赤 毛

 少女のところに戻ると、男が少女を介抱していた。


 立派な身なりの、剣士らしき人物だった。

 高価そうな鞘に入った細身の長剣を吊り帯に、鞘に入った短刀を腰帯に差している。燃え立つような赤毛と、彫りの深い顔が、薄暗い林の中でも印象的だ。


 男は、再び木剣を構えるナアイを手で制し、近くに斃れ伏した小男の死骸を見ながら口を開いた。


「大した腕だ、若いのにな。剣をどこで仕込まれた?」


 正面からよく見ると、自分とふたつみっつしか年の違わないような童顔をしている。人なつっこそうな目が、ナアイの全身をちょろちょろと動き回った。


 まだ剣を構えたままだった。 


 男はようやく気づき、名乗りを上げる。

「あ。やあ、これは失礼、俺はランドーザ・ギュプレイ。ガラテマクから来た」

 屈託ないその口調が、なぜか警戒心を解かせた。

 ナアイは木剣を下ろす。


「ぼくはナアイ。ナアイ・クルスム……です」


 ランドーザの腕の中で娘が低く声を漏らした。


「お目覚めだ。この娘は俺の主人の姪っ子で、ルルザ・ハボーム。……おい、お嬢さん? しっかりしな、助けが来たよ」


 ランドーザによれば、ルルザというその娘はガラテマク郡主ダクス・ハボームの姪だという。


 さっきは気づく間もなかったが、そう知ってよく見ると、豪華な刺繍の入った服装といい、気品のある面立ちといい、村郷の娘たちとはずいぶん違う気がする。


 身分の違いというのはこういうものか、とナアイは素直に感心した。


 エリュンの闘技会にガラテマクから郡主初め、主だった家臣が賓客として招かれていて、自分もそのひとりだとランドーザは言った。


「しかし、ルルザがどうしてもこっちのほうを旅行してみたいと駄々をこねるから、こうして俺がつきそって、一足先にエリュンに来たというわけなんだ」


 主人の姪を平気で呼び捨てにするランドーザもさることながら、自分の眷族けんぞくと家臣を、それも若い男女ふたりきりで旅させるガラテマク郡主とは、一体どういう男かと思う。

 けれども、見かたを変えれば、それだけランドーザというこの男が郡主の信頼を得ているとも言えた。


「俺がいたら、絶対あんなことは起こらなかったのになあ、まったくもって残念」


 歩き疲れたルルザのため水を捜しに行った隙に、ルルザは連れ去られたのだった。

 ランドーザの口調はおどけていても、本当にくやしそうだったので、ナアイとルルザは顔を見合わせて笑った。

 襲われたことなど忘れたかのようにルルザは自分に微笑みかけてくる。

 控え目な笑顔にこぼれた歯の白さが楚々としていた。


 その魅力的な笑顔につられ、ナアイもまぶしそうに笑顔を返す。


「しかし、おまえさんのおかげで俺の首もつながったというわけさ。感謝するぜ、ナアイ」

「本当に、ありがとうございます。ナアイさま」

 そういって自分を見るルルザと目を合わせるのが、ナアイには気恥ずかしい。


「ナアイさま、はよしてください。ぼくはただの鍛冶屋の見習いですから……」

「鍛冶屋? まさか、なかなかの剣士ぶりだったぞ」


 ランドーザは追い剥ぎ達との闘争を初めから終わりまで見ていた。

 突如現れた少年の、その剣の冴えに手助け無用と判断し、剣を抜かず、ルルザの介抱役にまわったのだ。


「そんな、木剣とはいえ、実戦は今日が初めてなんです」


 赤毛の剣士はひどく驚いた様子に目を見張った。


「ふうん。いや、そうとしても、エリュン剣士の層は厚いと言うべきか、な」

 ランドーザの目の光が、ぎらりと鋭く磨ぎすまされたように見えた。

 陽気そうに見えるこの男の、初めて見せるもうひとつの顔だった。


「ナアイは、闘技会に出るつもりなのか?」

「ええ」

「そうか」


 ――いずれ、やり合うことになるかも知れないな

 

