第7話お姫様とひきこもり

「……ふぅ」


姫は軽く伸びをして、ベッドから起き上がる。


横ではスライム━━ライムちゃんが微睡んでいるかのようにぷるぷる揺れていた。


姫はライムと話をしたり本を読んでいるうちに眠くなってきたので、ライムと共に昼寝をしていたのだ。


魔王に拐われて今日で10日。


姫は一つ悩みを抱えていた。


しかし、こればかりは他の誰に言っても……ましてや魔王でもどうしようもない。


自分で解決するしかないことなのだ。




「……私はいつまでこの部屋に篭りきるつもりなのかしら……」


魔王は言った、城の中であれば自由にしていいと。


それは言葉の通り、城から出ようとしなければ問題はないということだろう。


しかし、姫としてはやはり早々受け入れられることではなかった。


なんせここは魔族の長、魔王の住む城、すなわち敵地の真っ只中である。


しかも当の魔王本人はというと━━━。





「…………」


姫が部屋の窓から覗くと中庭が見える。地面は新緑色の芝生に覆われ、城壁に寄り添うように作られた花壇には色とりどりの花が植えてある。


魔王はそこで植物に水をやっていた。


しかも相変わらずの無表情で、何を考えているのかすら分からない。


なんでも、ライムちゃんが言うには人から野菜の種を貰ったので育てているらしい。


普通ああいうことは従者とかにやらせるものではないだろうか?





姫は王城で育った。民と触れ合うことはおろか、城の外など出たこともない。ゆえに世の中の事情には疎い。


しかし、魔王の脅威というものに関しては教育係であった爺やにさんざん叩き込まれていた。


気性の荒さや獰猛さ、残虐さを兼ね備えた魔族達の頂点に君臨する者。


その手はあらゆる者を貫き、その足は悉くを踏み砕き、その頭脳は全てを見透し、その魔法は塵一つさえ残さず消し飛ばす。


もし人界に降り立てば、国一つを一刻で滅ぼすとまで言われている。


そんな超危険人物として、永き時を恐怖で支配してきた魔王が━━━。






姫を拐ったかと思えば、特に魔王らしいことをすることもなく。


人間相手に買い物して毒味したり。


人質相手に話し相手をあてがったり。


農夫みたいに植物栽培したり。


魚を釣ってきて自身が真っ黒になるほど料理したり。


挙げ句の果てに姫のような女の子が喜ぶ物を渡す始末である。


「……本当にあれは魔王なのかしら?」


はっきり言って、偽者とか影武者と言われたほうがまだ信憑性がある。


もしくは最初の頃に姫が思ったように、油断させておいて後で酷い目にあわせるというほうが現実的だ。





敵対者と人質という立場にありながら。


魔王に対して姫の中では天秤が大きく揺れていた。


「……やっぱり外に出るべきね」


せっかく魔王自身が許可しているのだ。


これを利用して、魔族の情報や自身のこれからを考えたほうが良いだろう。


この部屋の中だけで過ごすのも飽きてきたというのもあるが、なにより━━━━。







「……このままこの部屋に居続けたら、太ってしまうわ!」


姫は甘く見ていた。


魔王に拐われた当初は、姫とは不遇な立場だと思っていたのだ。


人質になった地点で姫も不遇と言えば不遇なのだが、あまりにも魔王の対応が甘すぎる。


ディロさんは危害を加えないし、ライムちゃんは良き話し相手だし。


魔王は…………まぁ、今のところはイイ人だ。


だがその結果、困ったことが一つ。


料理が上手いのと部屋に篭りっきりで、このままでは太る、絶対太る!


「……いい加減、覚悟を決めないといけないわね……」


こうして姫は胸に秘めた恐怖を振り払うためこの日、部屋を出ることにした。









その恐怖のほとんどが魔王への恐怖ではなく肥満への恐怖であることは言うまでもない。

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