第18話お姫様と魔都レヴィス8~始めの第1歩~
「ぷはー!やっぱり美味しいのだ!」
「……えぇ、そうね。美味しいわ」
薄暗い空の下、リルラと共に飲み物を飲みながら魔王城へと帰るシンシア。
あの後、ガルディの屋敷が崩壊したことで魔族達が集まってきたのでシンシア達は見つかる前に撤退した。
やりすぎなのではと思ったが、リルラが言うにはガルディを含めた魔族達は瓦礫に押し潰されないように置いてきたらしい。
救助されるまでは苦しい闘いになりそうだ。
地下に幽閉されていた魔族と人間は、リルラが魔族は解放し、人間は睡眠薬で眠らせた後、転移石というアイテムで人界のココット村というところに送り届けたらしい。
シンシアには無事を確かめる術はないが、どうか無事元の街に戻って平和に過ごしてほしい。
後は地元の魔族達に今回の件は任せよう。
「……ねぇ、リルラ」
「シンシア、どうしたのだ?」
「どうしてあなたは……魔王に仕えてるの?」
シンシアの問いに、リルラはピタリと止まり、笑みを浮かべる。
それは普段の無邪気さなんて皆無の、苦笑するような自嘲じみた笑みだった。
「リルはもともと純粋な魔族じゃあないのだ」
「……えっ?」
「シンシアは半魔を知っているのだ?」
「……知識程度には」
半魔。人間と魔族から産まれたハーフ。
奴隷として捕まった人間の女性との間に魔族が無理矢理産ませた存在であり。
人間たちからは「
魔族は快楽のため人間の女を抱くため、子供になど興味がない。
それゆえに、産まれた半魔のほとんどは憎しみに駈られた人間に棄てられるか。
━━殺されるかの二択だった。
「産まれてすぐに棄てられて、運良く人間のお爺ちゃんに拾われて……でも物心つくまえに、そのお爺ちゃんが亡くなって……それからは生きるために村や街を転々としたのだ」
「……っ」
「リルは人間の血が濃かったから、魔族の象徴足る角も牙も翼もないのだ。それでもたまに半魔だとバレたり、噂をされて人間に石を投げられて、魔族には虐められて……そんな人生を送っていたのだ」
あるとき、魔族に殺されそうになったから反撃した。
自らの力を制御しきれず、逆に殺してしまった。
殺らなければ自分が殺られてしまうから。
血に濡れた自分を見て、「死んだほうが幸せなのかもしれない」と、自暴自棄になりかけていた。
そんなときだった、魔王様に出会ったのは。
「あの日、初めて差し伸べられた手の温もりを知ったのだ。そうして魔王様の元で日々を過ごすうちにリルの中のなにかが変わっていったのだ。だから今度はリルが望んだのだ。『魔王様の役に立ちたい』って」
「……そう、そんなことがあったのね」
「だから、今度はリルの番なのだ!魔王様やディロ爺、ポポン、たくさんの人達を笑顔にしてあげたいのだ!」
自分が苦しんだ分、誰かを元気にしてあげたい。
それはまぎれもないリルラの強さだった。
「それにそのおかげでリルはシンシアとも知り合えたのだ。リルは嬉しかったのだ。人間の友達は初めてだから」
「リルラ……」
「これからもできれば『リル』と呼んで欲しいのだ。……リルの我が儘聞いてもらえるのだ?」
「……くすっ、当たり前じゃない。その程度我が儘にも入らないわ」
「そういえばシンシアは魔王様のこと好きなのだ?」
突然の話題転換に動揺して、シンシアは飲み物をブーッ!と姫らしからぬ行いながらも吹いた。
「いっ、いきなり何を……」
「昔読んだ本で、『照れたり、素直になれないのは好きな証』と書いてあったのだ」
「そんな本、参考にしちゃダメ!というか、リルはどうなの!?」
「リルは魔王様もディロ爺もポポンもシンシアも皆大好きなのだー!」
絶対「好き」の意味が違うだろう。
「この間も魔王様の前で真っ赤に照れたりしててシンシア可愛かったのだ!」
「なっ……なっ……!」
「それで、シンシアは魔王様のこと好きなのだ?」
「リ、リルーー!!」
