第2章 賑やかなご一行

第19話魔王様の菜園

姫が魔都レヴィスを訪れて問題を解決してから5日。


ディロと魔王は中庭で一緒に並び、佇んでいた。


「魔王様、今日も良い一日になりそうですね」


「……そうだなディロ」


「そう考えていたんですよ。さっきまでは」


「……どうしたんだディロ?何かあったのか?」


「現在進行形で目の前にその原因があるんですよねぇ」


「……そうか。ディロ、いったいそれはなんだ?」


「逆に魔王様に問いましょう……なんですかこれ!?」


ディロが指差す方向には━━━。







巨大な緑色の柱が立っていた。



その長さは実に15メートル近くにも達し、魔王城の外壁を越えそうな勢いである。


「……ふむ、実に立派だな」


「そうですね……って誤魔化されませんよ!何をどうしたら一月で植物・・がこんなに育つんですか!?」


「……我とてまさかこれほど育つとは思わなんだな」


目の前にある柱……植物は魔王がダンカンからもらった種を植えたものである。


茎の部分がもはや木の幹のような有り様なので、食性植物っぽさはあまり感じない。


……ちなみに一緒に植えていたトリカブトは潰され、マンドラゴラはいつの間にか逃げ出していた。


「さぁ魔王様!今度はどんな仕出かしをしてくれたんですか!?朝一番の清々しい空気を吸おうと思って来てみれば、なんで一日でこんなものができてんですか!」


「……いや我にもてんで理由が分からないのだが」


「嘘おっしゃい!こんなこと仕出かすのは魔王様以外にいないでしょう!いったい植物になにしたんですか!」


ディロに胸ぐらを掴まれ、勢い良くブンブンと揺さぶられる魔王。


「……悲しいことをいってくれるな。とはいえ心当たりと呼べるものなど……」


しばし考えたのち、魔王は自然な動きでゆっくりディロから視線を反らした。


「……なにをしたんですか!?」


「……いや、しかしあれが原因かは」


「魔王様!この際原因かどうかはともかく何をしてたのか話してください!」


「……ふむ、やったことと言えば、種を植えて、肥料を蒔き、水を毎日与えていただけだが」


「……ちなみにその肥料というのは?」


「……ダンカンにもらった物だ。……これだな」


魔王がかつて肥料の入っていた袋をディロに渡す。


そこには『どんな植物もく良く育つ肥料!』と大きな文字で書かれていた。


「明らかにこれが原因じゃないですか!!」


「……まさか人間界の植物がこれほど育つとは。魔界とは違うのだな」


「育ちすぎです!!そもそも人界の植物だって魔界の植物とさして大きさは変わりませんよ普通は!」


「……つまり肥料のおかげか。……凄いな、肥料というのは」


「絶対体に害である気しかしませんよ!そもそも肥料というのは確かに成長を促しますが、いきなりこんな巨大に成長するようなもんじゃないですよ!!」


「……ふむ。ディロ、こんな話を聞いたことがあるか?」


「突然なんですか」


「……『チャックとマゲの木』という、人界の童話なのだが」


「なんですかそれ!?」


「……昔々、あるところにチャックという少年と母親が暮らしていた」


「始まっちゃうんですか!?いきなりなんですかこの話の流れは!?」





チャックは母親と共に貧しい生活を送っていた。


家に一頭だけいる牛のミルクを売ってお金にしていたが、その牛も年をとり、ミルクが出なくなった。


母親はチャックに言った。


「この牛を売って、そのお金で食料とあなたのカツラを買ってきなさい」


チャックは優しく真面目で正直者、そして顔は女の子が大勢見とれるほどの甘いマスクだった。



━━髪が無いことを除けば。



チャックが町に牛を連れてくると、一人のおじさんが話しかけてきた。


「ヘイ、ユー!その牛をミーのマゲとエクスチェンジ交換しないかい?これはね、グッドラックをブリングする幸運を呼ぶ魔法のマゲなんだよ!」


「魔法のマゲだって!すごいや。……でもマゲってダサくない?」


「ノンノン、分かってないねユーは。いいかい?マゲというのは古来よりおとこの象徴として…………」




そこから約一時間の講義が始まり、終わる頃には。


「マゲってすごいや!うん、とりかえてもいいよ」


チャックはマゲを持って喜んで家に戻った。


その話を聞いた母親は、チャックを叱りつけた。


「まったくこんなマゲと牛を交換して来るなんて、あんたはどうかしてるよ」


