第21話魔王様の不思議なダンジョン

魔王は中庭を覗いている。


そこでは、シンシアとポポンが特訓をしていた。ちなみに、リルラは中庭の隅でのんびりその様子を観賞している。


「甘いですよ姫様!相手が武器を持ってるからって武器で攻撃してくるとは限らないんですからね!」


「う、分かったわ!」


「まだまだですよ姫様!ずる賢い者が多い魔族相手に正攻法だけでは勝てませんよ!」


「う、頑張るわ!」


「気を抜いては駄目ですよ姫様!相手が無防備だからって油断は禁物ですよ!」


「う……せいやぁ!!」




「……頑張っているな」


もっとも、姫がヤケクソになっている気がしないでもないが。


いったいなぜあんなに気が立っているのか。


原因の元である魔王には分からないのであった。





「魔王様、どうしたのだ?」


魔王の前には、特訓を終えたシンシアとリルラがいる。この廊下をいつも通るのを承知で、魔王は用件のために待ち伏せしていた。

ちなみに、ポポンは料理の下準備ということで食堂へと消えた。


「……これから我は地下へ向かうが、お前達もくるか?」


「……地下?地下に何があるんですか」


突然のことに、シンシアが訝しげに魔王を見つめる。


「……行けば分かる」


「地下!?行きたいのだ!」


リルラは興味を持ったのか、そんなことお構いなしにはしゃいでいる。


「……ついてくるといい」


魔王が身を翻し歩きだしたのを、シンシア達は後からついていった。




魔王城にはまだまだ知られていない場所が多く存在する。


廊下のちょうど半ば地点で魔王が立ち止まった。そして壁へと向き直る。


一見ただの壁であるが、魔王が手をかざすと壁が淡く輝き紋様を描く。


そして次の瞬間には、壁の一部が消滅し、地下へと下りる階段が出現した。


「……すごいわね」


姫が感嘆するように呟き。


「わー……こんなの初めて知ったのだ!」


リルラがワクワクとしていた。




階段を下りた先には一直線の道があり、その奥には見上げるほどの大扉が待ち構えていた。


黒々とした重厚さを漂わせる、両開きの扉。


その一面には円形の巨大な魔法陣の様なものが書き込まれている。


「魔王、これはなんですか?」


そしてその扉の横にあるものに、シンシアが興味を持った。


そこにはスイッチらしき緑色のボタンがある。


「……押してみるといい」


魔王が促すので、シンシアがそっとボタンに触れると。



突如、魔法陣の中心でとてつもない速度で文字のようなものが切り替わる。


「いったいなにが起こるの!?」


シンシア達が驚愕するのを、魔王は黙って見つめる。


徐々に速度が低下していくと、それがアルファベットであることが分かる。


そしてアルファベットのFになると、そのまま動きが止まった。


「……魔王様!?なにやってるんですか!」


後ろから聞こえた声に振り向くと、そこにはディロがいた。


「……どうしたのだ、ディロ」


「どうしたじゃあありませんよ!魔王様だけでなく姫君とリルラが見当たらないと思い探してみれば、なぜ宝物庫に来てるんですか!?」


「……宝物庫?」


シンシアの呟きに、ディロが答えを返した。


「えぇ、ここは魔王城の様々な宝が眠る宝物庫への入り口です。ですがここのことを知ってるのは配下の一部だけですし、誰も入ろうとも思いません」


「……なんでですか?」


「この宝物庫はかつて魔王城を建てた魔族アントニが、特殊な仕掛けギミックを施し作成したものです。その仕掛けというのが……」


ディロの説明を聞いて、シンシアとリルラは目を丸くした。


この宝物庫は「不思議のダンジョン」と呼ばれる、全五層の特別な構造をしている。


なんと入るたびに、ダンジョンの構造や罠がところどころ変化するという。


魔方陣の文字はそのときのダンジョンのレベルを表しており、ランクはA~F、Aの上にSがあり、全部で七つ存在し、ランダムで決定される。


このダンジョンに現れる敵の数や強さは、このランクによって変わるらしい。


「……なんでそんなものを魔王城に?」


「……おそらく創作者の気紛れと、面白さを追求したゆえかと」


ディロの答えに「その魔族、享楽者で愉快犯なのかしら」と、シンシアは考えてしまった。


「……Sが天位、A~Bが上位、C~Fが下位とされている。今はFランクだからシンシアもつれていこうと思う」


「……私もですか?」


魔王の言葉に、シンシアはきょとんとする。


「……よい訓練になると思うぞ」


「……もし、負けたらどうなるんですか?」


シンシアが不安げにそう訊ねる。


「……恐ろしいことが起こる」


「そ、それは……?」


魔王が重々しく口を開き。








「……所持金が半分持っていかれる」


その言葉に、シンシアはずっこけそうになった。


「どういうことです!?」


「……上位は殺しにかかってくるが、下位は殺さず気絶だけさせてお金を奪っていく。そして入り口まで運んでくれる」


「……随分と親切設定ですね」


