改 革
郡主直々に郡主代行、つまり〈
郡主
従来、身分、家系なども入隊の重要な要素であった剣士隊と異なり、郡守備隊は、すべてが実力本位であり、本人の出自などは二の次とされた。
これにより、どんなに身分の卑しい郡民にも、腕次第で、剣士として郡主に召しかかえられる可能性が与えられたのである。
同時にこれは、剣士を郡主の認定が必要な資格制とすることで、剣士身分の価値を上げ、社会的身分の安定しない若者たちの功名心につけこむ制度でもあった。
郡主主催の闘技会は、郡守備隊の人員確保、発掘を主な目的とするばかりではなく、郡民に、この新しい〈郡守備隊〉の制度を浸透させるための催しだった。
剣を振っているだけで郡主から手当が貰え、身分が保証され、おまけに名誉や名声まで得られるということに、エリュンの各郷だけでなく他郡からさえ、農民や商人の家督の継げない次男坊、三男坊、果ては、貧しくて盗賊や山賊に落ちぶれていた腕自慢の若者達が、続々と闘技会に出場した。
ゾアスはそこから才能のある人材を選り抜き、自ら鍛え、屈強の剣士とした。
どこで得たのか、戦略、戦術にも詳しいゾアスは、それまで個人個人好き勝手に剣を振り回すだけの戦闘法から、集団での連携を主体とした戦闘法を教え、指示通りに動ける剣士達を養成した。
もともとバパラマズの家臣になっている剣士は、これら郡民出の剣士を監督し、指揮するため、ゾアスのもっと厳しい訓練を施されていた。
さらにゾアスは郡守備隊の剣士達に支給される報酬についても、新しい考えを打ち出す。
それは、対外的な戦闘は今後、郡守備隊の受け持ちとし、各村郷からは一切、戦闘のための人員を徴発しない代わりに、基本的に従来の地税、通行税などの税金を割り増しし、郡守備隊の維持費とする、というものだった。
隣郡デテラとの土地争いが年々激しくなり、いかなる小競り合いでも、戦闘が長期化するようになっていた。
これまで郷士たちが自衛のため自発的にしていたいくさが、ひと月、ふた月と伸びるにつれ、本業はとどこおり、貧しい村郷は増え続けていた。
それに加え、戦闘で一家を支える夫や若者が死亡しようものなら、地税さえ納めきれなくなることもしばしばであった。
ゾアスの提案は、エリュン各地の大多数の郷士達に支持され、ルディラ王国初の職業軍人制度が辺境のエリュン郡に確立した。
あらたな郡代は、郡民たちの信頼を得ることにも成功したのだった。
農耕、狩猟が主な産業であったエリュンの経済施策にもゾアスは工夫を施す。
闘技会の観客相手に商売する者をひろく募ったのだ。
勧誘は郡内にとどまらず、商業の盛んな郡として知られるドアースや、遠くマイアサンの商人にまで使者を送っていた。
当初は小規模だった闘技会も二回、三回と続くうち、噂が噂を呼び郡内外から大勢の観客がエリュンを訪れるようになる。
それにつれ、会場となるバパラマズの屋敷の回りには、宿屋、酒場、賭場、鍛冶屋、両替商、高利貸し、服屋、靴屋、肉屋などの店、あげくは売春宿、見世物小屋、露天の土産物売りまでが軒を並べた。
もとは郡主の屋敷があるだけで、ただの丘陵地帯だったリューフ・ブールフの土地は、年々、もはやひとつの城下町と言えるほどに成長していく。
ゾアスは集まった商売人達から儲けの額に応じ、また業種に応じて高額の税を取り立てた。
彼らから不満ひとつ出なかったのは、業種業態ごとに定められた絶妙な課税率と、高率の税にもまさる収益の大きさが約束されているからでもあった。
そうして闘技会の収益で屋敷を城に建て直し、余った金はドアースの商人に高利で貸しつけ、バパラマズの金庫を年々大きくしていったのである。
ゾアスはわずか五年で、商業とも産業とも無縁の、辺境中の辺境であったエリュンを、周囲の郡が脅威をおぼえるほどの軍事、商業、娯楽中心の経済的に豊かな郡へ変貌させつつあった。
もはやゾアスの手腕が一介の剣士を超えていることは明らかであり、その底知れぬ実力にバパラマズは心底恐れを抱いた。
そればかりか、家臣達が郡主の自分より、郡代ゾアスに傾倒しているらしいと気づいてからは、ゾアスに郡を乗っ取られるのではという危機感を日々つのらせている。
部屋に閉じ込もったり、酒びたりになるのも、その恐れと反感を押さえきれなくなるせいだった。
