2.ゾアス

郡 代

 ここに剣士の十法あり。


 人の世は常に戦渦と悲惨で満ち、非道と非業が地を覆う。殺めるのも剣なれば、守護するのもまた剣によるなり。

 故に、いくさに臨む者よ、己が義と技とを汝が剣に託し、その信のあかしとせよ。


 一、汝の剣は己の鏡と知れ。

 一、汝の剣を己が欲に捧げてはならない。

 一、汝の剣を義なきいくさに仕えさせてはならない。


 一、暴虐を行う者は、汝の剣によって討たれなければならない。

 一、非道を働く者は、汝の剣によって討たれなければならない。


 一、剣持つ者と戦い、剣なき者のために汝の剣を振るえ

 一、虐げられた者のために、汝の剣を使うことをためらうな。

 一、信義ある者のために、汝の剣を振るえ

 一、義なき復讐を汝の剣で行ってはならない

 一、斃された者の義を遂げるため、汝の剣で復讐の誓いをたてよ。


 もし汝と汝の剣が、この十法にあらざれば、汝の剣は必ずや他の剣をもて、討ち滅ぼされる運命と知るべし。

 故に、いくさに臨む者よ、己が義と技とを汝が剣に託し、その信のあかしとせよ。


                  〈剣王ドゥール正統記〉より『剣士の十法』





 まるで拍子をとるようなつちの音が、丘陵一帯に響き渡っている。


 次々に組上げられていく材木は三段に積まれた観客席の形を整え、あとは南の一角を残すのみとなっていた。

 もちろん、北の大国で見た闘技場の偉容には及ぶべくもない。

 しかし、これで第一段階も仕上げに入れるというものだ。


 ゾアス・ヴェーブは城壁にすえられたやぐらの頂上から、眼下で忙しげに働く大工達を眺めていた。

 こぼれそうになる笑みをこらえ、わざと不満げに指示を出す。

「あの柱は少々右に傾いているようだ、やり直させろ」

 は、と敬礼をして、伝令も兼ねた剣士見習いの若者は、急いで櫓を降りてゆく。

 ゾアスは、脇に控えている腹心のジュニン・グルゥツを横目に見る。

「闘技会は楽しみだな」

 ジュニンは軽くうなずいた。

「部下たちも待ち兼ねております」

「バパラマズはどうしている、相変わらず奥の間に引きこもっているのか?」

「はい。閣下のほうが私などよりずっと、郡主のことにはお詳しいと思いますが?」

 にやりと、ジュニンはなれなれしい笑いを浮かべた。

「次々と金が出て行くのに、我慢がならんらしい」

「しかしその金も、もともとは閣下のお力で手に入れたものではありませんか」

「まあ、そうだな」 


 別に自分を〈閣下〉と呼ばせたいわけではない。

 部下が勝手にそう呼ぶのだ。


 しかし、このくらい他人に信俸されるのも悪くない、特に俺のような男にはふさわしい。

 ゾアスはジュニンの応答に満足した。

「賓客のほうはどうなっているのだ?」

「はい、近辺の郡主は残らず出席するとの返事を送ってきました」

「ガドロスもか?」

「はい」

「ほう」


 ガドロスは、エリュン郡に隣接した、デテラ郡の現郡主である。

 このふたつの郡は代々仲が悪く、それぞれの領地にまたがる肥沃な盆地をめぐって、いつも小競り合いをくりかえしていた。

 それだけに、ガドロスがわざわざ敵地まで出向いてくるというのは、かなり珍しいことだった。


「このところ負け続きなものだから、郡主自ら様子を探りに来るわけか」

「来たところで、我々には、もはやかなわぬと知るだけでしょう」

「よく言うわ。ふむ、案外、和解を申し出てくるかもな」


 デテラ郡との直近過去二回の争いは、ゾアス・ヴェーブ率いる〈郡守備隊〉の圧倒的勝利となった。どちらも小人数の小競り合いだったが、二度の戦いを通じデテラの剣士隊はほとんど壊滅的な打撃を受けたにもかかわらず〈郡守備隊〉は二、三人の剣士が深手を負った程度ですんでいた。

 デテラ剣士団は〈郡守備隊〉の三倍近い人数だったことから、双方の剣士の実力には、著しい差があると確信させる結果となっていた。


「まあ少なくとも、ここに来れば、あの男も二度と我らに挑もうなどとは考えなくなるだろう」

 にこりともせずゾアスは言い放った。


「さて、そろそろ郡主様にお目通り願うか。ジュニン、先に行って、機嫌でもとっておけ。ふたりで連れ立ち、また不信の種を与える必要はない」


 エリュン群守備隊隊長ジュニン・グルゥツは、造作の大きい、見ようによっては美男といえなくもない無骨な顔を真顔にもどし、ではお先に、と櫓を降りていく。


 ジュニンを見送ると、ゾアスは何事かを図るように北方の山々を見つめた。




 バパラマズ付きの小姓は、ジュニンのあいさつを告げに、奥の間に入っていった。

 このところバパラマズはほとんど家臣たち、家士たちに会おうとはしない。

 郡主に何か用事のあるときは、はじめに執事のケイルグを通し会見を申し込んだあと、こうしていちいち小姓をあいだに立てなければならない。

 しかも本人の気が向いたときにだけ、面会が許されるのだった。


 ――ふん、もったいぶっていやがる。


 控えの部屋でこうして待たされるのは嫌だった。

 もっともそれは彼だけでなく、たいていの家臣はそう思っているようだ。

 ジュニンは、黄金色の毛髪を一本引き抜くと、指でよじりはじめた。

 いらいらしたときに、昔からする癖だった。


 目の前のぶあつい扉が開き、さっきの小姓が顔を出す。

「お会いくださるそうです」

 ジュニンは小姓をにらみつけた。

 小姓は首をほんの少しすくめ、扉の後ろに引っ込む。

 指にからんだ毛髪を払い落とし、エリュン群守備隊隊長は部屋に入った。


「郡主さま、お加減がよろしくないとのこと、執事殿より聞き及びましたが、どのようなお具合で?」


 精一杯の笑顔を作ったものの、バパラマズの姿を見たとたん、嫌悪感が胸を突く。


 エリュン郡主バパラマズ・グ・リューフは、酒の入った器を手に、いつものように視線を中空にさまよわせていた。

 部下のお世辞など耳にも入っていない様子だった。

 が、突然バパラマズは首を振り向け、ジュニンに目をすわらせた。


「デテラの剣士隊を打ち破ったそうだな!」


 酔っているにしては、意外にはっきりした言葉つきだ。

 けれども、その戦果を報告したのは、もう三月も前のことだった。


 ――酔っぱらいが!


「お前が指揮をとったのか?」

「は? あ、いえ!」

「ゾアスか。ゾアスめ!」

 ジュニンから目を離し、酔った郡主は何やらつぶやいた。

「もうよい、下がれ!」

「え? なれどまだ、用向きが済んでおりません!」

 場の雰囲気に合わない、思わぬ大声となる。


 バパマラズは口をつぐみ、ゆっくり首を回すと、上目づかいにジュニンをにらんだ。にごった瞳に憎悪の光が宿っている。

「では、申せ!」

 バパラマズが気味の悪い声でそう言ったとき、再び小姓が入ってきた。

「郡代ゾアス様が、郡主さまにお目にかかりたいと……」

 郡主の異様な目つきに恐れをなし、その言葉は途中からかすれ、何と言ったのか判別がつかなかった。

 ジュニンはいささかほっとして、小姓の代わりに答えた。

「ゾアス様がお見えになったそうです」

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