因 縁

 闘技会の受付は町外れの一角にあった。

 木で簡単に組み立てられた小屋を訪れると、ふたりの衛士は、すでに帰り支度をしている様子に見えた。


「あのう、闘技会に出場したいんですけど」


 ナアイの声がけに、若いほうの衛士は、あくびで応える。


「ふわぁーぁあ、なんだ、また来たよ」

「だからさっさと片づけようと言っただろう」

 そう答えたもう一人の中年の衛士は、年若い訪問者を不思慮にじろじろ見た。


「あんたの兄さんかね? 本人が来なきゃ受付はできんな」

「いえ、本人です」

「なに?」

「えっと……、その、僕が出るんです」

 若い衛士は陽気に、ほ! とナアイを嘲るような声を出した。


「十五歳以上でなけりゃ闘技会には出られんのだよ?」

「今年十五になりました」

「考え直したほうが良くないかね、体のいろんな部分がなくなるかも知れないよ」

 死ぬこともな、と若いほうがつけたす。


「ええ、でも決めたんです」

「今回は何やら、いつもと様子が違ってな。そうそう、真剣を使うことになったんだ。それでもやるかね?」

「いいじゃねえか、ほんとうに十五なら自分のやりたいことは自分で決めてらあ、もう大人だぜ!」

 なっ! と合意を求める若い衛士に儀礼的な微笑みで返すと、ナアイはまだ何か言いかけようとする中年の衛士をさえぎり、強い口調ではっきり答えた。


「ご心配なく。初めからそういう覚悟で来ましたから」


 言っても無駄と悟り、中年の衛士は、しまいかけた革紙と筆記石を取り出した。

 それをナアイに差し出す。

「ごめんなさい。字、書けないんです」

 中年の衛士は、肩をすくめ、代わりに革紙へ書き込んでいく。


「名前は?」

「ナアイ・クルスム」

「出身は?」

「リュグベルリヤごう

「リュグベルリヤではみんなそんな髪の色なのかね?」

「いいえ」

 ゾアスさまと同じ髪の色だ、と中年の衛士は、若い衛士に向かって言う。

「年は、本当に十五だね?」

「はい」

「じゃ闘技料を払ってもらおう」

「闘技料って?」

「知らんのかね?」


 闘技会に出るものは、一定の料金を払うことになっていた。

 万が一の時の埋葬費だと説明された。


「本当のところは税金と同じでね。何かしら金を吸い上げようとするわけさ。」

 若い衛士が皮肉たっぷりにそう説明し、中年衛士にたしなめられる。

「くだらんことを言うな! 三十七エマルだ」


 仕方なく、いいなりに料金を支払い、ナアイは受付の小屋を出た。

 町を見物して回るつもりだった。


 それにしても、とナアイは思う。

 あの受付の衛士といい、トファーズといい、そんなに自分は頼りなく幼く見えるのだろうか。


 今朝の食後、闘技会に出ると言ったときの彼女の驚きは大変なものだった。

「まあ、まあ。だって、あなたはまだ子どもじゃない!」


 子どもと言われ、ナアイはひそかに傷ついた。


「闘技会なんていったって、あれはただの殺し合いなのよ、あなたが考えているような、かっこのいいもんじゃないわ」


 ――そうは思っていないさ。僕は必ず剣士になる。なってみせる。剣士になって、もっともっと腕を上げ、いつか、あいつを、あの……


 衛士のことばを思い出した。


 ――剣、がいるな


 持ってきた木剣は折れてしまったし、どちらにしろ真剣を使うなら、今のうちに調達しなければならない。

 懐を探ってバカ羊の巾着を取り出した。

 十エマル青銅貨が一枚、一エマル青銅貨は八枚。


 ――十八エマル……


 剣など買ったことはなくても、鍛冶屋で見習いをしていれば、これだけでは短剣すら手に入らないと知っていた。

 しかし他に方法もないので、無駄と知りつつナアイはどこかに安い剣はないかと探してみることにした。大通りに出て郡守備隊に見られる可能性を避け、裏路地からひとに聞いてやっといくつか武器屋を探し当てる。


 結果は散々だった。


 三軒ほどまわったものの、どんなに安い剣でも百エマル以下で買えるところはなかった。

 短剣ですら一番安いものでも二十五エマル以上するのである。

 中でも最後の店は一番ひどかった。

 十八エマルでなまくらでもいいから、なんとか剣を売ってもらえないかと言うと、店の主人はいきなり笑いだし、店中に聞こえる大声で、十八エマルじゃ鞘も売れねえや、と言った。

 店にいた他の客からもからかわれたので、とうとういたたまれず、逃げるようにそこを出たのだった。


 日もとっくに暮れた頃、トファーズの家に戻る。

 彼女はナアイの沈んでいる様子を見てうれしそうだった。


「若いから駄目だ、って言われたんでしょ?」

 彼女はナアイが闘技会の受付に行くと言ったとき、猛反対していた。

 しかたなく首を振る。


「それじゃ、自信がなくなったのね? 恐くなったんでしょ?」


 ナアイは道すがら考えていたことを、言うべきかどうか迷っていた。

 しかし、他に道はない。

 意を決し、顔を上げる。

「トファーズさん、お願いがあります。お金を貸してください」

 彼女は大きく目を見開き、自分を見ている。

 