しかし、バパラマズは、それがかえって家中の者達を、ますますゾアスに心服させることになるとは思い至っていない。
事実、バパラマズを心から郡主として敬い、従うのは、もう妻のノワルヌと娘のティーマ、執事のケイルグくらいであろうと、城内の誰しもが噂をしていたのである。
「郡主さま、こたびの闘技会に多くの費用が必要なのも、すべて理由があってのことでございます」
ゾアスはこれまで何回も郡主に使った覚えのある、なじみの言い回しを使った。
「こたびは他郡からも多くの賓客を招いてございます。彼らにわが郡の著しい成長ぶりを見せつけるには、まさしく絶好の機会。それゆえ新しい闘技場にて彼らのどぎもを抜いてやらねばならないのでございます。」
バパラマズはまったく反応しなかった。
ゾアスのことばが耳に入っていないかのようだった。
「そればかりではございません。他郡への招待状には、各郡を代表する、名の知れた剣士をつれてくるように依頼してございます。そうだなジュニン?」
いきなり念を押されジュニンはあわてて答えた。
「は、はい、ドアースからは大男ウツ、ガラテマクからは〈双剣〉のランドーザ、マイアサンからは」
ゾアスはジュニンの言葉を止める。
「もうよい! デテラからは、〈百打ち〉カイダルをつれ、ガドロス自らエリュンまでお越しになるとのことです」
もっとも効果的な最前の情報をバパラマズに与えた。
「な、なに、ガドロスが来ると!」
バパラマズもこれには驚き、無関心を装っていたことがばれるのもかまわず、思わず大声を上げていた。
ゾアスは真顔でことばを継いだ。
「左様にございます。……デテラばかりか、各郡自慢の剣士達を、わがエリュンの精鋭が迎え打ち、叩きのめすとすれば、いかがでございましょう?」
「カイダルを打ち破り、ガドロスの鼻を明かすことが出来るとでも言うのか」
「造作もないこと」
「信用できん! 先のヤグゼル盆地での争いには、二度ともカイダルがいなかったという。もしカイダルがいたなら、あれほどの損害をデテラに与えられなかったのではないかと――」
「――と、ケイルグ殿が申されたのですか?」
ゾアスは自分になびかぬバパラマズの執事を名指し、婉曲に皮肉る。
「む、む。そうだ」
代々続くエリュンと隣郡テテラとの確執、ガドロスに対する強い憎しみを利用して、ゾアスはバパラマズの興味を惹いている。
「執事殿といえど、わが剣士達の実力をご存じないようですな。カイダルなど、ものの数ではございません」
「ま、まことかゾアス?」
「三年前ならともかく、今、我がエリュンの剣士を打ち破るものは〈辺境の六郡〉の中にはそうそうおりますまい」
ゾアスは自信たっぷりにそう請け合った。
「郡主さま。ですから、こたびの闘技会は、重ねて申し上げますが、わが剣士達の実力を他の郡、特にあの憎きガドロスに思い知らせる絶好の機会となるのです」
郡主の居室からしりぞき、大広間に通ずる階段の途中でジュニンは堪えきれず、ゾアスに賛辞を述べた。
「やはり閣下にかかれば、郡主など赤子の手をひねるようなもので」
「ジュニン、城の中だ。つつしめ」
「は、つい」
巧みな話術で、バパラマズはデテラ郡主ガドロスを震え上がらせる、という計画に乗り気となり、ゾアスに対する怒りも忘れ、全面的に闘技会を支援すると約束したのだった。
「闘技会には当分、これといってめぼしい剣士や志願者は来ないだろう。この五年でエリュンと、その周辺の素質ある人材は大体出尽くしたようだ」
「御意」
「だから今回は一切の手加減を禁止する。〈郡守備隊〉にも剣士は余っているからな。これ以上剣士見習いも必要ない。合格者は出すな」
「――ということは、真剣を使うと」
ジュニンは目を剥く。
「当然だ。かえってその方が客も喜ぼう。あいつらは血が見たくて仕方がないのだ。それに今後は賞金目当ての甘い気持ちで闘技会に出ようという者も少なくなる。前回集まったやつら程度では、話にならん」
「御意。先回は剣の持ち方さえままならないような者ばかり。手加減も楽ではありませんので、今回は全力でいかせていだきます」
ゾアスはジュニンに笑いかけた。陰惨な笑顔だった。
「素人相手には、経験不足の者からあてろ。人を斬るよい稽古となろう」
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