第10話お姫様と料理

リルラの特訓から更に5日が経過した。


未だにリルラに一撃を当てることは叶わない。


それでもリルラからすれば姫の動きも剣の冴えも良くなってきているらしく、


「このままじゃあリルは王女様に殺されてしまうのだ……」


と、かなり本気な声音で畏怖していた。


この間の一件以降、気迫が凄いらしい。


ライムにも『ぷるぷる、お姫様なにかあったー?』と心配そうに訊かれた。


まぁ理由は分かっている。


魔王がどう思っているのか気になっているのだ。


思い出せば、魔王にはライムと風呂に入ったときにバスタオル越しとはいえ裸を見られている。


本人はまっっったくこれっっっぽっちも気にしてない感じだったが。


とにかく魔王のことが気になる、超気になる。


この間の質問に対してどのような考えを抱いてたのか問い質したい。


だが魔王はここ最近、姫の相手をリルラに任せっきりで姫の前には現れない。


ならば自分が行けばいいのだが、それはそれでなんか……嫌だ。


そんなわけで姫は鬱憤を抱えたまま、特訓に励むのだった。






「王女様、食堂に行こうなのだ!」


特訓終了後、リルラがそんな話を持ちかけてきた。


「食堂?そんなものがあるの?」


「もちろんなのだ!ちょうどお昼時だし、一緒に行くのだ!」


リルラが何故このタイミングで誘ってきたのかは分からないが、魔王城を詳しく知るためとリルラのせっかくの好意なので食堂に向かうことにした。




「ポポンー、いるのだ?」


バターーーーン!!


リルラが扉を破壊する様な勢いで開くと、そこには清潔な空間が広がっていた。


綺麗に並べられた机と椅子、そして中での料理作業が見える丸見えの厨房。


姫が昔読んだ(人界の料理店)に出てきたのと似たような構造だった。


「はいはーい、この扉の開きかたはリルラしかいな……あれ?」


厨房から一人の女性が出てきた。


赤髪赤眼で頭に大きなコック帽を被り、白色を基調としたコックの格好をしている。


「おや、誰かと思えば姫様じゃないですか」


「……私のこと知ってるの?」


「えぇ、魔王様に聞いてますから。っと自己紹介をしていませんでしたね」


すると、女性は一流シェフのようなお辞儀をしてきた。


「お会いするのは初めてですね姫様。私は調理場責任者のポポンといいます」


「……もしかして、私の料理を作っているのは」


「えぇ、それは私がやっています」


「そうですか、いつもありがとうございます」


「いえいえ、もともとは魔王様の命令でやっていることですから」


……やっぱり魔王か。


「あの、一つ聞きたいんですけど」


リルラが遠くではしゃいでいるのを確認して、姫はポポンに訊ねた。


「なんでございましょう?」


「あなたたちは……どうして魔王にそこまでして仕えてるの?」


魔王。魔族の頂点に君臨し、全てを力と恐怖でねじ伏せる者。


姫は王宮でそう教えられ、育てられてきた。


だがディロやリルラを始め、今目の前で話しているポポンもとても魔王に恐怖しているような様子はない。


むしろ自分らしさを顕著に出しているようにも見える。


「どうして……ですか」


ポポンはうーんと少し考えるように腕を組み、そして苦笑を浮かべた。


「なんていうか……放っとけないんですよね」


「放っとけない?」


「魔王様が恐れられる理由……色々有りますが、その最たるものとしては圧倒的な強さです。『力が全て』、これは魔界人界を問わず、魔族にとっての絶対的な基準ですから。あと強いてあげるなら死んだ魚のような目ですかね。なに考えてるか分からないでしょう?あれ」


「……確かに」


「普通の魔族からはそれだけで恐怖たりうるんですよ。冷徹さを想わせる瞳に、感情の籠らない声で命令されれば逆らう気になんてならない。……でも私達は知っていますから」


「知っているって……なにを?」


「魔王様がそこまで冷徹でもなければ残酷でもないことを」


その言葉に、姫は身を固める。


「……魔王様がどうしてあんなにも感情に乏しいのかは知りませんが、あの方は一度も部下に対して冷酷な仕打ちをしたことはないんです。魔族の頂点に立つ立場にありながら……あの方は部下と同じ目線で接してくれる」


