第5話 魔王様と釣り 前半

姫を誘拐して1週間が経過した。


1週間……普通ならあっという間な気がするが、魔王からすればまだ1週間なのかというくらい、姫が来てからは魔王は充実感を感じていた。


姫の食事のため、人界を訪問して人間相手に初めて買い物したり。


姫の話し相手のため、スライムを拉致…………勧誘したり。


自分の新しい趣味として、野菜を植えたり。




様々なことを経験した魔王は、1週間の最後として━━━。






人界で釣りをしていた。


「……魚とはなかなか釣れぬものだな」


ローブを被った姿で釣りのためにじっと座っていると怪しい人物にしか見えない。


「……ふむ、なにか不備でもあったか?」




なぜ、魔王がこのようなところで釣りをしているのか。


さかのぼること二時間ほど前。





「……ライムよ、最近姫の様子はどうだ?」


『ぷるぷる、毎日本を読んで一緒に話して楽しんでますー』


玉座に魔王とスライムで話をしていた。


「……そうか、何か問題などはないか?」


『ぷるぷる、問題は……あっ』


「……どうした?」


『ぷるぷる、問題……というよりは悩み?というよりは愚痴?というより要望?というより……』


「……どれだ。いや、そういう問題ではないな。結局なんなのだ?」


『ぷるぷる、姫は「魚が恋しい……」と言ってましたー』


「……魚?食事のことか」


『ぷるぷる、そうですー。魔王様が買ってきてくれてる料理には、どうやら魚料理がないようですー』


「……ふむ、そうか」


『ぷるぷる、魔王様。姫の話を聞くくらいしかできずすみませんー』


「……いやよい、むしろ感謝している。姫がそなたに悩みを溢してくれるおかげで、こちらもそなたを通して姫の悩みに早いうちに対処できる。……もう下がってくれて構わぬ」


『ぷるぷる、では僕はこれでー』


スライムはポヨポヨ跳ねながら姫の部屋へと帰っていった。


「……さて」


魔王はいつも通り窓から飛び出し、目的地へ向かった。





「へいらっしゃーい!って兄ちゃんじゃねぇか!また来てくれるなんてもしかして俺っちの店結構頼られてる感じ!?」


「……言っただろう、『今後もお前の店は利用させてもらう』と。……我はお世辞も言わぬし、嘘もつくつもりなどない」


「嬉しいこと言ってくれるねぇ!そんな死んだ魚の目をした表情で言われたら普通は嘘だと思うが、兄ちゃんは最初からそんな感じだったから別に問題ないな!」


「……正直に言ってくれるな。だがちょうどよい、魚はあるか?」


「俺っちが魚の目なんて言ったから……ってわけでもなく、最初から魚目当てで来たわけか。うーむ……」


「……どうした」


「お得意様の要望に応えるのが良い店……とは言ったがすまねぇ兄ちゃん。魚はこの村では買えないんだ」


「……何故だ?」


「このココット村付近には、魚が生息する湖が存在しないんだ。それにこの村は見ての通り山地付近……つまり交通が悪い。魚みたいに鮮度が落ちやすいもんは行商人も持ってこないんだ……」


「……なるほどな。すまなかったな、無茶を言って」


「兄ちゃんは悪くねぇよ、せっかく来てもらったのに悪かったな。……ちなみにここから近い湖なら南に向かえばそこそこ大きな湖があるぜ。若干距離はあるが」


「……何故そのような話を突然する?」


「いや、兄ちゃんなら店になくても手に入れそうな……そんな行動力を感じるからよ、もしかしたら湖に獲りに行くんじゃねぇかと」


……この男、なかなかに我の性格を分かってきてるな。


だがまぁ、そのつもりだったからここは素直に受け取っておこう。


「……感謝する。ではな」


「あっ、おい兄ちゃん!」


魔王が去ろうとすると、ダンカンが背中越しに呼び止める。


「……なんだ?」


「……兄ちゃん、釣りの道具は?」


「……釣り?なんだそれは」


「へ」


「我は捕まえる・・・・気だったのだが」


「……素手でか?」


「……それしかないだろ」


ダンカンが額に手を当て、空を仰ぐ。


何か我は変なことを言ったか?