「……創作者の気紛れと、面白さへの追求ゆえだろうな」


「ろくなこと考えない創作者ね……」


「大丈夫なのだ!万が一のときはリルがシンシアを守るのだ!」


「……ありがとう、リル」


リルラの言葉に落ち着きを取り戻すと、シンシアは大きく深呼吸をし、扉に手を掛ける。


扉を開けると、目の前には石造りの部屋が広がっていた。見渡すと部屋の何ヵ所かに先へと続く一本道がある。


長い年月ゆえか、もともとの設計か、白色に近い石は薄汚れ、周りには緑色の苔がふさふさと生えている。


「……罠には気をつけていくぞ」


魔王がそう言うと、皆こくこくと頷き進みだした。




「そういえば、どうやってこのダンジョンは動いているの?」


シンシアの質問に、魔王は首を傾げる。


「……どうやって、とは?」


「ここは構造が入るたびに変わるのでしょう?だったらその仕掛けはどうなってるの?」


「……あぁ、そういうことか。見た目では分からないが、この石の中には無数の魔法陣が刻まれていて、その魔法陣の連鎖反応を用いてダンジョンの構造や罠を施している。……魔法陣に必要な膨大な魔力は魔界の地脈に流れるものを使っている」


シンシアはきょろきょろと周りを見渡す。


この積み上げて作られた石部屋一つ一つにそれだけの手間がかかっているなんてという驚きと。


こんなことにそんな技術の秘奥みたいなものを使わなくてもという呆れだった。




「……む」


魔王が立ち止まり、手で制する。


「……どうやらお出ましのようだ」


部屋には五体の敵がいた。


人間のような姿をしているが、土気色をした身体に加えて、顔がない。


魔物の中には土や泥から作られた者がいるが、あれには少なくとも顔があるし、声も発する。


少なくとも魔物ではない。


「……ここの敵は魔方陣から生まれた土人形で意思はなく、魔物とも違う。……別に倒していいぞ」


魔王の一言に。


「それなら頑張るのだ!」


リルラが右手を握り、左手に打ち付ける。


「……四体はこちらで相手をするから、シンシアは一体頼む」


「……えぇ」


殺される心配がないとはいえ、初めての実戦にシンシアは緊張する。


部屋に踏み込むと、五体の土人形がこちらに顔らしきものを向け襲ってきた。


魔王達がうまく誘導し、シンシアの元に一体の土人形が跳んでくる。


土人形が跳躍したまま腕を振り下ろす。シンシアはそれを危なげなく横へ避け、剣で腕を狙う。


土のせいか、切れ味のない模擬剣でもあっさりと腕を吹き飛ばした。反撃を心配して一度距離をとるも、土人形はその場で体をユラユラと揺らすばかりだ。


人間に近い容貌のため、シンシアは一瞬嫌悪感を抱くも、それを振り払う。


(これなら、私でも闘える!)


リルラやポポンと比べても、土人形の速さは遅く、シンシアでも十分動きが分かる。

シンシアは自らを鼓舞し、今度は自分から土人形へと突進する。


しかしここはダンジョン。何が起こるか分からない場所。


もう少しで剣の届く範囲に入るというところで。



足元でカチッとという音が響いた。




「きゃっ!?」


シンシアと土人形を包むように辺りの床から白煙が上がる。


「シンシア!大丈夫なのだ!?」


「え、えぇ、大丈夫よ!」


離れた場所からリルラの声が聞こえる。


白煙によって視界が悪く、土人形がどこにいるのか分からない。シンシアは白煙から逃れるために声が聞こえた方角へと歩みを進め。




カチッ。


「え?き、きゃぁぁぁぁぁ!!?…………」


その直後悲鳴をあげるも、声は徐々にフェードアウトしていった。





「シンシア!?……せいやぁ!!」


リルラが足から真空波を放つ。


シンシアに当たらないよう狙いをはずした真空波は白煙を巻き込み、霧散する。


そして白煙が晴れた場所には━━。




腕のない土人形だけが佇んでいた。


「シンシア!?」


リルラが無造作に腕を振るい、土人形をバラバラに吹き飛ばし、辺りを調べる。


しかし、そこにはなにもなかった。


「いったいどこへ消えたのだ!?」


「……落ち着け、リルラ」


魔王が慌てるリルラを落ち着かせるように、頭に手を乗せる。


「魔王様!でもシンシアが!」


「……落ち着けリルラ。シンシアはおそらく下の階だ」


魔王の言葉にリルラが動揺する。しかし、先程までの焦りは消えていた。


「……このダンジョンには様々な罠がある。おそらくシンシアは(落とし穴の罠)に引っ掛かったのだろう」


「……シンシアは大丈夫なのだ?」


「……下位ランクは相手を殺さないように、罠にも施しがしてある。少なくとも、余程のことがない限り、死ぬことはない」


「それなら急いで向かうのだ!」


「……あぁ」


「魔王様、向こうに階段がありましたので、行きましょう」


「……ディロ、わざわざすまぬ」


「いえ、とにかく今は姫君を追いかけるのが先決です。急ぎましょう」


「……うむ」


(……誘導に時間をかけすぎたうえに、姫から離れすぎたのが裏目に出たか)