 そのつぶやきはナアイの耳に入らなかった。




 ルルザを助けた林の近くで野宿し、翌朝、一同はリューフ・ブールフの手前まで連れ立って歩く。


 郷を出てからすでに三日目。

 林の中でルルザを助けてから丸一日が経っていた。


 ナアイには見覚えのない、しかし確かにリューフ・ブールフと記された道標の前まで来ると、ランドーザは夕方にガラテマク郡主ダクスがここへ来る予定なので、合流するつもりだと言った。

 太陽が真上にあり、いまは昼頃と分かる。


「それまでここらあたりをのんびりと散策するさ」


 誘われたが、丁重に断る。

 今日、明日の宿を見つけなくてはならない。


 ふたりは、強いるようなことはなにひとつ言わなかった。

 ごく短い、旅のともがらとの交歓の時は終わりに近づいている。


 ふと、ナアイは名残り惜しさを感じた。

 郷の外の初めての知り合いである。


 ――そういえば、郷の中でこんなに人と話したことってあったかな


 村郷を離れたところに住み、ひたすら剣と鍛冶屋の修行を積んだ五年間であった。

 村郷に知り合いはいても、それほど深いつきあいのある人間はいなかった。


 昨晩、昼間の出来事の疲れですぐ眠ってしまったルルザの脇で、ナアイはランドーザと話したことを思う。


「何で剣士なんかになりたいんだ?」

「ぼくの叔……父親が剣士だったんです」

「剣士ってのは、世襲じゃなくてもいいんだぜ」

「ええ、知ってますよ、でもぼくはなりたいんです」

「まあ、確かにいい腕をしているがね。その年の割にはたいしたもんだ」

「お世辞でもうれしいです、ひとりで修行してきたから、実は自信がないんです」

「お世辞じゃほめんよ。あんな近接攻撃はなかなかできるもんじゃない」


 ――夜明け近くまで、ひとしきりふたりで剣技について話したっけ


 ランドーザは自分の剣を取り出し、見せてくれた。

 たき火の光がランドーザの彎刀わんとうをその毛髪のように赤く染めた。


「こいつは細くて軽い。長さもあるから一対一の戦闘には有利だ。けど、刃がもろくて折れることもある。だから俺はいくさには予備の剣をいつも持ち歩くのさ」

「剣をふた振り持ち歩くのは、……あっ、あ!」


 ナアイはようやく相手が〈双剣そうけん〉と呼ばれる名高い剣士だと気づいた。


「だから〈双剣〉と呼ばれるんですか?」

「ん? いや、それだけじゃないんだがね」


 ――笑いでうまくはぐらかされたよな


 町を囲む石垣が見えた。

 町の入り口らしき大きな門の下は行き交う人で混み合っている。

 ここがふたりとの別れの場所だ。


 ランドーザもルルザも、ナアイの他人と違った容姿を気にすることなく、また、身分を感じさせず、自然に話してくれた。

 それがとてもうれしかった。

 ふたりも、自分との別れを惜しむかのようだった。


「ナアイさま、晴れてエリュンの剣士になれるよう、応援しています」


 従姉妹のラフィよりひとつ年上のルルザは、最後まで、ナアイさま、というのを改めなかった。

 助けられたお礼だと言って、剣につける房飾りを手渡してくれる。


「へえ、それは一番お気に入りの剣士にやるもんだぜ」


 ランドーザがからかうと、ルルザは顔を耳まで真赤にしてうつむいてしまった。

 ナアイも自分の顔が火照るのを感じ、一層恥ずかしい気持ちとなった。


「俺達はバパラマズの城に滞在することになってるが、宿が見つからない時はいつでも訪ねてきてくれ。まあ、勝手にひとの城に泊まりに来いってのも変な話だけどな」


 そう快活そうに笑うと、赤毛の剣士は、待ってるぜ、と言う。


 ナアイも別れを告げ、リューフ・ブールフの町へ単身入っていった。

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