をかしげるりさ。


× × ×


○夕刻 八町堀大通り 甘味処薩摩屋の前


  お見立てコーディネートの仕事帰りのりさ。

  夕暮れ時の、空を見上げる。

  甘味屋の薩摩屋が甘い匂いをさせているのに気付いて足を止める。


りさ「女将さーん。あんころ餅ちょうだい」

女将「あら、おりさちゃん。いらっしゃい」


 女将が大きめのあんころ餅を三つ、竹皮に包む。


りさ「ありがとう」


 りさがその包みを受け取ろうとしたとき、背中に何かがぶつかり、バランスを崩す。

  りさの背中には、赤い振袖に身を包んだ、背の高い独楽乃助こまのすけの姿。


りさ「ちょっと! なにすんのさ!」

独楽乃助こまのすけ「(りさを指さし)おや、まあ。般若の子」


  独楽乃助が嬉しそうにりさの頬を撫でる。


独楽乃助「これはまたなんと美しいおひぃさんやこと」


  美しいが、白い蛇のような独楽乃助の雰囲気の気持ち悪さに、りさは思わず半歩引き下がる。

  末吉(40)が、りさの態度に舌打ちをする。


独楽乃助「ぶつかってごめんなぁ」


   独楽乃助はりさに笑いかけ、身体を大きく揺らしながら立ち去る。

  酔っ払う独楽乃助を支える末吉。


りさ「……なあに、あれ」

女将「ああ。路傍文楽ろぼうぶんらくの(独楽乃助を指さして)独楽乃助と(末吉を指さして)あっちのハゲは、三味線太夫の末吉だね。芝居をしない日はいっつも昼間っからああして飲み歩いてねえ。この不景気に、良いご身分だよ、まったく」


  末吉にたしなめられながら、街道をふらつく独楽乃助の背中をみつめるりさ。

  独楽乃助の抜きの大きな着物の背中には、白い般若の刺青がひとつ。


× × ×


○夕刻 大黒屋 店の前


  閉店準備に取りかかっている龍之介。

  りさの姿をとらえ、掃除を止めてりさを睨み付ける。

  龍之介の手には箒。ちらつく雪の中、寒さで震えている。


りさ「新しい手代さん、おとっちゃん、いる?」

龍之介「大旦那様なら、寄合に行った」

りさ「よかった。ちょっと、門限遅れちゃったのよね」


  店に入ろうとするりさ。


龍之介「(舌打ち)昼間っからぶらつき歩いて、店じまいの時分にご帰宅か……ほんま、ええご身分やのう」


  りさより先に店に入る龍之介。


りさ「……なに、あの子」


  りさは龍之介の行ってしまった方を見つめながら、首をかしげる。

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