「でもグッドラックをブリングする幸運を呼ぶ魔法のマゲなんだよ」


「魔法だなんて嘘に決まっているじゃないの!それにこれじゃあ頭のてっぺんは隠せても今のハゲ頭と大して変わらないじゃない!笑い者よ!ええい、こんな物!」


母親はマゲを取り上げると、窓からポイッと捨ててしまった。



次の朝、チャックが目を覚ますと、母親の捨てたマゲが黒々とした大きな木になっていた。





「……そこからチャックはその木を登り、雲の上にあるお城に行くという大冒険があるのだが。……ディロ、我が言いたいことが分かるだろうか?」


「……とりあえず、突っ込みどころがありすぎて頭が痛いのですが……。つまりは何が言いたいのですか?」


「……マゲが1日で生えるなら、植物が生えても問題はないと……」


現実リアル童話ファンタジーをごっちゃにするのはやめてください!てかマゲだろうと植物だろうとなんだろうとおかしいことに変わりありませんから!!」


ディロがヤケクソ気味に魔王を振り回していると。




「……わぁ、大きいのだ」


リルラがいつの間に現れたのか、二人の傍で巨大な植物を見上げていた。


「魔王様、ディロ爺、おはようなのだ!」


「あぁ、おはよう」


「……うむ」


リルラが右手を意見するようにシュピっと上げて挨拶すると、ディロは普通に、魔王は右手を軽く上げて挨拶を返した。


「ところでこれどうしたのだ?」


当然のことながら、一夜で出現した巨大な柱にリルラは興味津々だった。


「あぁ、実は━━」



ディロが説明し終えると、リルラは「へーそうなのだー」と呟いた。



……ディロから見れば、リルラがワクワクと言った感じで楽しそうにしているため頭痛が酷くなることではあったが。


「それで魔王様、これどうするのだ?」


「……ふむ」


魔王は改めて植物を見る。


見た目こそ柱だが、これは植物。加えて言うなら、食性植物である。なら当然、花や育った実が付いているはずだが━━。




魔王の見上げた先には異様な光景が広がっている。


柱……植物の茎の所々から枝葉の様に広がった先端には実がなっている。




……トウモロコシ、かぼちゃ、人参、芋などといった、地上でできるもの、地中でできるもの、種類問わず、あらゆる植物が一つの植物・・・・・に。


しかも一つ一つが、魔王の知っているそれよりも何倍も大きいのである。


この光景を見ながら「……これで食糧に困らないな」などと発言したならディロにまた小言をもらうくらいには異質である。


「……リルラ、とりあえず斬り落としてくれるか?」


まっかせろなのだ!」


魔王の頼みに、リルラは笑みを返すと、植物から少し距離をとった。


そしてその場で軽く一回転し、右足を霞む様な速度で振り抜き一閃すると━━。



斬撃が植物に向かって飛んでいった。




魔法には様々な属性がある。


四大元素である、炎、水、風、土。


光、闇、氷、雷……などといったその他に分類されるもの。


魔法には必ず、なにかしらの属性が付随しているものだ。


また通常、これらの魔法は呪文の詠唱を必要とする。


口頭でも発動するし、暗唱することでも発動する。


そうすることで、体内にある魔力を魔法へと変換し、行使することができるのだ。


しかし、一部の上級魔族はこれらを必要としない。魔を司る魔族は、人間よりもずっと魔力の扱いに長けているため、思い描くだけで一瞬で発動させることができる。とはいえ、魔法を得意とする魔族の、本当に極一部である。


近接戦闘の武を磨いてきたリルラには、魔法の無詠唱など、普通は使えない。


しかし、リルラの魔法は通常の魔法と比べて少々特殊である。




リルラの魔法には属性と呼べるものが存在しない《・・・・・》。


正確に言えば、魔法ですらない。


その原因はリルラの出生にある。


魔力には個人個人でパターンが存在するが、魔族と人間とでは、体内に流れる魔力のパターンが決定的に異なる。


魔力は同族同士であれば相手に受け渡すことさえできる。


しかし、半魔であるリルラの体内には魔族と人間の、相容れることのない二つの魔力パターンが存在している。


その結果、リルラは魔力は持つものの、魔力を魔法へと変換しようとすると魔力同士の拒否反応が発生するのだ。使えないことはないが、威力は激減し、消費も激しくなる。それはつまりメリットが一切ないということだ。


