第13話お姫様と魔都レヴィス3~不穏な気配~

「失礼するのだー!」


バターーーーーン!!


「はいはい、この扉を壊すような開け方はリルの嬢ちゃん……っておや?」


シンシアはそのやりとりに既視感を覚えたが、無視する方向に決めた。


話しかけてきたのは、バーテンダーの格好をした、ゴツい体格の人型魔族だった。


筋肉のせいで、服がかなりキツそうな感じにピチピチである。


「おやっさん、お久しぶりなのだー!」


「おうおう、リルの嬢ちゃんが連れと来るなんて初めてじゃねぇか。お友達かい?」


「そうなのだ!リルの大切な友達なのだ!」


リルラに「友達」と言われると、不思議と心が温かくなるシンシアであった。


「そうかい、お嬢さんの名前は?」


「シンシアと言います」


「おう、よろしくなシンシアのお嬢さん。俺はここのマスターのヴァンってもんだ。……それにしてもリルの嬢ちゃんに友達がいるなんて驚きだなぁ」


「ぶー、それはどういう意味なのだ?」


ふてるように頬を膨らますリルラに、ヴァンは豪快に笑い返す。


「はっはっはっ!いやなに、今まで『誰か連れてこい』って言っても来なかったもんだからてっきり友達がいないのかと」


「そんなことないのだ!ただ単に乗り気にならなかっただけなのだ!」


「ふっ、そうかい。だったらそういうことにしとくか」


喧嘩腰ではなく、実に親しげに話し合う二人の魔族に、シンシアはおいてけぼりである。


(……まぁでも、連れに魔王やディロさんを連れてくわけにはいかないだろうしなぁ)


バレたら大事である。


ポポンも魔王城の台所を預かる身だから、暇がないのだろう。


「それでリルの嬢ちゃん、今日は連れの紹介だけ……っていうわけじゃあないんだろ?」


「もちろんなのだ!今大丈夫なのだ?」


「おう、大丈夫だぜ。久々に一発良いのをお願いするわ」


「了解なのだ!」


「えっ?あの……」


「シンシアは少しそこで待ってて欲しいのだー!」


そう言ってリルラが店の奥に消えていった。


「……いったいなにが?」


「まぁまぁ、すぐに分かるって。それにしてもシンシアのお嬢さんは綺麗だな」


「へ?あっ、ありがとうございます」


唐突な誉め言葉に照れ臭くなる。しかし次の瞬間、ヴァンの顔付きが険しくなる。


「だから気を付けなよ。最近物騒だから」


「物騒って……どんな風にですか?」


「綺麗な女が拐われる事件が多発してんだよ」


「……えっ?」


「なんでもその中には人間も混じっているとか……シンシアのお嬢さん、大丈夫か?」


「えっ、えぇ、大丈夫です……」


『人間』という言葉にシンシアは身を強張こわばらせた。


「怖がらせちゃったかな、すまねぇ。だが忠告程度には受け止めてもらっといたほうがいいと思ってよ」


「犯人は……分かってないんですか?」


シンシアの問いに、ヴァンは腕を組み、うーんと唸る。


「分かってはいる……んだが、俺達には手出しができないというのが現状だな」


「どういうことですか?」


「シンシアのお嬢さんは丘の上に建つ大層なお屋敷を見たかい?」


「あ、はい。立派なお屋敷が建っていますね」


「あれは魔都レヴィスを治める領主ガルディの屋敷だ。どうやら拐ってるやつらはあいつの手下みたいでな。あの屋敷に向かうところを結構目撃されてんだ」


「なら問題ないのでは……?」


「シンシアのお嬢さんはあまり魔都について詳しくないみてぇだな。もしかして辺境の地の出身か?」


人間であるシンシアが、魔族のルールなど当然知るわけがない。


「……えっと、私はずっと外に出たことがないので、魔都に来るのは初めてなんです」


とっさのごまかしに、ヴァンは━━━━。


「━━━そうか、シンシアのお嬢さんも大変な人生過ごしてきたんだな」


ヴァンが優しげな表情で見つめてくるので、シンシアは良心が痛んだ。 とりあえず誤魔化せはしたので良しとする。


「まぁ、話を戻すとだ。訴えようにも相手は領主、つまりこの魔都で一番のお偉いさんだ。証拠を揉み消すなんて訳無いし、魔都の警備隊も領主には逆らえない。『魔族は力が全て』のルールにのっとって闘いに勝てれば別だが、ガルディは俺達みたいな只の魔族が勝てるほど弱くない。あいつは亡くなった親から地位を継いだ、いわゆる七光りだが、その実力は親から血として受け継がれている。だから俺達じゃあ何もできねぇのさ……」


ヴァンの表情は無力感に苛まれているのか、少し暗い。


「『力が全て』……なら、魔王みたいな上の立場から進言するのは駄目なんですか?」


シンシアの言葉に、ヴァンはぎょっとする。


「シ、シンシアのお嬢さん……随分と過激なことを言うんだな。」


「?」


「ま、まあとにかく、証拠を掴んだうえで、抵抗してきても抑えられるほどの実力者がいればなんとかなる訳だ。もっともそんなやつはほとんどいねぇだろうがな……」


ヴァンの言葉に、シンシアはふと思い出す。


魔都レヴィスへ来る前に、魔王に言われたことを。


『……詳しいことは言えぬ。だが少なくとも、我にとってもにとっても悪いことではないのだ』


(……もしかして、このために私とリルラを魔都に行くように促した?)


つまり魔王は証拠を押さえたうえで、この問題を解決しろということだろうか。


(……でも証拠を押さえたとして、どうすればよいのか)


リルラは確かに実力がある。特訓で散々思い知らされてきた。


だが、いくらなんでもリルラ一人では無理だろう。


相手は領主とその手下全員だ。とてもではないがまだ幼いリルラにどうこうできるとは思わない。いくらリルラを信用してるとはいえ、こんなことをあの子に任せるなんて楽観視しすぎではないだろうか。


「……暗い話ばっかですまなかったな。ほら,準備ができたみたいだから楽しもうぜ!」


ヴァンが笑いながら向いた方向に、シンシアも視線を合わせる。


そこにあるのは建物と同じ木造のステージ。


酒場を訪れた客をもてなすための舞台だ。


店の照明が消え、ステージにスポットライトが当てられる。




そこにはリルラが立っていた。

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