 あきれた様子。

 

 当然だ、余りにずうずうしすぎる、とナアイは急に恥ずかしくなった。

 それきり下を向き、もうトファーズの顔を見ることもできない。


 彼女は何も言わなかった。


 ――完全にあきれ果てたって感じか……


 そう思ったとき、トファーズは口を開いた。

「ねえ、ナアイ、あなたとは昨日会ったばかりなのよ?」

「はい」

「そう、分かっているならいいわ。で、なんに使うつもりなの?」

 ナアイは言うだけは言ってみようと考えなおす。

「剣を……」


 トファーズはためいきをついた。

 ――そうよ、そうに決まっているじゃない

 あたしとしたことが、とつぶやき、トファーズはナアイに断言した。


「お金は貸せない」


 ナアイはどっと疲労感に襲われた。

 闘技会に出ることは無理だ。どうしたって無理だ!


「でもね」

 ことばには続きがあった。

「あなたは私のために大事な木剣を折られてしまったわ」


 ちょっと待っててと、トファーズは寝室に行き、しばらくすると細長い包みを持ってきた。

 よくなめしたバカ羊の油革で大事そうに包まれているものだった。


「開けてみて」


 言われるがまま、ナアイは手渡された包みを開ける。

 予想にたがわず、中にはひとふりの長剣があった。


「それは弟のためにあたしが買ってあげた剣なの。結局それを使う間もなく死んでしまったけどね」


 ナアイは剣を鞘から出すと、燭台に向かってさしのばす。

 しっかり油が塗ってあるため、剣は錆びもせず、燭台の炎を美しく刀身に映し出していた。

 鍛冶屋で習った見分に従い、目で刃の具合を確かめ、ついで柄の根元を持ち、重心の配分を計る。


 申し分のない剣だ。


 重さといい長さといい、まるでナアイにあつらえたかのようである。

 剣のつくりや、鞘についている細工物の精巧さから見ても、そうとう高価だったに違いない。

 今日、街の武器屋で見たどの剣よりも素晴らしい、逸品だった。


 剣を鞘に戻し、ナアイはトファーズを見る。


 その、ふさがれていない右目は、燭台の光を妖しく反射させていた。

 自分を見つめるその目の下で、彼女は何を考えているのだろう。


「そうして、剣を調べているあなたを見てると、なんだかいっぱしの剣士さんといるみたい」


 トファーズは喉を鳴らして、くくっと笑い、すぐ真顔へ戻る。


「それを、あなたにあげる」

「いいんですか? 弟さんとの思い出の品なんでしょう」

「いいの、それがあるとつい思い出してしまうから。それに、あなたは本気で剣士になる覚悟をしてるって分かったから」


 トファーズの弟アキもナアイのように剣士になることを夢見ていた。


 両親を亡くしたあと、トファーズは生活のためとはいえ娼婦になり下がった自分のような生き方を、弟にはさせたくないと考えていた。

 弟アキの強い希望に、剣士ならまだ、まっとうな生き方かも知れないと、彼女は売春宿を訪ねてきた郡守備隊の客に相談を持ちかける。


 その客、ビルゴは小隊長の地位を利用し、アキを強引に郡守備隊へ入隊させる。


 喜んだのも束の間、アキは、トファーズが入隊祝いに送るつもりで特注した剣を見る間もなく、ある日、守備隊の宿舎で何者かに撲殺されてしまったのだった。


 トファーズは、無惨な姿になって帰ってきたアキの亡骸にすがりついて泣くほかなかった。

 結局犯人はわからず、守備隊の内部調査もうやむやになったという。


「わかるでしょう、ビルゴを嫌うわけが。弟を無理矢理引きずり込んだのはあいつなの。もし、ちゃんと闘技会に出て、勝ったあと守備隊に入ったのなら、他の奴らだってアキを一人前に扱ったのよ」


 アキは下働きの卑民同様に、こき使われていたらしい。


 ビルゴも嫌い、郡守備隊も嫌い、バパラマズの城の中にいる連中はみんな嫌いだと、トファーズは言った。

 腫れ上がった顔に涙がこぼれ落ちていた。

 ナアイはトファーズに近寄り、椅子の背後に回ると、そっとその肩に手を置き、頭のてっぺんに軽く顎をのせる。


「あなたを止めたわけもそう、アキのことを思い出していたの」

「トファーズ。僕は勝つつもりなんです。勝って必ず、剣士になります」


 そうね、あなたならできるわ、勇気があるもの、とふるえる声でこたえ、トファーズは肩に乗せられているナアイの腕に頭をもたれかけた。


「あなたもあたしの願いを聞いてちょうだい。そのまま強く抱きしめて、お願い」


 その願いどおり、背後からトファーズの肩に手を回し、抱きしめた。

 彼女は体に回された腕をつかみ、静かに泣く。

 ときおり低い嗚咽が振動となり、ナアイの腕へ伝わってきた。


「ありがとうアキ。………ごめんなさい、変なこと頼んじゃって」


 しばらくして泣きやむとトファーズは、はにかんだ笑顔をナアイに見せる。

 言い間違いには気づいていないようだった。


 ナアイもそれで良かったと思った。

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