それゆえに、悩んだリルラはこれを別の方法で解決することにした。


魔法として使えないなら、変換することなく、魔力そのまま・・・・・・で使えばいい。


体外に魔力を放出するだけならリルラにもできる。だが、そのまま放出しただけではなんの威力ももたない。



武技を極めた武闘家は、その身一つで遠くにいる相手さえ攻撃できる。


俗に(気)などといわれるもので、これを用いることで空気の砲弾や真空波を飛ばすことができるという。


リルラはこの(気)を、魔力で代用することにした。


そして魔力を放つときに動作を伴うことで自らの技とした。


手を突き出すときは砲弾を。


足を振り切るときは剣撃を。


そうすることで、放出されるだけの魔力に方向性を与え、魔法へと昇華させた。


(魔法)に限りなく近い、魔力を用いた(魔法体技まほうたいぎ)ということで、魔界では(魔技まぎ)と呼ばれている。


ガルディの屋敷で魔法を打ち消したり、跳ね返したのもこの魔技のおかげだ。


一見、動作を伴う分、無詠唱より弱いと思われるだろうがそういうことはない。むしろ手数ではこちらの方が上である。拳を突きだすたびに連続で放つことも可能なのだから。


一方向性のため、広範囲を狙うことはできないが、その威力は本物だ。また属性がないため、「炎は氷に強い」などの相性が存在せず、あらゆる属性の魔法にも対応できる。ぶつけ合う場合は純粋な魔法としての力比べである。


また通常の魔法と違い、魔法の練度に関わらず、威力が使用した魔力量と拳や足の突きだす速度に比例するのだから、威力の調節も可能であり、近接戦闘に強ければ強いほど、魔法としても威力を増すということだ。


通常の魔法より魔力消費が大きく、射程距離が短いのが欠点だが、近接戦闘を主とする以上、問題はさしてない。


魔技は、武芸を嗜むリルラだからこそ真価を発揮する、彼女の魔法だった。





しかし、魔王はここで一つ間違いを犯した。


リルラに何を・・切り落とすのか伝えていなかったのである。


リルラは正直で素直だが、それゆえに言葉をそのまま受けとることが多々ある。


リルラを相手にするなら、主語や伝えたいことははっきりさせないといけない。


魔王の場合は、植物にる実を指していた。



つまり何が起きたかと言うと━━。







リルラの斬撃は斜め下から植物へと迫り。



スパァ━━━━━━ン。



柱のような茎を綺麗に一刀両断していった。


その光景を、魔王もディロもただ見つめていた。



……当然のことながら、自重に耐えられなくなった柱が倒れてきた。


「ぎゃあああああああああ!!?」


ディロが叫び声をあげ。


「……あれ、なにか間違えたのだ?」


リルラがきょとんと首を傾げた。





その日を境に、色とりどりの野菜が料理に並ぶようになった。


あまりにも多種の野菜の量にシンシアも戦慄し、眉を潜めた。


ちなみにシンシアが中庭に行ったときには、野菜の山も柱のような植物も綺麗さっぱり片付けられていたため、後でリルラに聞く形で何があったのか教えてもらった。


料理人であるポポンは、「腕がなります!」と、その大きな食材の調理にやるきになっていた。


たまには肉以外を調理するのも楽しいようである。


そして魔王は、ディロに「肥料は今後禁止です!」と強く言いつけられた。


魔王は反省しているのかしていないのか分からない表情で「……うむ」と頷いた。


こうして無事に魔王(とダンカン)による騒動は無事に終わったのだった。






そう思ったのも束の間、とある真夜中に中庭の花壇の前に立つ怪しげな影が何かを植える様に屈んでいる姿をシンシアは自室から見かけた。生憎、眠かったためほったらかしにしたが。





それから一月経った頃に、再び同じ騒動が起こり、これが定例化することを今は誰も知らない。





そして、その騒動の原因たる当人はいつもどおり何事にも動じず相手に覚らせない無表情であったのだった。

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