「はぁぁ……。兄ちゃん、これ持ってけ」





そして現在に至るわけである。


「……まさか魔界の魚と人界の魚がここまで生態が違うとは」


魔王は魚を素手で捕まえるつもりだったが、そもそも魔界で生きてきた魔王にとって、知っている魚といえば魔物のそれである。


魔界の魔物は一体一体がそこそこの大きさをしているし、相手を見つけると襲いかかってくるため、実力があれば捕まえるのは簡単だ。


ゆえに、人界で人間の食べる魚が魔物と比べて小さいうえに、素早いことをこのときの魔王は知らなかったのだ。


そもそもダンカンに言われるまで、魔王は魔法で湖を吹き飛ばすつもりだった。


ダンカンの店で魚を買えないと考えていなかったため、とっさに思い付いたことを実行するつもりだったのだ。


ダンカンがもし、釣り道具を魔王に買い与えなければ、魔王の行いはすぐに周囲へ知れ渡ることになっていただろう。


そしてもし、犯人が魔王と知られた場合、最悪な事態になるのは想像に難くない。


ダンカンの釣り道具は、ダンカン達人間からしても魔王達魔族にとっても、本人達が気づくことなく世界を平和に導いていたのだった。





「……濡れるのは嫌だが、直接湖に入るか?いや、だが……」


「ホッホッホ、なにをそんなに悩んでおられるのですかな?」


魔王が振り向くと、そこには誰もが考える仙人像を体現したようなお爺さんが釣り道具を持って立っていた。


「……何者だ、ご老人」


「それは儂の台詞じゃのぅ。儂はこの辺で釣りをして長いが、そなたは初めて見る顔じゃのぅ」


「……我は」


「ホホッ、言わずとも良い。ここに来て、かつ釣り道具を持つ者など釣り人以外ありえぬ。おおかた魚欲しさに慣れぬことをする素人と言ったところじゃのぅ」


「……なかなかにはっきり言ってくれるな、ダンカンも貴様も」


姫もかなり正直なタイプのため、人間とは皆こうなのだろうかと、このときの魔王は思った。


「ホホッ、気を悪くしたのであればすまなんだ。人と話すのも久し振りゆえ、つい嬉しゅうて口が滑ってしもうたわい」


「……貴様、何者だ」


煙に巻くような喋り方に魔王が警戒するも、お爺さんは笑うばかりである。


「ホホッ、名乗る程の名など儂にはないの。……そうさな、(釣りの翁)とでも言っておこうかの。それで若人よ、いったい何を悩んでおられたのかな?」


「……別になにも」


「おおかた魚が釣れぬというところじゃろうがどうじゃ?図星か?」


「……貴様、いい性格をしておるな」


「ホホッ、よく言われるわい」


まったく、我の周りに集まる人間は変人ばかりだな。


だが、困っていたのも確かだからその道の者に頼ってみるのもありか。


「……魚が釣れぬのは確かだが、理由が分からなくてな。どうしようかと考えていたのだ」


「ホホッ、構えが下手じゃと思えばやはり始めたばかりのようじゃの。どれ、竿を貸してみるがよい」


魔王が翁に竿を渡すと、翁は竿を丁寧に調べている。


「……ふむ、竿は普通の物じゃの。釣れぬとするならお主自身の問題か」


「……我自身の?」


「まぁ見たところ、餌の付け方が甘いだの、竿の扱いや構えが下手くそなどあるが……やはりそなたの心構えじゃ」


「……なに?」


「そなたからは変わった気配を感じるが、淀み・・を感じるのじゃよ。それがなにかまではさすがに分からぬがの」


「……淀み、か」


魔王は思い当たる節に深く考え込むも━━。


「ホホッ、まぁ気にするでない。それは確かに邪魔にはなるが、儂が釣り方のコツを伝授すれば釣れぬことはない。せっかくの縁は大切にせんとな」


そう言うと、翁は竿を魔王に返し、横に並ぶように座禅を組んで座る。


「ホホッ、儂と同じように餌を付け、針を投げ、竿を構えてみると良い」


「……ふむ」


魔王が翁にならって、竿を構える。


「ホホッ、上手いではないか。あとは待つばかりじゃ」


「……それをつい先程までしていたわけだが」


「そなたは分かっておらんのぅ。よいか、ただ獲れれば良いというものではないんじゃ。魚は餌が食えるから、餌を狙っておるわけではない」


「……どういうことだ?」


「……魚は種を守るため、自らが安全を確認するために、生け贄となるのじゃよ。例えそれが罠だと分かっていてもじゃ。じゃから好き放題獲るのはいかん。本当に必要だと思う量だけ獲るに留めるのじゃ」


「……難しい話だな」


「ホホッ、そうでもないわい。いつかそなたにも分かるときがくるじゃろう」


「……そうか」


「さて、では無心に頑張っていこうかのぅ」


そして魔王と翁は隣同士でありながら、全く会話を挟まない静寂さの中、釣りをした。





「……む、もうこんな時間か」


もう既に夕焼け空となり、太陽の光が湖を橙色に染め上げている。


「……二匹釣り上げられたわけだが、翁からすればこれが我が留めるに値する量ということか?」


魔王がそこで翁の座る方向に顔を向けると。





そこには誰もいなかった。


「……いったいどこへ」


ふと自分のバケツを見ると、自分が釣った覚えのない魚が二匹ほど増えており。


魔王は結果、四匹の魚を手に入れた。


「……いつの間に消えたのか。人間は悟りを開くことで人間の枠を越えるというが、ある意味、魔族に近いのかもな。……感謝するぞ」


魔王は釣り道具と魚の入ったバケツを持って、夕日を背景に魔王城へと帰っていった。

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