第11話お姫様と魔都レヴィス1~いざ魔都へ~

姫が料理をしてから更に10日が過ぎ、もうすぐ拐われて一月が経過しようとしていた。


しかし、姫にとってはあまりにも毎日が充実していたため、「まだ一月なの?」と思ってしまう。



昔の姫は一人ぼっちだった。


王城にいるのは、王や兵士、メイド達といった大人ばかり。


血を分けた兄はいたが、次期王位につく者として厳しく教育されていたため、一般的な兄妹のように仲良くすることはできなかったし、共に話をする傍付きもいなかった。


だから何をするにも一人だった。


でも今は違う。


同じ人間ではないけれど。


捕まっている立場ではあるけれど。


姫の周りには話し相手がいる、特訓に付き合ってくれる少女がいる、彼らを支える者達がいる。


それだけで今の姫にとっては十分すぎた。





そんな矢先だった。


魔王から「……街に出てみるか?」と訊ねられたのは。





「街って……いったいどういうことです?」


「……いつまでも城の中で過ごすよりはたまには外に出てみるのはどうかという意味だが」


「……あなた、最初のときに『城の外には出せない』って言ってたじゃない」


あまりにも唐突すぎて姫は魔王に対して警戒心を抱く。


魔王はそれを察知したのか、少し態度を和らげた━━━気がした。


「……確かに言ったが、それは『姫一人では』の場合だ。逆に言えば、付き人がいれば街に出てもらっても構わない」


「……付き人って、もしかしてリルラのこと?」


「……仲が良いようだから、姫が街に行くのであれば一緒に行ってくるといい。嫌ならばそれでも構わぬが」


「……なぜ、このタイミングで?」


「……」


「一切の打算なしで……言ってるわけではないわよね?」


魔王が唐突なのは……今更な気がしないでもないけど、明らかに今回はおかしい。


街へ行くことが……人間である姫が魔族の巣窟へ行くということがどういうことか、この魔王が分かっていないはずがない。


「……詳しいことは言えぬ。だが少なくとも、我にとってもにとっても悪いことではないのだ。……それでどうする?」


「……私は」


魔王への返答に困っていると。




「一緒に行こうなのだ!」


姫が後ろを振り返ると、リルラが無邪気な笑みを浮かべ立っていた。


「リルラ!いつの間に」


「リルは王女様と一緒に街へ行きたいのだ!」


「……でも何があるかも分からないのよ?」


「そんなの心配いらないのだ!」


リルラは胸に握り拳を軽く当てる。


「だってリルが王女様を守ればいいだけなのだ!」


「リルラ……」


「それに王女様、最近特訓ばっかりなのだ!たまには息抜きもいいと思うのだ!」


「……だそうだ。どうする?」


魔王が再び問いかけてくるので姫はしばし魔王を睨み━━━━溜め息をついた。


「……私は、まだあなたの言葉を信用しきったわけじゃありません。……ですが今回はリルラに免じてあなたの思惑に乗せられてあげます」


「……あぁ、それで構わない。」





「……というわけでいざ出発なのだ!」


姫とリルラは現在、魔王城の入り口にいた。


「ね、ねぇリルラ……私はこの格好じゃないと駄目なの?」


姫の格好は、白のキャミソールに紺のショートパンツという出で立ちだ。


特訓のときは意識しないでいたが、街に出るとなると他の魔族にも見られる。想像しただけで恥ずかしい。


「街でドレスは目立ってしまうのだ。それと王女様にはこれを羽織ってほしいのだ」


リルラはそう言って、灰色のポンチョを手渡してきた。


「……どうしてポンチョ?」


「王女様は魔族の特徴は知ってるのだ?」


「魔族の特徴って、それはもちろん明らかに人と異なる姿とか、人型だと角や牙、翼とかが生えて……あっ」


「そうなのだ。でも王女様は人間だからそんなものないし、かといってフード付きのローブで行くと怪しまれるのだ。肌の露出が少なければバレることもないのだ!」


そんな単純な話なのだろうかと姫は考えるが、せっかくリルラが好意でやってくれたことを無下にするのも心苦しいのでそのまま押し黙った。


