第3話 魔王様と話し相手
「魔王様、申し上げる事案がございます」
姫を誘拐してから今日で3日が過ぎていた。
「……ディロ、どうした」
「人間の姫君のことでございますが」
「……またなにか問題でもあったか?」
食事に関しては既に解決していた。
あの後、魔王に恥ずかしいところを見せてしまった姫はしばらく魔王に視線を合わせなかったが、
「……ごちそうさまでした」
料理は美味しかったのか、お礼を言ってきた。
その後はディロが料理を持っていっているが、どうやらちゃんと全部食べているらしい。
「えーと、確かに問題はあるのですがどうすればよいのか少々悩んでおりまして……」
「……言ってみろ」
「……姫、入るぞ」
ディロの話を聞き、魔王は姫の部屋を訪れた。
「……入ってください」
姫は椅子に腰掛けていた。相変わらず警戒はしているのか、声音は固い。
しかし魔王はそれを気にせず部屋に入った。
「……今度は何の用ですか」
「……姫、お前は話し相手が欲しいのか?」
「……ディロさんに聞いたんですね」
魔王の言葉に、姫は困ったように頬を掻いた。
「……ディロに言ったそうだな。『一人でいるのは寂しい』と」
「……えぇ、言いましたよ。だからなんですか?」
姫は魔王を咎めるような視線で睨み付けてくる。それでも魔王は臆することなく言葉を紡いだ。
「……お前には城の中を自由に歩いてよいと言ったはずだ。だが報告ではお前は1度も部屋から出ていないらしいな」
「……」
「……話し相手が欲しいなら言ってくれれば探してみるが?」
「……そんなこと、するわけないじゃないですか」
「……」
「周りには家族も友も……ましてや人もいない、敵である魔族しかいない場所で、そのようなことできるわけないじゃないですか!」
姫が椅子から立ち上がり、魔王に向き直る。その瞳は今にも泣き出してしまいそうなほど揺れていた。
「……」
「そんな楽観的に解決するんだったら、こんなに悩んでなんかいません。ディロさんにだって本当は言うつもりはありませんでした。……だって、あの人も魔族だから」
「……そうか」
魔王は変わらぬ表情で、姫を見る。
拳は震えてしまうほどに強く握られており、涙を流さないようにするためか、顔は俯き、下唇に歯が食い込んでいる。
部屋が静寂に包まれるなか、しばらくして魔王は重々しく口を開けた。
「……だが、お前がディロにそのことを呟いたのは耐え難いことだったからだろう?」
「……それは」
「……お前には
魔王の問いかけに、姫は少し俯き━━━。
そしてゆっくりと、首を前へと倒した。
「……というわけで連れてきたぞ」
『ぷるぷる、ボクそんなに怖くないよ』
魔王の足元には、楕円状の物体がポヨポヨと跳ねていた。
「……これは?」
目の前で動いている水色の物体に、姫は困惑した表情を浮かべている。
「……お前が王宮育ちとはいえ、スライムくらいは知っているだろう」
「えぇ、それくらいは知ってますが……。それよりどうやって意志疎通してるんですかこれ……?」
姫がスライムを矯めつ眇めつと言った風に観察する。何故ならスライムという種族には顔の輪郭といった物が存在しないのだ。
「……スライムは口がないのでな。さすがに話せるようにすることはできないが、術でテレパシーを可能にして言葉や感情を伝達するようにはできる」
「……つまり、考えたことをそのまま相手に伝えられると?」
「……まぁそういうことだ」
『ぷるぷる、よろしくねー』
スライムがクネクネと揺れると、姫はクスッと笑った。
「えぇ、私もよろしくね」
「……どうやら問題はないみたいだな。……ではな」
魔王が部屋を出ていこうとすると。
「待ちなさい」
「……なんだ?」
「……ありがとう、我が儘を聞いてもらって」
姫はしばし押し黙るも、お礼とともに、はにかむように笑った。
「……気にするな、その程度なら我が儘にも入らぬ」
相変わらずの真顔で、魔王は部屋を後にした。
「……あのスライムを気に入ってもらえたようでよかったな」
実を言うと、あのスライムはこの城に住む者ではない。
魔界にはそもそも通常のスライムは生息しないのだ。
ならばあのスライムをどこから連れてきたのかと言うと━━━━。
「……魔王様!私の話を聞いてますか!何故わざわざ魔王様自ら人界へ行くのですか!確かに私が魔王様に姫君の悩みを話したのが原因ではありますが、それを差し置いてもあまりにも無謀でございます!そもそも魔王様には…………」
まぁ、つまりはそういうことだ。
あのスライムはココット村の傍で捕まえてきた魔物だ。
一応捕まえる前に、ちゃんと事情は説明してあるし、待遇も本人?が承諾してもらえるように良くはしてある。
……姫の悩みが解決できた代わりに、魔王は説教をもらっているわけだが。
「……きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
突如、女性の悲鳴が魔王の部屋まで響き渡る。
「今のはもしかして姫君!?」
「……行ってくる」
ディロに止まるように指示し、魔王は少し急ぎ足で姫の部屋へと向かった。
「……姫、入るぞ」
魔王は返事を聞く前に、部屋へと入る。
しかしそこには見たところ誰もいない。
「……浴槽か?」
魔王は奥にある別の部屋、浴槽へと続く扉を軽くノックして開くと━━━━。
「……姫、どうした」
「うぅっ、ライムちゃんが……ライムちゃんがぁ……」
バスタオル一枚姿で泣きついてきた。
「……ライムちゃん?」
「スライムのことです」
姫がそう言って、浴槽へと顔を向ける。
魔王が浴槽を見ると━━━。
『……ぷるぷる、魔王様すみませんー』
「……なにをやってるんだお前は」
浴槽にスライムが溶けていた。見事なまでに湯船の表面を覆い、お湯の色が水色に変わっている。
『ぷるぷる、ごめんなさいー。水分駄目なの忘れてたんですー』
「……お前たちスライムはスライム
とはいえこのまま放っとくわけにもいかない。
「……仕方ない、手間はかかるがスライム核を使ってなんとか元に戻すか」
『ぷるぷる、魔王様ごめんなさいー』
「……もうよい、ところで姫」
「な、なんですか?」
突然言葉を振られて、姫は動揺する。
「……いつまでそのような格好でいるのだ?風邪を引くぞ」
金糸の様な滑らかな髪は水を含むことでしっとりと濡れて煌々と輝き、日に焼けてない白い肌が湯上がりでほんのりと赤みを帯びている。バスタオルは肌にぴったりと張り付き、年不相応に育った胸から腰までの線をくっきりと描いている。それは視たものの心を惑わしてしまうほどに蠱惑的であった。
魔王が特に表情を変えることもなく、淡々とした口調で言うと。
「…………」
姫は下に視線を向け、状況を確認。
ゆっくりと視線を元に戻し━━━━。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ごふうッ!?」
顔を一瞬で真っ赤にして、魔王の顎に見事なアッパーカットをぶちかました。
姫の悩みを解決した結果、ディロに説教され、姫にアッパーカットをくらわされ。
ろくな1日じゃないな……と思いながら、魔王は床へとぶっ倒れた。
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