第16話お姫様と魔都レヴィス6~リルラの実力~

「わぁ、随分と大所帯なのだ!残念ながらこの飲み物はシンシアとリルのだからあげないのだ!」


この場に似合わない無邪気さを伴った声が広間に響く。


「……なんだ、貴様は」


ガルディは苛立ちを含んだ声音で問う。


「リルはリルなのだ」


「……そうか、ここに何の用だ」


「んー……」


リルラは飲み物を壁の傍に置くと、広間の真ん中まで歩みより、ビシッと人差し指をガルディに突きつけた。


「もちろんシンシアを返してもらうのだ!」


「……くっくっく、ははははは!そうか!たった一人でこんな所へ来るとはなんとも愚かしい餓鬼だ!その蛮勇を称賛し!」


ガルディがお返しとばかりにリルラに指を突きつける。


「俺様の部下と一対一で闘い、勝てばこの娘を返してやろう!」


「本当なのだ?」


「男に二言など無いわ。いけ」


「ははっ、ガルディ様!」


リルラの前に現れたのは両手両足に鋭い爪を生やした魔族。


「リル、逃げなさい!」


「シンシア、飲み物買ってからかなり経つけど、もう少し待って欲しいのだ!」


「いいから!早く逃げなむぐっ!?」


「少し黙っていろ」


ガルディに猿ぐつわを口に捩じ込まれ、シンシアは喋れなくなった。





「くく、残念だなぁお嬢ちゃん。俺はジョー。お前は今から俺に刻まれる運命だぜ」


「よろしくお願いしますなのだ!」


「……状況分かってねぇなお嬢ちゃん。まぁいいや、ちゃっちゃと終わらせてやるぜ。将来が期待できそうな美人だが、命令だからな、悪く思うなよ」


「リルもちゃちゃっと終わらせたいのだ!せっかくの冷たい飲み物がぬるくなっちゃうのだ」


「はっ、ほざけ!」


その言葉を皮切りに、ジョーは飛びかかってきた。


ジョーの突きをリルラは危なげなく避ける。


「はは、いい動きだお嬢ちゃん!だがいつまでもつかな!」


「あはは、当ててみせろなのだ!」


左右交互に繰り出す素早い攻撃に、しかしリルラは予測でもしているようにかわす。


手だけでなく、足の爪で切り裂こうとするも、後ろへとギリギリ射程外に出るように避けるため、当たらない。


シンシアはほっと安堵する。


この20日間でリルラの回避能力の高さは嫌というほど分かっている。


あの程度なら問題ないだろう。


しかし、シンシアは気づく。


リルラが後ろに避けるため、徐々に壁際に追い詰められていることを。


注意しようとしても、今のシンシアには叫ぶことさえできない。


その間にリルラがトンと壁に背中を触れさせた。


「はっ、お嬢ちゃんよくやったがこれで終いだ!」


ジョーが右手を斜めから切り下ろす。


リルラの身体に爪痕が刻まれる━━。





誰もがそう思っていたが、気づくと、リルラは相手の方にジャンプし、片手をジョーの肩に当て一回転。


ジョーの爪が壁に爪痕を残し、後ろを振り返ると、リルラは既に懐に入り━━━。



「ぐふっ!?」


蹴りを脇腹にお見舞いすると、そのまま勢いをつけて敵を吹っ飛ばした。


ジョーの体が一直線に飛び、ガルディの横の壁へとめり込む。


あまりの勢いに場が静寂に包まれる。


「━━━さぁ、シンシアを返してもらうのだ」


リルラは無邪気な笑みでガルディに向き直る。


「ふん、仕方ない。約束だ、連れていくがいい」


ガルディがシンシアの背をドンと押す。


(いったい、どういうつもりかしら?)


素直にリルラの言うことを聞いたことに、一抹の不安を覚えながらも、シンシアはリルラのところへ歩いていく。


リルラも広間の中央まで歩み寄る。




そしてリルラが抱きつこうと駆け寄った瞬間━━━。






(……っ!?)


シンシアの手を縛っていた縄がほどけ、リルラの首へと巻き付いた。


それは縄のゴツゴツした質感からヌメヌメとした質感になり、蛇へと変わった。


『シャーーーー!』


蛇が自らの尾を噛むと、首輪のような形状に変化し、リルラの首にホールドする。


そして、首輪から紫色の怪しげな光が眩く。


しばらくして落ち着くと、リルラは手をダランと垂れさせ、頭を項垂うなだれている。


その表情は見えない。


(いったいなにを……!?)



「くっくっく、ははははは!」


ガルディが豪快に笑い声をあげる。


「まんまと騙されるとはなぁ。それは『隷属の蛇輪スネーク・リング』!装着した者を隷属化し、主人の操り人形とする呪いのアイテムだ!」


(なっ……!)


「くく、確かに俺様は勝てば返すとは言ったが…………『てめぇ自身から連れ戻す分には』問題ねぇよな?」


(くっ……!この卑怯者!)


シンシアは猿ぐつわで喋れなくとも、ガルディを憎々しげに睨む。


そして自らのせいでリルラが巻き込まれたことに、悔しさを噛み締める。


「ではリルとやらよ、そこにいる女を俺様の元まで連れてこい」


ガルディの命令に、リルラは頭を項垂れたまま、シンシアへと近づく。


離れようとするも、リルラに敵うはずもなく、あっさりと手首を掴まれる。


絶望に、目を瞑るシンシアに━━━。




「……のだ」


(……えっ?)



リルラがボソボソと何かを呟く。






「……大丈夫なのだ」


シンシアの耳には確かにそう聞こえた。


次の瞬間━━━。





「……なに?」


リルラがシンシアを抱き抱え後方へとジャンプする。


シンシアを降ろすと、リルラは項垂れたまま、右手を首輪に引っかける。


「効いていないだと?……ふん、なら何度でも術をかけるのみだ」


ガルディが手をかざすと、首輪が再び怪しげな光を放つ。


しかしリルラには効いていないのか、首輪を握る力は徐々に強まっていく。


「……ちっ、術が効きづらい体質か?だが無駄だ、その首輪の硬度は呪いが発動すれば最強の金属オリハルコンに匹敵する。貴様程度の小娘には……」





パキッ。




明らかに異質な音が首輪から響いた。


『シャアァ…ァ………!』


首輪から蛇の息絶えるような悲鳴が上がる。


それはまさに断末魔であった。






そしてその直後、隷属の蛇輪スネーク・リングは粉々に砕け散った。


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