加えて下位ランクで連携罠トラップ・コンボがあること自体が稀なため、魔王自身、そのことに対して油断していた。


(……シンシア、無事でいてくれ)


魔王達は第一層を踏破し、次の層へと下りていった。





「……う、ゲホッ、ゲホッ!」


シンシアは激しく咳き込む。見たところ、どこにも外傷はなかった。




━━服がずぶ濡れではあるが。


「……下が池になっていたおかげでなんとか助かったけど……」


シンシアは辺りを見渡す。


「……感覚的に、かなり下まで落ちてきたわね。ここ、何層かしら?」


このダンジョンは全部で第五層まであり、入り口が第一層、宝物庫は第五層を下りた先にある。


「……私一人で大丈夫かしら」


土人形の強さが先程と変わらないなら、シンシアは勝てる。


だがそれは相手が一体の場合だ。シンシアには対複数戦の経験も知識もない。


先程のように五体現れたなら、負ける可能性だってある。


……(負けても入り口に戻されるだけらしいけど、そんなのは嫌)


それでもシンシアは諦めない。


誰かに頼るばかりなんて、私はそんなの許さない。


自分だって頑張れるんだと、闘えるんだと証明したい。


(そのためには進まないとね……うん?)


少し進んだところでシンシアは足を止めた。


下の階層へと下りたせいか、ここは第一層に比べて薄暗い。


しかし、シンシアが視線を向けた細道の先から、薄明かりが射し込んでいる。


シンシアが道を進むと、そこには不思議な光景があった。






そこはダンジョンの特徴である隅が四角い部屋ではなく、円形の部屋だった。


広さは他の部屋と比べて随分とせまい。


しかし、シンシアは別のことに目を奪われていた。




部屋の中央には淡い輝きをまたたかせる花畑が咲き誇り。




その中心に誰かが倒れていた。


……死んでいるのかしら?


衝撃から立ち直ったシンシアはその場所へとそっと歩み寄る。


土人形のような土気色の身体ではなく、透き通るほどの白い肌。


そこにいたのは魔族の少女だった。


耳を傾けると、寝息がすぅすぅと聞こえる。


(……よかった、寝てるだけか)


生きていることにシンシアがほっとすると。





少女の瞼がゆっくりと持ち上がった。


そして上体をのんびりと起こすと、「ふあぁ……」と片手を当ててあくびをあげ、寝惚けたような瞳をシンシアへと向ける。


突然のことに驚くも、シンシアはその容貌を確認する。


肩まで届く長さの水色の髪。幼さの残る顔はとても愛らしくあどけない。髪と同色の瞳は瞼が半分閉じているため半眼である。


服装は黒色のタンクトップの上に腰程の長さの藍色の外套、下に紺色のホットパンツという出で立ち。腰には左右に鞘入りの短剣が一つずつぶらさがっている。そしてタンクトップの長さが短くて、可愛らしいおへそが覗いていた。


座っているため分からないが、身長はリルラとさして変わらないだろう。


そして頭には角ではなく、ふさふさした耳がついていた。


小柄な少女が首をこてんと傾げる。


「……侵入者?」


抑揚のない中性的な声が、シンシアの耳に響く。


「え、えっと……」


シンシアがなんて答えるべきか悩んでいると。


「ん?この匂いは」


「え?」


「……懐かしい匂いだね」


「え、えっと?」


少女が微笑を浮かべ、シンシアが困惑していると。


「……君は人間みたいだけど、もしかして魔王の知り合い?」


「……え、えっと、そうです」


先程から『え』と『えっと』ばかり言っているが、あまりにもこの少女の突拍子もない言葉や反応に、シンシアは動揺しまくっていた。


「ふあぁ。それで、君はここに何の用かな?」


「えっと、実は……」


魔王の知り合いであるならば助けてくれるかもしれない。


そう考えたシンシアは少女に状況を簡潔に説明した。


「ふあぁ。なるほど、今の君はいわゆる迷子なのね」


あくびをしながら「迷子」と言う少女に少しムッとするも、「その通りです」と答える。


「ふあぁ。うん、これも何かの縁だし、ボクが宝物庫まで付き添うよ。宝物庫で待ってれば魔王達も来るだろうから」


「え?でも……」


「気にしなくていいよ。ボクも久々に魔王に会いたいし」


少女に言葉を遮られ、シンシアは断ることができなくなった。


「……そうですか。ならお願いしてもいいですか?」


「ふあぁ。うん、任せなよ」


実に緩慢とした動作で立ち上がる少女に、シンシアは苦笑した。


「私はシンシアと言います。……あなたは?」


少女はシンシアに向き直ると、少女は淡く微笑み。




「ボクはエレノア。よろしく、シンシア」


眠たげな双眸でそう名乗った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る