試 合

 城にある鐘が、三つ打ち鳴らされる。


 ナアイは、城のすぐ横に新設された闘技場の、出場者控え所にいた。

 ゾアス自慢のその施設は、まだ新しい木の香りがそこら中に満ちている。


 控え所の壁沿いに、いす代わりの真新しい丸太が横倒しに置かれていた。

 ナアイはその上へ腰掛け、トファーズの用意してくれた朝食がわりのタチオイクルの実とマジューを交互にかじりながら、まわりの出場者をつぶさに観察していく。


 この場へはラシの上着とズボンを着てきていた。

 叔母の仕立て直しは自分にぴったり合っている。

 足にはトファーズがくれた、動きやすい革製の長靴をはき、彼女の亡き弟アキの握るはずだった剣の柄には、ルルザのくれた房飾りをつけていた。


 全部、人からのもらいものだが、そうしてみるとその姿はなかなか立派に見えるようだった。

 郡辺境のさらに奥地から来た田舎者にはとても見えないのだろう、その証拠に、しばしば控え所をのぞきにくる同年代の町の娘たちが、ナアイ目当てに入れ替わり立ち代り、こちらへちらちら視線を走らせたりしている。


 ナアイは恥ずかしさとともに気分の良さも味わった。


 ――あまり強そうな人はいないな


 実際のところ、まわりにいる剣士志願の者たちは、ほとんど剣を扱ったことのない者ばかりのように見えた。

 自分の見立てでは、手強そうな相手はその中に、二、三人しかいない。


 結局、郷で見かけ、ここではナアイを助けてくれたらしい鉄面の剣士はこの場所にもいなかった。

 残念に思う反面、恩人らしきその人物と対戦することがなくなったとわかり、ほっとする。


 控え所にいるのは全部で二十人ほど。

 これから昼までの間に、勝ち抜き試合を行ない、その中からさらに五人ほどが選ばれるという。

 不思議な事に、なぜかその中に自分も入れるような気がしていた。


 たぶん、気をつけなければならないのは、左の目に眼帯をつけたひとと、その近くにいる、デテラなまりの、いかにも剣士風なひとだけだ。


 ――デテラの剣士隊にでもいたんだろうか


 衛士が控え所に入ってくる。

 いよいよだぞ、とナアイは気を引き締めた。


「あー、お集まりの諸君。よく参られた。これから注意事項をいくつか申し上げる。良く心に留めていただきたい」


 昨日の受付にいた中年の衛士だった。


「午前中に諸君らの間で勝ち抜き試合を行なう。そこを勝ち抜いた五人の者が、午後に郡守備隊から選ばれた剣士と戦うことになる。よろしいか?」


 みな一様に無言。

 何人かがうなずきながら、その話を聞いている。

 衛士は周囲を見回し、誰も無駄話をしていないことに満足したようだった。


「勝敗は一本勝負とする。相手の剣をたたき落とすか、相手にこれ以上の試合は不可能と審判が宣言するか、あるいは」

 相手を殺すか、だな、とデテラなまりの男。

 衛士は男をにらみつけ、先を続ける。


「えー、さよう。だがまだある、相手が棄権した場合。これも勝ちだ。ここまでのところで何か?」

 棄権するにはどうしたらいいだね、とナアイの横の男が田舎なまりで尋ねた。

 居並ぶ参加者の幾人かはその問いを聞き、あからさまな蔑笑に顔を歪めた。

 それを気にするでもなく、中年の衛士はきまじめに返答する。


「棄権できるのは、今、このときと、午後の試合に入る前だけだ。牢に入る覚悟があればそれ以外の時でもかまわんがね」

 そういって、中年の衛士はこちらへ目を向ける。じっと自分を見つめていた。


 ナアイは気まずくなり、衛士から視線をはずした。


「無理だと思ったときは、いさぎよく棄権したほうがいい。牢に入っても命のあるほうが、牢に入らず、体の一部を失ったり、死ぬよりましだとは思わんかね?」


 結局、試合前に三人が棄権し、残り十八人が組み合わされることになった。

 出番は五組目。

 相手はトルンドという名だ。


 ナアイがどの男かと探していると、例のデテラなまりの男が近づいて来て、片目をつむってみせた。


「こぞう、よろしくたのまぁ、手加減はしねっけどな」






 闘技場は、縦の中心が三百歩、横の中心は二百歩ほどの長円形のつくり、剣士の戦う場所と客席は、ナアイの背丈よりも高い板塀で仕切られていた。

 木で組上げられた客席は板塀より更に高く、三段になっている。

 その客席はすでに大勢の見物人であふれかえり、次に始まる試合の参加者へ注目している。


 東の客席を仰ぎ見た。

 そこだけは一般の客席とは異なり、きれいな布や旗で飾られ、郡主や賓客のための特別席が設けられているのであった。

 その中に黒髪の男の姿を見いだし、ナアイは密かに喜ぶ。

 ゾアスは貴賓席三段目の中央、郡主のそばにいた。


 ――ゾアス! 見てろ


「両人、向い合って!」

 審判役の衛士の合図に、ナアイは目の前の男に気持ちを移し替える。


 仇敵に見られているという事実が、闘争心に火をつけたようだった。

 体は一瞬熱くなり、すぐに冷えていく。

 気力の充実している証拠に、精神こころが段々冷静になっていくのを感じた。


 ――さて、トルンドはどんな剣士か


 真剣で初めて戦う自分にくらべ、相手はいかにも人を斬り慣れたような男だった。