ディロが説教をするときのように。


リルラが甘えるときのように。


ポポンが料理の失敗に対して苦言を言ったときのように。


「……まぁ、甘いといえば甘いんですよね。『力が全て』の魔族においてその在り方は。でもだからこそなんでしょうね。『抑圧することなく、ときに寄り添い、ときに分かち合う』、そんな魔王様だからこそ私達は仕えたいと思えるんです」


「……そうなの」


「それに、姫様も思ったことがあるんじゃないですか?あまりにもやることが合理的じゃないって」


「……そうね」


人質として拐ってきた姫に、魔王は不自由させないように様々なことをしてきた。


人質の、しかも敵対する相手に施しを与えるなどどうかしてる。


しかし、それは姫にとっては━━少なくとも合理的ではないけれど━━嬉しいことだった。


「……とはいえ、私達でも魔王様が何を考えているのかたまに分からないんですけどね。あの方は本当に何を仕出かすか分かったもんじゃない……」


そう言いながらもポポンの表情は落ち着いた笑みを浮かべている。




魔族達も人間と変わらないのかもしれない。


しかし、姫はそこでふと思い出してしまった。


魔族と人間がどれほど永い時を争ってきたのかを。


「……ならどうして、魔族は人間を」



たくさん殺したのか。



そう言葉にする前に━━━━。


「何の話をしてるのだ?」


遠くにいたはずのリルラがいつの間にか横にいた。


姫は一瞬ビクっとするも、ポポンは取り乱すことはなかった。


「んー?魔王様は何考えてるか分かんないって話だよ」


ポポンがリルラの頭をね繰り回すようにウリウリと撫でる。


「そんなの昔からなのだ!」


「あなた何気にひどいこと言うわね……」


「でもリルは魔王様のこと大好きだから関係ないのだ!」


「まったく、お子様ねぇ。まぁそこがリルラの良いところでもあるんだけどね」


姫は二人の様子を見ながら、先程言いかけた言葉を飲み込んだ。


代わりに別の言葉を口にした。


「……ポポンさん、お願いがあるんですが」





「料理が作りたい……ねぇ、まさか姫様がそんなこと言うとは」


現在、厨房には姫、ポポン、リルラの三人がいた。


姫はエプロンと三角巾を着けている。


ポポンは帽子を脱いでいるので、今は頭から角が見えている。


しかし、リルラはそのままの格好だった。


「なんでリルだけそのままなのだ?」


「あなたは普段からターバン巻いてるからね。それに姫様だけで料理するならわざわざ着なくてもいいのよ」


「そうなのだー?」


「そうなのだ」


うんうんと頷くポポンの様子に、姫はつい笑ってしまう。


「ところで……姫様は料理は初めてで?」


「えぇ、そうね。今までは専属のコックがやってくれていたから……」


「やっぱり姫様なんだね。……ちなみに姫様、火を使うときに炎魔法を使ったりします?」


神妙な顔でポポンが訪ねてきた。


その何とも言えない迫力に、姫は気圧される。


「い、いいえ。私は魔法は使えないからポポンさんに任せようと思ったんですけど」


「あー、今更ですけどポポンって呼び捨てで良いですよ。あと敬語禁止です」


「え、えぇ?」


「私の周り、敬語使う人……魔族がいないんで、あんまりかしこまられるの好きじゃないんですよ。ですから今度からはタメ口でいいですよ」


「わ、分かったわ……ポポン」


「うん、これでよし!魔法は任してください。というかむしろやらせてください……」


「な、なにかあったの?」


「……あー、いや大したことではないんですが、魔王様がちょっと……ね」


視線を逸らすポポンに姫はあぁ、と呟いた。


なんか焼き魚を持ってきたときに煤だらけだったから、なにかやらかしたのだろう。


でも、あのときの魚は美味しかったな。


「でも何を作ろうかしら」


「あれ?決めてなかったんですか」


「え、えぇ。料理なんて初めてだから何を作ればいいのか……」


「……ふむ」


ポポンは奥の戸棚から、一冊の本を取り出してきた。


