第4話 魔王様と暇つぶし
姫の誘拐から5日。
魔王は誰もいない部屋で、玉座に座り考え事をしていた。魔王のことを知らない者からすれば、その姿を見ただけでも恐怖を駆り立てられるものだが、実際のところは他愛もない悩みである。
「……今日はなにもすることがないな」
魔族達はディロの指示のもと動いているし、姫もスライムのライムという話し相手ができてからは今のところ悩みはないみたいだ。
結果、魔王は一切やることがない。暇である。
「……出かけるか」
魔王は窓から飛び立った。向かう先は━━。
「……おぅ!兄ちゃん!久しぶりだな!」
「……まだそれほど経ってないがな」
魔王はココット村のダンカンの店を訪れていた。
もちろん、魔族とバレないようにローブ姿である。
「細けぇことは気にするなよ。この間は兄ちゃんがたくさん買ってくれたのもあって財布があったけぇんだ。おかげで俺っちも家族もホクホク顔だ。兄ちゃんはもううちのお得意様だぜ!」
「……お得意様というのはそんな簡単なものか?」
「いいんだよ、店主自身が認めてんだから。それで?今日はどんなもんが欲しいんだ?」
商売人としては大雑把すぎないだろうか?と魔王は思ったが、あえて黙っておくことにした。
「……料理を頼む、できれば色々な種類で」
この間はダンカンから大量の料理を購入したわけだが、この間は種類は少なめだったため、この5日間はメニューがほぼ同じであった。
今のところ、姫は特に不満を漏らしていないが、念のため手は打っておいたほうが良いだろう。
ちなみに大量に買った料理は城の地下にある天然の極寒蔵……俗に言う冷凍庫に保管している。これなら食べるときに魔法で解凍すれば、腐る心配もないということだ。
「おう、任せろ!……あっ、そういえばこの間の『女の子の喜ぶもの』はもう少し待ってくれ」
「……まだ覚えていたのか。流してくれと言ったはずだが……」
魔王の言葉に、ダンカンはニヤリと笑う。
「お客の要望に応えるのも良い店の条件だぜ、それがお得意様ならなおさらな」
「……そうか、それなら任せよう」
「おう!これからもジャンジャン任せてくれ!兄ちゃんは金払い良いからサービスするぜ!」
正直すぎる物言いに、魔王は真顔で呆れ果てる。
「ほい、兄ちゃん品物!ところで兄ちゃんはこの辺に住んでんのか?」
「……客のプライバシーに関わるのは良い店の条件か?」
魔王は表情を変えることなく、ダンカンの質問を責めるように皮肉をたれる。
「うーむ、手痛いことを言ってくれるな……。いやなに、この辺に住んでるなら今後も贔屓にしてもらいたいなと思っただけさ。なんせ兄ちゃんの事情を俺っちはまったく知らんからな」
「……本当にお前は正直すぎるな」
商売人というものは、ときに客を舌戦で丸め込んで騙し、品物を売ることさえ厭わない職業だ。そうでなければ店としてやっていけない。
当然、そこには嘘と本音と建前が介入するわけだが、この男には本音しかないように見える。
事実、先程から魔王に言うことも、普通のお客が聞いたら嫌な顔をするに違いない。
しかし、魔王にはこの男の態度は不思議と嫌な気はしない。
魔王はローブを翻し、背中越しにダンカンに語りかける。
「……心配せずとも今後もお前の店は利用させてもらう。せいぜい品揃えを良くしておけ」
「……へへ、そうかよ!ならば安心しろ!兄ちゃんが失望しねぇよう、万全の品揃えをさせてもらうぜ!」
「……あぁ、ではな」
魔王は帰りながら、内心で呟く。
自分は案外、敵対する人間と魔族の、本来成り立つはずのないこの奇妙な関係を気に入っているのかもしれないと。
*
「……ふむ、こんなものか」
魔王城の中庭の一角、花壇のある場所で魔王は土を掘り返していた。
「……魔王様、なにをしているのですか?」
「……ディロか」
背後に振り返ると、ディロが不思議そうに見ていた。
「……いやなに、やることもないので普段やらないことをやろうと思ってな」
「普段やらないこと……土を掘る……!」
ディロがなにかに気づいたように、ハッとした表情をした。
「ま、まさか魔王様……落とし穴を掘るつもりですね!?」
「……いやディロ」
魔王が説明するよりも早く、ディロは聞く耳持たずで説教モードに入ろうとしていた。
「なりません!なりませんぞ!いくら魔王様でもそのようなことをしてはなりません!」
「……おいディロ」
「魔王様のような立場の者がそのようなことをしては魔王としての威厳が無くなってしまいます!そのようなことになる前に早くおやめください!」
「……我は一言も落とし穴など掘ると言っておらぬぞ」
「……へ?」
「……種を植えようと思ったのだ。植物の種をこの庭にな」
ダンカンの店で料理をもらい持ち帰ると、料理と一緒に種の袋が入っていた。
どうやらこれが『サービス』の一環らしい。
様々な植物性食材、野菜の種が入っているようで、何ができるのかは魔王にも分からない。
だがちょうど暇だし、姫の食事の毒味で野菜の旨さを知ったので作ってみようと思ったのだ。
魔族は基本的に肉が主食なので、魔王としては野菜の美味しさはまた別物として味わい深かった。
「……自ら育てた物を自ら食べる。人間達は『自給自足』と言っているが……なるほど、これは存外やりがいがあるな」
「……魔王様」
ディロが感心するように魔王を見るも━━。
その横にあるものを見て、表情がひきつった。
「……あの、魔王様?つかぬことをお伺いしますが……」
「……なんだ?」
「魔王様の横にあるその植物はいったい……」
そこには手足と顔らしきものがある植物と、紫色の綺麗な花があった。
「……ん?あぁ、これか」
魔王は眉一つ微動だにせぬ表情でその名前を口にした。
「……マンドラゴラとトリカブトだ」
「……なぜ、そのような物を……?」
マンドラゴラ……一応植物に分類されているが、立派な魔物の1種である。
自ら動くことは皆無に等しいが、土に埋まった状態の物を引き抜くと叫び声をあげ、その声は引き抜いた者の三半規管を破壊、脳にも致命傷を与え、相手を死に至らしめるというかなり危ない魔物である。
トリカブトは見たところ普通の花だが、その毒性は有毒植物の中でも群を抜いて高い。
接種すると、嘔吐、呼吸困難、臓器不全などを起こし、数十秒で死に至るという即効性が特徴的だ。
とてもではないが、普通の花壇に植えるようなものじゃない。
しかし、魔王は特に気にすることもなく続ける。
「……いや、無いとは思うが、花壇に植えてある野菜を荒らす者が現れんとも限らんからな。念のためにそのような狼藉者に対する策として一緒に植えようと思ったのだ」
「……そ、そうですか」
「……あとはこの肥料をまいて埋めれば終了だな。なかなかの充実感だ。育つのが楽しみだな」
まったく楽しそうに見えない顔だが━━側近たるディロからは本当に珍しくワクワクしているように見える魔王の姿があった。
……その後、ディロの忠告によって植物に近づくような魔族はほとんどいなかった。
当然、そのようなことになっていることを当の魔王本人が知ることはない。
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