 見た目の朗らかさとは裏腹に、目にはくらい光を漂わせている。

 向かい合って初めて、ナアイはこの男の凄味に気づく。


「ナアイー!」


 あの声は、トファーズだろうか。

 目の前の敵に集中する。まわりの歓声もじき、耳に入らなくなった。

 審判役の衛士がひとこと、はじめ、と甲高く叫ぶ。




 トルンドは予想以上の強敵だった。

 あっというまに距離を詰めて剣を振るい、さっと間合いを離してこちらをうかがう。しかもその剣はどれも必殺の威力を秘めたものだ。


 ――ぼくを殺す気だな


 先ほどのこの男の言葉に嘘はなかった。

 年若い者とて容赦のないその気迫は、紛れもなく本物の剣士のものだ。

 死ぬ気、いや、殺す気で戦わなければ、こちらが斃れるしかない。

 ナアイは自分が、抜き差しならない闘争の深みにはまっているのだと知る。




 一方、トルンドも、すでに相手がただの子どもではないと見抜いていた。


 ――こんなこぞうがいるとは!


 予想もしないナアイの手強さに、実際、とまどっていた。

 このこぞうは俺の剣をすべて受け、かわし、あまつさえ反撃までしてきやがる。


 ――斃すには惜しい相手


 だが、俺には郡主からいただいた重大な使命がある。許せよ、こぞう! と、トルンドは相手の頭上に強烈な一撃を打ち込む。

 剣同士は軽くふれあい、またもやその軌道が脇へ受け流された。


 ――ちっ!


 トルンドは間合いを離し、再び打ち込む機会を狙おうとした。

 しかし、ナアイはその動きに合わせ、自らトルンドの間合いへ飛び込んでいった。

 相手との間合いを一定にとり、近場から鋭く攻撃を仕掛けていく。

 ラシも得意とした近接攻撃である。

 つかず、離させず、たえず自分に有利な間合いをとり、連続した攻撃をかけるのがその極意であった。




「ほう、やるなナアイ」

 ランドーザは貴賓席でその戦いぶりに見入っていた。

 俺の見込んだ通り、あいつはたいした奴だ。


「ランドーザ、見て見て!ナアイさまが押しているわ!」


 あいつが受けにまわっていたときには、青ざめた顔で歯を食いしばっていたくせに、現金なものだ、と横ではしゃぐルルザを見て、ランドーザは思う。


 ――初めから心配はいらないよ、あいつは固くなっていただけさ。実力は上だ。


 ランドーザの予想通り、少年は自分の剣技を余すところなく発揮し始めていた。

 焦りがちになったトルンドの動きはだんだん精彩を欠き、単調なものとなりつつある。ナアイはその動きの隙を突いて剣を振るった。

「あっつ!」

 左肩を浅く切られたトルンドが、苦しまぎれに右から相手の胴を払う。

 ナアイはその剣に軽く自分の剣を当て軌道をそらしつつ、返す勢いそのままに剣を横へ薙いだ。


「が、っ!」


 水平軌道の剣はトルンドの右肩を斬り、胸元に入り、胸骨を砕いたにとどまった。

 途中、ナアイが一瞬、力を緩めたからだった。


 勝者の名乗りを受けつつ、ナアイは衛士ふたりにかつがれていくトルンドの姿を見て苦い気持ちとなる。


 ――あの腕はもう使い物にはならないだろうな


 生き長らえたものの、相手の、剣士としての人生は終わったのだ。

 自分と自分の剣に果たしてそれを奪う権利があるのかと自問する。


 ――これが剣士になるということなのか


 ナアイは剣士の持つ宿命の大きさというものに、生まれて初めて身震いするような畏怖を感じていた。






「ナアイ・クルスムという少年、なかなかやるではないか」

 ダクス・ハボームは愉快そうだった。

 胸まである顎ひげを、さかんに上下にしごいている。

 おやじ、機嫌がいいな、とランドーザは主人の心の状態を推察していた。

「当然よ、あたしを襲った三人の追い剥ぎを、あっという間にやっつけたのよ!」

 頬を染め、ルルザは、ナアイさまってすごいのよ、と言う。

「おやおや、平民の少年に〈さま〉づけかね、ルルザ?」

 たしなめる口調だ。

 けれど主人あるじの目は若い姪の言動を面白げに見ている。

 もう六十過ぎだというのに、まるでいたずら坊主のような表情だ。


 ――こういうのが、このおやじのいいところだな。


 ランドーザは眼前のふたりを見比べつつ、ナアイを主人へ引き合わせるべきかどうか考えていた。


 ダクスは興味深げに、脇の赤毛の剣士へ尋ねる。

「黒髪のようだったな。ゾアスの縁故か何かかの?」

「いえ、ラシ・クルスムの甥でございました」

「ラシの? そうか。ではゾアスは仇だな」


 ナアイもゾアスも、ランドーザの知っている北方の民によく似た顔立ちだった。

 黒髪に黒い瞳、細面に筋張った体つき。

 もとは放浪剣士だったというゾアスなら北方の出身だとしても理解できる。

 だがナアイは、この国の人間のはずだ。


 ――たぶん、片親が北方の人間だったんだろう


 そんなことより、ナアイをガラテマクに連れていくことはできるだろうか。

 闘技会のあと、ダクスに自分の考えを話すかどうか、まだ決めかねていた。

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