ナアイの剣

九北マキリ

1.ナアイ

死 別

 挑戦者は叔父より多少年上に見えた。

 十歳のナアイは、生まれて初めて自分と同じ色の瞳と毛髪を持つ人間に遭遇した。

 その発見に興奮したあまり、思わず叔父に向かって叫ぶ。


 ――ラシ! あの人、同じだ! ぼくと同じだ!


 並んで立っていた叔母は、ぎゅっとナアイの手を握った。


 試合には真剣が使われた。

 ラシは使い慣れた幅の広い、短めの剣を携えている。

 一方、相手は鉄棒につばをつけたような、奇妙な武器で戦うつもりらしい。

 鉄棒の先端は異様にふくらんでおり、戦槌せんついの一種とも見まがう。

 刃渡りも叔父の剣よりずっと長かった。


 挑戦者の武器を見たとき、叔父は一瞬顔をしかめ、厄介そうに舌打ちした。

 しかしすぐ、心配無用、というつもりなのか、笑顔をナアイと妻のヘンニに見せ、再び対戦相手に目を向ける。


 細面というのではない。


 頭蓋骨をそのまま皮で包んだような、骨相の浮き出た男だった。

 薄い眉と唇、ノミで削いだような頬。

 すぼめた目の奥で黒光りする瞳は、男の酷薄そうな印象を倍化させていた。

 長く、肩までのばした黒髪を香油で濡らし、ていねいにクシで整えている。

 くすんだ赤い色の上着に、獣皮で作られた太身のズボン、身につけた色とりどりの腕輪やら首飾りが、男を異国の出自と分からせていた。


 ふたりは互いに郡主ぐんしゅ邸の中庭中央に進み出で、試合開始の合図を待つ。

 郡主バパラマズは、中庭に面したバルコニーから眼下を見下ろし、審判役の衛士に会釈を送った。


 審判はたったひとこと、はじめ、と短く叫ぶ。


 挑戦者は、正面を向きつつ、いきなり後方へ十歩ほど離れた。

 ラシに向かってやや半身にかまえ、鉄棒とも戦槌ともつかぬ武器を右前方に寝かせる。まるで鍛冶職人が刀打ちをするような姿勢だった。


 ラシは挑戦者を見すえたまま、左足を少し後ろに引き、腰を落とす。

 両手で構えた剣を、剣先がちょうど相手の胸を指す位置に止めた。


 お互い、相手の力量をはかろうと、にらみ合っている。


 先手はラシがとった。

 一気に間合いをつめ、鋭く剣を打ち込む。

 ばし、と重い音がしてその一撃を、相手は苦もなく受けとめた。

 ラシは頭や胸をねらってさらに追い込み、二撃、三撃と、続けざまに剣を振るう。


 剣の短さを計算に入れた、得意の近接攻撃だった。


 挑戦者は、近間ちかまから次々くりだされる素早い攻撃に翻弄されている――少なくともナアイにはそう見えた。

 郡主じきじきの拝謁に緊張を強いられていた見物人も、権力者の存在と、自分たちのいる場所も忘れ、声をあげて叔父を応援していた。


 しかし、その剣はことごとく受け止められ、あるいはかわされていた。


 ラシは自分の攻撃が当たらなくても、今の近接距離では、相手の長い武器が威力を発揮することはないと考えたようだった。

 そのまま全体重をかけた必殺の一撃をもって、敵の固い防御を崩そうとした。


 その斬撃を受けた瞬間、挑戦者はのけぞり、回転しながらそのまま四歩ほど後方へ大きく下がる。

 一見、挑戦者がよろめいたかのように見えた。


 ――ラシ、いけぇ!


 ナアイは叔父の勝利を確信した。

 ラシは相手との距離を縮め追撃する。

 身体に染みついた神速の動き。

 だが予想に反し待ち構えていたのは、それを上回る速度で右方から打ち込まれた、横殴りの一撃だった。


 その豪剣をなんとか剣の根元で受けきる。


 中庭に、ばりん、と音を響かせ、ラシの剣は折れ飛んだ。

 彼の命運はそこで尽きた。


 審判は不測の事態を防ごうとその手を挙げ、試合中止の合図を出す。

 が、その前に挑戦者の武器は天空高く死の半円を描き終わっていた。


 重々しい先端はきれいな円弧を描き、対戦相手の頭上へ落ちる。


 頭蓋のほぼ右半分を粉砕し、鎖骨をへし折り、相手の得物は深々と、ラシの、その胸半ばまでめりこむ。


 凶悪な威力を持つ一撃だった。


 慣れ親しんだ叔父の上半身は、なにかよくわからない不定形の赤黒い異形に変わってしまった。

 その間、ナアイは声にならない悲鳴をあげ続けていた。


 遠くのほうで、誰かが口上を述べる。

「勝者、挑戦者ゾアス・ヴェーブ!」

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