「……それにしてもリルラは変わらないのね」


リルラの格好はいつも通りのターバンと袂付きのローブだった。


「リルはこの格好気に入ってるのだ!」


「動きづらくないかしら」


「大丈夫なのだ、問題ないのだ!」


「そ、そう……」


あまりにも勢いよく言われると納得させられてしまう。


だが、その台詞に嫌な予感しかしないのはなぜだろうか。


「……そういえば、リルラは腕に何を着けてるの?」


唐突に思い出したことをリルラに訊ねてみた。


特訓のとき、リルラが腕を上げたときにわずかに袖の奥が光る。


いったいなんなのかと何度も聞こう聞こうと思っていたが、すっかり忘れていた。


「もしかしてこれのことなのだ?」


そう言って、リルラが左手の長袖を少しめくる。


それは手首に巻き付いていた。




磨いたばかりのような光沢を放つ、銀色のバングル。中心には青い宝石が埋め込まれている。


それだけでも綺麗だが、姫の目を惹いたのは周りに施された精緻な紋様のほうだった。


そこに描かれているのは、釣り合う天秤と二つの紋章。


左の皿には、頭の位置に当たる場所に光輪を浮かべ、背中に羽を生やした天使の紋章。


右の皿には、ローブを頭まで被り、大鎌を携える骸骨━━━死神の紋章。


いったいそれが何を意味するのか、姫には分からない。


しかし、そのバングルに姫は強く興味を惹かれた。


「……凄く綺麗ね」


「えへへ、嬉しいのだ」


リルラは照れるように後頭部に手を当てる。


「でもちょっと意外かも。リルラがこんなの着けてるなんて」


無邪気な少女が着けるには若干、不釣り合いな気がした。


しかし、リルラはそっと右手でバングルを撫でる。


「……これはリルにとって、大切なものなのだ。だから肌身離さず持っているのだ」



そう言うリルラの表情は穏やかさと静謐さを伴っていて。



今まで見たことのない表情に、姫は目の前にいる少女がまるで別人になったかのように感じた。


よほど思い入れのある物なのだろう。


「……そうなの」


「たとえ王女様でもあげないのだ!」


そのときには既に先程までの表情は消え、リルラは楽しそうに笑いかけてきた。


「さすがに貰おうとは考えてないわ」


姫もリルラに釣られて、苦笑気味に言葉を返す。


「その代わり今回の訪問で記念品を買うのだ!」


「それは良いわね、気に入るような物があればいいけど」


「これから行く『魔都レヴィス』には色々な物があるのだ!王女様の気に入る物もきっとあるのだ!」


リルラと歩きながら会話していると、リルラが突然「あっ」と言って立ち止まった。


「……?どうしたの、リルラ」


「そういえば大事なことを聞き忘れていたのだ」


「大事なこと?」


リルラが姫に向き直り、視線を合わせてきた。


「王女様の名前を教えてほしいのだ」


「……名前?」


「街中で『王女様』と呼ぶわけにもいかないのだ。だからできれば教えてほしいのだ」


姫はいきなりのことに少し困惑した。


姫が名前を教えていない理由、それは単純なことだ。


魔族に教える名など無いという、敵対心と警戒心を持っているからだ。


だが、目の前にいるこの少女になら教えてもいい気がしていた。


出会ってから今日まで、付き合いは短いが、リルラには表裏がないから信頼してもいいかなと思っている。


それにいつまでも王女様と呼ばれるのも嫌だ。


「……シンシアよ」


「シンシア……シンシアかぁ、いい名前なのだ!」


リルラは嬉しそうにピョンピョン跳ねている。


その様子に姫も笑みが溢れた。


「じゃあリルは『シンシア』と呼ぶから、シンシアは『リル』と呼んでほしいのだ!」


「えぇ、分かったわ」








名前を呼び合う、友達ってこんな風なのかな。


シンシアは満たされたような幸福を噛みしめ、胸を弾ませながら。


リルラと共に魔都へと向かった。





この街への訪問に、魔王の思惑が絡んでいるという疑念を忘れたまま。

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