それを姫に渡す。


「……これは?」


「なんか魔王様が人界で買ってきた『あなたの心と胃袋を鷲掴み☆料理初心者編』という本ですね。手軽に作れるレシピが載っています」


「ちなみにポポンは作ったことは?」


「姫様の料理に出すものならば」


「そう、なら教えてもらってもいい?」


「どうぞどうぞ、ちなみに材料は魔王様が人界でたくさん買ってきてるので好きな料理を作るといいですよ」


魔王、あなた人界でどれだけ買ってきてるの……ていうか、どれだけ訪れてるの……。





「……で、これは?」


魔王の目の前のテーブルには、料理が一品置かれていた。


白いお米の上に、濃い茶色の液体のようなものがかけられている。


たくさんの具が様々な色彩を放ち、米と共に光に当たって輝いているようだ。


そして鼻を刺激するスパイシーな香りが、誰もがすぐにでも手を出したくなるような魅惑を放っている。


「魔王様はカレーをご存知ではないんで?」


ポポンがコックの衣装を脱いだ普段着で、魔王の部屋を訪れてきていた。


「……ふむ、これがカレーか。美味しそうだな」


「美味しそう、じゃなくて美味しいんですよ。食べてみてくださいな」


「……ふむ、ではいただこうか」


魔王はスプーンでカレーを掬い、口に含む。


モグモグモグモグ━━。


「……ふむ、甘いな」


魔王の言葉に、ポポンは。


「そうでしょうそうでしょうって、え?」


自信満々な様子から一転、すっとんきょうな声をあげた。


「……甘いですか?うまいではなく?」


「……甘いが?」


「……あれれ?おかしいな。辛みが効いたレシピで作ったはずなのに」


「……この料理はポポンが作ったのか?」


「えっ、あー、ええと……」


急に口ごもるポポンに、魔王はジッと視線を向ける。


「……姫様です」


「……姫が?意外だな」


部屋から出てきた直後に姫はリルラとの特訓を開始し、今度は料理か。


今の生活に順応しつつある姫に、魔王は笑みを━━━━浮かべこそしないが、ふっと笑った気がした。


「……で、甘い原因は?」


「ち、ちょっといただきますね」


ポポンが魔王のスプーンを奪い取り、カレーを口に含む。


しばし黙り混むと……。


「……すごく……甘いです」


ポポンは片膝をついて、頭を垂れる。


「くっ、火のほうにばかり気をとられて、味見と確認をし忘れた私の落ち度です!どうか殺っちゃってください!」


「……殺らぬわ」


部下の大袈裟な態度に魔王はいつも通りに応える。


そもそもポポンがいなくなったら誰が料理を作るのか。


ポポンはしばし魔王を見つめ、苦笑した。


「……やっぱり甘いですね」


「……カレーがか?」


「いいえ、なんでも。……ところで甘いのはたぶん砂糖の入れすぎかと」


「……そうか、ちゃんと姫に計るように伝えなさい」


魔王が言うも、ポポンはもじもじして何か言いあぐねている。


「……まだなにかあるか?」


「……えぇっと、そのー、魔王様。実は姫様が初料理ということで張りきりすぎてしまいまして、カレーまだまだあるんです……」


「……マジか」





その日、魔王を始め、リルラ、ディロ、ポポンが残ったカレーを食べきることになったが、このときばかりはバラバラになりやすい皆の感想が「ただただ甘い」と一致するのだった。


ディロに至っては「血糖値がぁぁ……!」などと呻いていた。





そして当の姫は━━━━━。




「……甘いわね」


『ぷるぷる、甘いねー』


ライムと一緒に甘すぎるカレーを泣きそうな顔で食べていた。


そして姫はこの日、「次こそはうまく作ってみせるんだから!」と意気込み。






「……よくよく考えると私、魔王様のスプーンで間接キス……うぅぅ、なにやってんのよわたしぃぃ……っ!」


ポポンは自身の軽々しい行動にのたうち回っていた。

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