「あはは、お城までかけっこなのだ♪」
真っ赤な顔のシンシアと、いつもの笑みを浮かべたリルラは城へと駆けていった。
*
コンコン、コンコン。
「……姫、入るぞ」
「えぇ、どうぞ」
姫の部屋に、魔王が訪れた。
「……今日は大変な目に合わせたようですまなかったな」
「……別にいいです。私もリルラも無事だっし、その……楽しめましたから」
「……そうか。ところで姫、なぜそんなに顔を赤くしておるのだ?」
「……!なっ、なんでもありません!ところでリルラは?」
「……今日の褒美に『好きにさせてほしい』と言って、我が頭を撫でたりしているうちに寝たぞ」
「……そう」
「……今日の件はリルラは悪くない。だからあの者を嫌いにははならないでやってくれ」
「……」
別にリルラを恨んでなんかいない。一応、魔王のことも。
むしろ、今回の件はシンシア自身の見聞を広める意味でも有意義だった。
魔王の支配に隠れながら、非人道的な行いをする魔族もいるということを学んだ。
それにしても。
「……本当に甘いわね」
これが、噂に名高い恐怖の魔王……か。
噂とこうも違うと、何もかもが馬鹿馬鹿しく思えてくる。
小さく呟いた言葉のため、魔王の耳には聞こえていなかった。
「……もし、また街へ出たいときは言ってくれ。……ではな、姫」
「シンシアです」
部屋を出ようとした魔王が振り返る。
「……私の名前はシンシアです。今度からはそう呼んでください」
魔王っぽくぶっきらぼうな口調で言ったシンシアの言葉に、魔王は瞳を閉じ━━。
「……分かった。ではな、シンシア」
「……えぇ。またね、魔王」
魔王は部屋を出ていった。
「……きっと、私は知らないといけないのよね」
王宮で教えられてきたことと、現実はあまりにも違った。
見た目はあんなのだけど、魔王は怖くなんてなかった。表情筋はあれだけど。
魔族の中にも噂通りのやつはいたけれど、リルラ達魔王の配下、魔都レヴィスの魔族達は人間味に溢れていた。
たくさんの誤解があるのだろう。
埋まることのない溝が既にできてしまっているのだろう。
だからこそ思う。
どれくらいこの生活が続くかは分からない。
だけど、私はきっと歩み寄らないといけないのだ。ちゃんとお互いに手を伸ばしあい、触れ合わなければならないのだ。
かつて魔王が半魔であるリルラにそうしたように。
できることなら、誰もが種族の垣根なく、歩み寄れる世界を作りたい。
そのためにもまずは、魔王に少しでも歩み寄ってみようと考えるシンシアであった。
「……もちろん、好き云々は関係ないですからね!!?」
『ぷるぷる、シンシアちゃん誰に説明してるのー?』
*
誰もが眠りにつく深夜。
魔王は自室の椅子へと座り、今回のリルラの報告書を読んでいた。
「……やはり、力ある者の中にはこのようなことに手を染める者がいるか」
残念ながら、魔王には千里眼などは備わっていない。
ゆえに、このようなことに対しては早急に対処することができないのだ。
今回は手遅れにならなかっただけでも僥倖である。
「……他の魔都についても調べるべきであろうな」
そこで魔王は隅に置いた大量の紙の束から一枚の紙を取り出した。
その紙の一番上にはこう書かれていた。
『人界・魔界の恒久的平和に関する決まり』
「……姫を拐って一ヶ月。そろそろ王国が勇者を招集して旅に出る頃だろう。……ここに着くまでに約一年……か」
片付けなければならないことはたくさんある。
だが、やらなければならない。
姫を誘拐したあの日から、既に歯車は廻っているのだ。もう止めることはできない。
「……急がねばな、手遅れになる前に」
空を見上げながら呟いた魔王の言葉は誰に聞かれることもなく、彼方へと消えていった。
第1章『始まりの一月』・完
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